奇妙なお茶会
昼下がりの午後、花の庭園でお茶をしながらコノエはこの場に赴いた事を後悔していた。
煌びやかに着飾った令嬢達に囲まれ、目の前には三人の男性がいる。女性の数に対して三人は少ないが、問題はそこじゃない。
「今日はいつもと違った顔ぶれの方がいますね」
真ん中の男性が優雅にこちらに笑いかけてくる。すかさず答えたのは自分の隣に座っている派手な美人の令嬢だった。
「男爵令嬢のコノエ様ですわ。遠方の土地にお住まいなんですってね。王都に出向かれるのは大変だったのではなくて?ご無理をされていなければいいのですけれど」
んん…?これは来なくていいのよって牽制されてる?
ふふっと愛想笑いしながら男性に挨拶をする。
「ご招待いただき光栄です、アーランド伯爵」
「どうぞ、ニコラスとお呼びください」
「は、はい。ニコラス様…」
そう言うと、三人の男性たちが小さく頷き、笑顔で返された。端から見たら優雅なお茶会なのだが、異様なのはこの男性たちだ。
目の前に座っている三人の男性は、全員伯爵家のニコラスと名乗っているのだ。
いやいやおかしいでしょ!何で同じ人物が三人いるのよ!
お茶会の経験のないコノエでもこれはおかしいとわかる。けれど周りの令嬢達に動揺がないのもさらに異様だった。
もしかして毎回同じ顔触れなのかしら…?
三人の男性は容姿や年齢も全く違うように見えた。
左の男性は一番大人びていて体格もよく、伯爵というより騎士のようだ。真ん中の男性は細身で一番貴族らしい物腰で話し方も丁寧な文官タイプ。そして右側の男性は明らかに幼く、侍女が傍らで世話をしている。
どうしてこんな事を…?
事前に伯爵の事を詳しく調べておかなかったのが悔やまれる。
お茶会にしても令嬢たちは参加するものを選ぶ。出来れば自分より爵位が高い方が主催するものの方が繋がる人脈も幅広いからだ。コノエは本格的に始まる社交の一環として、まずはお茶会に参加してみたのだがどうやら外れを引いてしまったようだ。
どうしよう…。どうしたらいいの?失敗すればまたお兄様にまた嫌われてしまう
実際兄は不出来な妹である自分には、まだ社交は早いと言い続けていた。とりあえず口を開かずに周りの女性たちに合わせるのが無難だろうと判断した。
ふと目の前を見ると、左の男性に擦り寄るように横に座っている令嬢が男性の腕に手を当てて話しだした。
あれ?女性から積極的に触れるのは良くなかったような…
なんかそういうマナーがあったなと考えていると、今度は別の令嬢が口を開いた。
「アメリア様。必死になるのもわかりますけれど、そのような振る舞いは上品ではないですよ?」
「あら、伯爵が既婚者ならそうでしょうけれど…。数多くの女性の中で目をとめて頂くにはこちらも努力をしなければいけませんわ。それが恥になろうと私は構いません」
こわ…
「コノエ様もそう思いますでしょう?」
ぎゃっ!?こっちに話し振らないで!
目があってしまい名指しされたコノエは、視線を彷徨わせ狼狽えた。
「そ、うですね。自分から努力する事は大切だとおもいましゅ…」
最後噛んでしまったが、ほぼかすれ声だったので誰にも気づかれなかった。そして実際射止めたい男性にアピールする事にはコノエは肯定派だった。
昔、遠い記憶の中で教えてもらった母の教えがそうだったからだ。
“周りの女に下品だと罵られても媚は女の武器なのよ。たった一人の男性にさえ、いい女だと思ってもらえばいいの”
貴族の結婚は女にとっては一生の問題であり、周りの女たちに何と思われようと最終的に射止めた女性が勝者で裕福な人生を歩める可能性が高い。
なんだろう?これってお茶会じゃなくてお見合いみたい?
どう見ても令嬢たちは伯爵の興味を取り合っているようにしか思えない。コノエも出来ればさっさと嫁入り先を見つけた方が家の為になると思ってはいるが、今日はそういうつもりで参加したわけではなかったので、混乱している。
「ですよね」
コノエの賛同を得られたアメリア嬢は満足げに笑ったが、反論に不満をもったもう一人の令嬢がコノエを睨んで話しかけてきた。
「あら、訛りが酷くてよく聞き取れませんでした。コノエ様はどこの地区の生まれでしょうか?東ではございませんよね?」
コノエは少し顔を赤らめて俯いた。この国では大まかに東西南北の地区に分かれており、ほぼ別の国のような扱いを受ける。言語は通じるが、風習や設備、何より髪や目の色といった容姿にも違いがあるからだ。
現在住んでいるここ東地区は、一番都市開発が進んでいる文化都市だ。貴族はほぼ東に集中しており、人々の質も高い。
「…南です」
南地区は反対に一番治安の悪い地区で、スラムのような場所もある下級市民の掃きだめの場所だった。
コノエの答えに道理でという言葉や笑い声などが飛び交う中で、男性のひとりが口を開いた。
「私も昔、南地区に滞在したことがあるのですよ。確かに荒んだ光景も見ましたが、とても貴重な経験をさせて頂いたと思っています。その為、この東地区でも孤児院を建て支援をしています」
一瞬シン…と静まり返った中で、次々と令嬢達が素晴らしいと慈善事業を褒め称える様なフォローをしている。コノエの話題はどこかに吹っ飛んで行った。
しばらくして男性たちが目配せしたと思ったら、三人が一斉に席を立つ。
「少し離席しますね。ご令嬢達も女性同士でお話したいこともあるでしょう」
えっそれはそれで困るかも!
こんな令嬢達が牽制し合ってる中で残されるのもちょっと怖い。けれど意見を言えるわけでもなく、心の中で冷や汗を流しつつ、表向き優雅に笑っている自分を褒めて欲しい。
そんな事を考えていると、男性のひとりがコノエと目を合わせて話しかけてきた。
「初めて参加された方には庭園の花をお土産に差し上げています。帰りにお渡ししたいので、どれがいいか先に希望をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
なんとモブのように座っていただけの自分に贈り物までくれるそうだ。流石上流貴族は違うなと感心していると、なぜか周りの令嬢達が厳しい目でこちらに注目した。
え?なに?みんな貰ってるんでしょ?
少なくても初参加は自分だけらしいので、他の令嬢たちは二回目以降で同じように花をもらっているはずだ。
目の前には三つの鉢に植えられた花が用意された。この中から選べということだろう。
でも私は花にはそんなに詳しくないのよね。なんでもいいんだけど…
一つ目は大きな赤い大輪の花でよく贈り物として見るので唯一名前を知っている。二つ目は名前は知らないが見たことはある綺麗な薄紫の花だった。
そして三つ目。
これ…
東ではあまり見ない珍しい花だったが、コノエはよく知っていた。幼い頃に南でよく見ていた小さな白い花だ。前ふたつと比べると、雑草かと思う程小ぶりの花だがコノエの頬を緩ますには十分だった。
東にも咲いているのね
「では…この白い花を頂けますか」
単に懐かしい花だったのでそう答えたのだが、男性はこちらを覗き込むように笑顔で頷き、令嬢たちは少し驚いた顔をした。
…?
男性たちが下がると、女性たちはあからさまに寛ぎ、一人の令嬢がコノエに話しかけてきた。
「貴方とはこれからも縁がありそうですね」
ふふっと笑いかけてきた女性とは裏腹に、それが何を意味しているのかコノエにはわからなかった。