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短編集

ダリヤ

作者: 碧川亜理沙


 卑しき身に、華々しき人の道があるものだろうか



 地べたに這いつくばりながら、歩み進める人を見上げる

 彼らは下なんぞ見やしない

 足元を走り回る小物には目もくれない


 だけど、這いずり回る虫は上を見上げる

 そこにいる自分よりも大きな生き物の姿を目にする

 これが本当に、同じ人間という生き物なのかと


 それ故に、幼き頃から、同じ道を辿った親の顔を見て悟る

 歩き回る人の中に自分はなれないと、立ち上がることすらしたくてもできないのだと

 自分は生涯、地べたで這いずり回る生き物なのだと



 それでも、人生というものは面白いもので、

 地から天へと昇りゆくことができてしまうことがある



 親が動かなくなり、己の明日すら迎えることができなくなると半ば悟りつつあった時分


 意図せぬところから神の手が伸びてきて、

 自分は這いずり回る生き物から、二足で地を踏む普通の人へと成り上がっていた

 今まで見上げるだけだった人と同じ目線に立ち、こんなにも見える世界が違うことを知った


 そこからは、目まぐるしく自分の人生の歯車が錆を落としつつ回り始めた


 日に日に今までの常識や知識が覆されていく

 それにより、新たに見つかる己の価値

 そして、それらを活かしていく術を、相手に知らしめる力量を

 再び地べたを這い回ることがないように



 自分は立って歩ける人間である

 まわりの評価により、自分の価値は定まった


 その頃には、己の手だけで生計を立ててゆけるだけの経験や知識を手に入れていた

 自分はまだまだ上へと行ける

 そう確信できるだけの自信があった


 独り立ち、苦難や力不足と感じることは多々あったが、幸いにも、こつこつと積み上げてきた人脈が功を奏した

 伴侶となる相手とも出会い、しばらくすると子宝にも恵まれた


 動ける間は忙しなく、上へ上へと目指し続けた

 だが、先に体が悲鳴をあげた

 まだまだ志半ばだというのに、自分の体が言うことを聞いてくれない

 そして終いには、起き上がることすらままならなくなった


 見上げる先には、丈夫な木の屋根がある

 寝転ぶとところどころ隙間から青い空が見えていた頃が懐かしい


 だんだんと、生気が失われていくのが分かる

 自分の命も、残りわずかだろう


 己が人生、今までなんと数奇に富んだものだっただろう

 卑しき道端の子が、今や誰もが知る限りの富と名声を手に入れている

 幼き頃、心知れず羨んでいた人間に、今、自分がなっているのだ

 まこと、生きるということは、どこで何が起きるかとんと検討もつかない



 身体が異様に重くなってきた

 眠気が意識をどんどん深いところへ誘う

 あぁ、ここまでだ

 そう、悟った


 目を閉じれば、薄れゆく意識の中、今までの記憶が走り去っていく

 それらをひと通り思い返し、完全に意識が落ちる前、きっと自分はこう思ったことだろう



 なんと素晴らしき、人生だった──と



【完】


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