三つの質問
しばらくしてニコラス伯爵である三人が戻ってきた。
「失礼しました。お話が弾んだようで何よりです」
「私とコノエ様は歳も近いので、話しやすかったですわ」
すすっと擦り寄ったアメリア嬢を見ながら、そんなに貴方と話しましたっけ?と無言の笑顔で答える。
「コノエ様はまだ社交デビューはされていないのですよね?どこかでお見かけしたことはなかったように思えます」
真ん中の男性の問いかけにコノエはゆっくりと答えた。
「今年十六になりましたので、これから少しずつ参加出来ればと思っています」
「まあ!そんなにお若い方でしたのね。私はニコラス様より二つ下の十九です。仲良くしましょうね」
アメリア様は私に興味なかったでしょ…。けど二つ下って事はニコラス様は二十一歳?
思ったよりも随分若い伯爵だった。兄とそう変わらない。
お兄様に聞いておけば、何か知っていたかしら
「では、いつもの質問の時間にしましょうか」
唐突な男性の発言にコノエの何それ?という表情が出ていたのか、真ん中の男性がにこりと微笑んで説明してくれた。
「沢山の方がいますので、一人ずつお互いに質問し返すのです。私もご令嬢達の事をもっと知りたいですから。普通は一人一つですが、コノエ様は初参加ですので良かったら三つどうぞ」
三つの質問…
「それは何でも答えて頂けるのですか?」
「…お答えできない場合もあるかもしれません。けれど誓って嘘は言いません」
コノエの質問に周りの令嬢達は何を質問するのかと、少しざわついた。
せっかくだからね。もう招待されることはないかもだし
他の令嬢達は当たり障りない質問が多かった。好きな食べ物、趣味、理想の女性など、そのほとんどを真ん中の男性が答えている。
あの人がこの三人の中の頭脳っぽいな
体格のいい左の男性は我関せずとお茶を飲み続け、幼い右の男性はおどおどしながら何か侍女に話しかけている。では真ん中の男性が本当のニコラス伯爵なのだろうか?
うーん、でも…。あまり表立って顔を知られたくないから隠れてるんだろうし、目立つような事するかしら
「コノエ様の番ですよ?」
優雅に話しかけてくれたのは真ん中の男性だが、コノエは少し考えてふと左側の男性に目を向けた。目があった男性は、ん?というような顔をしたので微笑み返す。
「ではそちらの、筋肉質のニコラス様」
言った瞬間、隣に座っている令嬢が茶を噴き出した。
「え?俺?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう、予想外という表情を微笑みながら観察した。
お茶を飲む様を見ても、ある程度礼儀を知っているように見える。けれどやはりどこか伯爵とは違うような気もした。
俺ね…咄嗟にしてもそんな言葉を伯爵が使うかしら
真ん中の男性が笑顔で左の男性に拳を入れたような気もするが、貴族の令嬢はそんな事を突っ込んではいけない。
「最初の質問を致します。三人の中で本物のニコラス様はどなたですか?」
令嬢達が一斉に目を丸くしてこちらを見る。けれど質問したいことは皆同じような事だったはずだ。繋がりを断たれないように無難な質問に留めていただけで。
「えぇ…?」
筋肉質のニコラスは困った表情をしながら、真ん中の男性に目で助けを求めた。そしてなぜか返って来た言葉は真ん中の男性からだった。
「その質問は、私から返してもよろしいでしょうか?」
コノエは出来れば真ん中の男性からは答えて欲しくなかった。彼は一番言葉使いが巧みで、きっと交わされてしまうのがわかっていたから。
けれどそう言われてしまったら、返答はひとつしかない。
「どうぞ」
「私達は三人ともニコラスを名乗ってますが、ニコラスではありません」
はー!?言葉遊びしてるんじゃないんですけど!喧嘩売ってる!?
「それは返答になっていないのではないでしょうか?」
「事実ですから」
つまり答える気はないって事ね
イライラしながらわかりましたと言うと、今度は男性から質問された。
「コノエ様は南の方だと言っていましたね。何歳ごろまでそちらで暮らしていたのですか?」
「えっ…?」
まさか自分の過去を聞かれるとは思わなくて少し驚いた。南地区の事なら興味があるのはわかるのだが…。
「え、と、もう随分前の事です。十歳にもなっていなかったと思うので…よく覚えてはいなくて」
「なるほど」
実際あの頃は酷い生活をしていた。こんな貴族の集まりに参加するのは夢にも思わなかっただろう。
「お答えいただきありがとうございます」
「いえ…」
少し笑みが深くなった男性を見ながら、そんな事聞いて何が面白いんだろうと首を傾げた。
「では二つ目の質問をどうぞ」
「そうですね…」
正直最初の質問をはぐらかされたので、ニコラスの正体に関するものは直接的には応えてくれないのはわかった。結局何を質問しても同じだ。けれど真ん中の男性に質問する気になれずに、右側の男性に目を向けた。
目が合った幼い男性というか少年はびくっとしてこちらを見ていた。歳は自分と同じかそれより下だろう、今年二十一歳というニコラスには一番結びつかない。
偽物にしても、どうしてこの子を入れたのかしら?
「では可愛らしいニコラス様」
私ですかと真ん中の男性が名乗りをあげたが、即座に違いますと否定する。隣の令嬢は噴き出さないように、あらかじめハンカチで口元を抑えていた。
目があうと可愛いなあ、小動物みたい
「ええと、ではニコラス様のお世話をしている侍女の名前を教えて頂けますか?」
「え…?」
「先ほどとても美味しいお茶を頂いたのでお礼がしたいのです」
きっとまた答えにくい質問をされると思っていたのか、幼いニコラスがちょっと気の抜けた様子で侍女の方を見る。そしてなぜかあっと口に出した後狼狽した。
まさか侍女の名前知らないとか?なら悪い事したわ
「あ、あの…」
「いえ、ご存じないなら別に…」
「コリンと申します」
えっ?と侍女を見ると、優雅なお辞儀をして応えてくれた。
こ、これは!私がお兄様に何度もやり直しされたレディの挨拶…!
コノエは未だに完璧には出来ないが、侍女でもできる事なのだとちょっとショックだった。
「コリン…可愛い名ですね。先ほどは美味しいお茶をありがとう」
「とんでもございません」
うん、やっぱり美人だ
それにしても先ほどから、質問した相手からは返事が返ってこないのは気のせいだろうか?そしてやっぱりこちらに質問を返してくるのは真ん中の男性だった。
「コノエ様は弟か妹がいらっしゃるのですか?」
「いいえ、兄はひとりいます」
「そうですか?年下の者に話しかけるのに慣れている様でしたので。では最後の質問をどうぞ」
もう優雅な笑顔からちょっと腹黒い笑顔になったのを隠そうともしない真ん中の男性と目が合う。今度こそ自分ですよね?と期待している目つきだ。
コノエはため息をついて、真ん中の男性に話しかけた。
「では聡明で話したがりの図々しいニコラス様」
「私だけ長くないですか?」
「気のせいです」
じっと目を見て、コノエは口を開いた。
「この場にニコラス・アーランド伯爵はいらっしゃいますか?」
それを聞くと図々しいニコラスは、今度こそ面白そうにこちらを見てきた。そして間髪入れずに答えた。
「いますよ」