表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

心に文字を移植しよう

作者: 白夜いくと

「先生。もう生きたくないんです」


 僕は掛かりつけ医にそう言った。先生は仕事柄、表情を変えたり怒鳴ったりしない。ただ僕の日頃の話を聞いてくれた。躁鬱。そう診断されてもう十年目くらいになる。


 オマケに世界中では大変な事になっていた。病気に戦争。そこら辺の情報はまた躁鬱が悪化するかもしれないから、見ないようにしていた。

 家に籠る日が増えた。なんだか僕の世界が、みるみるうちに小さくなって、なくなってしまうのではないか。そう思うと、とてつもなく消えたくなったのだ。


 それが、「生きたくない」に結びついた。先生は僕の話をひとしきり聞いた後で、一冊の本を渡してきた。


「……『君のための冒険の書』?」


 聞いたことの無い小説のタイトルだった。僕にはそんなものを読む体力や気力すらない。この先生はきっと僕をバカにしているんだ。そう思うと腹が立ってきた。

 僕の表情が変わるのを見ると、先生は、


「私はね。信じてるんです。人間には自然治癒力というモノがあるじゃないですか。きっと、脳にもあるのだと。そしてそれは、想像する力そのものだと」


 そう言って小説の説明をした。


 主人公は僕。僕は日をまたいで冒険が出来る異次元の者。ピラッとページをめくって確認してみる。うむ。真っ白だ。なるほど、いわゆる『妄想日記』のようなものだな。

 そう考えると面白そうだ。先生は続けてこう言った。


「たった一行で良い。言い換えてしまえば、たった一行で君は何者にでもなれる。だから引っ張り出してみてほしい。いろんな君を」

「……わかりました」


 そんなに熱く語られたら、断れないじゃないか。


 帰宅後にページを開いてみる。他にすることもないし、早速今日の『妄想日記』を始めるか。えーと……。


 最初に書いたのは、「異次元に行ってお酒を飲む」だった。薬を飲んでからというもの、大好きな南高梅酒が飲めなくなってしまった。今更ながらそれがなんだか悔しくなった。

 次の日に書いたのは、「夢の中に出てきた大きな穴からの脱出」だった。鬱状態の時は悪夢をよく見る。そのせいで眠りも浅い。若干の怒りも含めて、太めの鉛筆で書いた。


 そんな日が二週間ほど続いて、ちょっとした変化が出る。段々自分の気持ちがわかるようになってきたのである。そうすると今度は、その気持ちを誰かに話したくなった。

 僕の『妄想日記』は文字数を増やし、そのぶんハチャメチャな展開もアリになってきた。例えば、「大きな雲で綿菓子を創って、世界中の飢えた子どもたちに配り歩く」とか。


 僕は先生にそのことを嬉々として話していた。先生は、僕の妄想の話をツッコムでもなく、うんうん頷いて聞いてくれている。

 そして最後にこう言った。


「これはね、私が初めて行った手術なんだ。心に文字を移植するという大切なね。でもそれは君の想像の力が無くては成功しなかった」

「障害の等級や薬はどうなりますか?」

「そのまま継続になる。けれど、この二週間で君は見違えるほど活き活きとした顔になった」

「躁状態なだけなのでは……」

「じゃあ、これからも続けて書いてくれるかい?」

「先生の実験体になるんですか」

「嫌かな?」

「……」


 まんざらでもなかった。なぜなら、今すぐにでも“何者か”に成りたかったからである。きっと先生と僕の行った手術は良い方に向かうだろう。

 だって、文字の中では、しんどい時は「しんどくない世界で」。落ち込んだ時は「なぐさめてくれる仲間たち」と簡単に出逢えるのだから。


 僕は、先生の言うように、本当に時空を超えられるんだ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] とても素敵な言葉と想いが綴られた作品でした。 文字と心が繋がること。それはとても素晴らしいことだと思います。 文字だけでは伝えることは間違いやすく、 心だけでは伝わらないことが多いです。 …
[良い点]  よく、いろんな本を見る上で小説にも「死ぬのはやめた方がいい」と直接的な表現があるので『えー』と思いながら読んでいたのですが、『心に文字を移植する』という正直『あっ、こんな物語なんだな』っ…
[良い点] 読ませていただきました。 何かお伝えしなければと思うのですが、うまくまとめられません。 とにかく満足しました。 今とても満たされていて、本当に満足です。 読ませていただき、本当に本当にあ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ