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兄妹

コノエは家に帰って間もなく兄の執務室に呼ばれた。


そして予想通り特大の雷が落ちた。


「僕はまだ社交は早いと言ってなかったか?いや、間違えて招待状を渡してしまった非は認める。けれど参加する前に僕に一言あっても良かったと思うのだが」

「はい…」


重苦しい雰囲気にコノエは俯き加減に斜める。


「それで?何か問題はなかったか?媚びたり遜る必要はないが、公の場では主賓を立てなければいけない。これは難しいだろうから、せめて笑って座っていてくれればいいのだが」


ちらりとこちらと目を合わせてきた兄の視線に耐え切れずに、さっと目を逸らす。


いや、だって、あれは例外中の例外でしょう?あんなお茶会何が正解かわからないし…


「コノエは身分関係なく話しかけるから、また侍女や執事に必要以上に懐いたのではないだろうね?伯爵家の侍女は男爵家とは違うと言う事もわかっているだろう?」


お兄様、もしやどこかで見てたんでしょうか…


注意事項を全てやらかしたような気もするが、もはやどうする事もできないので素直に謝る。


「申し訳ございません。もしかしたら失礼な事をしてしまったかもしれません」

「…ニコラスだから早々何かを言ってきたりはしないだろうが」


そういえば、コリンが兄は伯爵と交流があると言っていたのを思い出す。


「お兄様はニコラス様と知己なのですか?」

「そんなに親しくはない。ただ変な奴だったろう?」


いや、会えてすらいませんけど


けれど堅物な兄が砕けた表現で言うほどの仲なんだなとは思った。親しみやすい人なのかな?


「お兄様は伯爵とお会いした事があるんですよね?どんな方なのでしょう?」

「…伯爵家の特異な事情は聞いたか?」

「存じてます」

「公の場で会う時はいつも仮面をつけている変な奴だ。悪い奴ではないが…」

「お兄様はお顔を拝見した事があるのですか?筋肉質な方と腹黒い方と可愛らしい方だったらどなたが一番近いですか?」


かなり食い入るように尋ねたため、兄がちょっと引き気味になった。


「なんだその具体例は?何故そんな事を聞く?社交以前に、求婚はまだまだ先だぞ」


あ ちょっと不機嫌になった


「もう良い。今後は必ず僕に確認するように」


いつも通りに会話が終わってしまうので、コノエは慌てて口を開いた。


「あ、あの…」

「なんだ?」


お話しできるといいですねと言ったコリンを思い出しながら、ぐっと両手に力をいれた。


「お兄様が私の事を気に入らないのは存じてますが、私もハイドラーク家の一員です。お兄様のお仕事のお手伝いがしたいのです」


目を閉じて必死に訴えたが帰ってくるのは沈黙で、コノエはおそるおそる目を開けた。するとそこには奇妙な顔をした兄がいた。


「…お兄様?」


話しかけてもしばらくフリーズしており、時間を無駄にするのを嫌う兄にしては珍しい。


「聞こえていました?」

「あ、ああ…いや、何と言った?」

「お兄様のお仕事を…」

「その前」

「お兄様が私の事を気に入らないのは存じてますが?」

「はっ?」

「えっ?」


そしてまたしばらく沈黙。


「コノエ?僕がそんな事を言った事はあるか?」

「お兄様は社交もお仕事も私に任せてはくれないではないですか。私が失敗すれば男爵家の恥になるからでしょう?」

「…?お前の恥になるとは言ったが、男爵家は関係ないだろう。貴族の間では一度の失敗が評価に繋がる事も多い。元々礼儀作法を習い出したのも遅いのだから社交デビューはもっと時間をかけるべきだろう?」


あれ?もしかして本当に私の心配をして…?


「コノエは確かにまだ努力が報われてない事も多いが真面目にやっている。お前を嫌う理由はないよ」

「本当に…?」

「何故嘘をつく必要がある?義母上から頼まれたのもあるが、コノエを迎えたのは僕の決断だ。自分が決めた事を後悔するような生き方はしていない」


お兄様は言葉が足りないのです…そしてきっと私も…


「とても嬉しいです」


へへっと笑うと兄も少しだけ笑ってくれた。


「ところで何を持っているんだ?」

「ああ、これは伯爵邸に行ったらお土産に頂いたのです。けれど花の名前がよくわからないのです。鈴鳴草だと教えてもらったけれど、庭師に尋ねると別の名前が返ってきました。多分そちらが正しいと思うのですが…」


ただ鈴鳴草にも聞き覚えがあるのだ。それをコリンから聞いたという事は、きっと伯爵も知っているのではないだろうか?元々花をお土産に持たせてくれたのは伯爵だから。


兄に花を見せると、見たことがあるなと呟いた。


「義母上が飾っていたのを見たことがある気がする。南にある花なのだろう?けれど名前は知らないな」


母が…?じゃあ昔母に聞いたのかしら?


正直あまり覚えていないが、それを伯爵が知っているのが繋がらなかった。流石に母と伯爵は会った事はないはずだ。


どういうこと?


不思議そうに首を傾げていると、兄にそろそろ部屋に戻りなさいと言われた。


「まっ待ってください!お仕事を下さる言質がとれてません」

「コノエには仕事よりも自身の勉学を優先してもらいたいのだが」

「もちろんどちらも頑張ります」


はあと兄は長い溜息をついたが、コノエも引かない。


「では僕の代わりにこれらの書類にサインをしてくれ。直筆じゃなくてもいいものだ」


ぱっと表情を輝かせたコノエに、兄は少し困った表情をする。


「土地経営…こんなものまであるのですね。ジーンお兄様の名前でいいのですよね?」

「ああ、あっ!?待ちなさい」

「えっ?」


書く前の書類を奪い取られて、コノエは目を瞬いた。


「ファーストネームは知っているか?」

「ジーン…」

「それは愛称だ」


コノエははっと思い出した。東地区と南地区では名前の違いもあるのだ。


「僕の名はユージーン。愛称は親族やごく一部の親しい相手が使う物だ」


兄の事は初めてあった時からジーンと呼ばせてもらっていたので失念していた。しかし、その事実に少しだけ頬が緩んだ。


お兄様は最初から私を身内と認めてくれていたのね


「承知しました。そういえば私の名はコノエですけど愛称はないですよね?」

「南地区の名は確かにそうだな…。コノエという名も東にはいないだろうし、義母上のサクラという名にも愛称はなかったはずだ」


同じ国のはずなのに不思議だなと思った。


「南にはないような常識がこちらには存在するのが厄介だな。まあ頻繁に使うような物でもないからそこまで気にしなくてもいい」


コノエは書類にサインをしながら、兄以外のたくさんの名簿にも目を通す。


確かに南にはない名前ばかりね、でも面白い


そしてある事に気が付いた。


「ねえお兄様、これもそうなんですか?全く違うように見えますけど」

「ああこれは…」


え、待って…じゃあ


お茶会の時の男性が言った言葉が、頭の中を反芻する。


“伯爵は嘘をつかない”


確かに嘘はついてないけど、じゃあ、あの人が伯爵…なの?

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