第九話
「ごらー! ぶん殴らせろー!」
「ひーー、おいミホ! 元はといえばお前がバカ笑いするからアイツはブチギレてるんだ。お前マジでなんとかしろよ!」
「も〜、だから私バカ笑いとかしたことないからー!」
怒りくるっているオーガから全速力で逃げてる最中のオレとミホ。捕まれば半殺し以上にされること間違いない。
やだ、こわい。もういっそのこと隣のバカ笑い系女子の足を引っ掛けて、とりあえず囮になってもらおうか。
「よしわかった! ミホ、今この一瞬で覚悟を決めてくれ」
「え? 一体何をする気ーーぎゃ!?」
「うわ!?」
なんということか。オレとミホはお互いの片足をくっつけてクロスさせて宙を舞ったではないかーー。
どうやら隣のバカ笑い系女子もオレと同じことを考えていたらしい。
地面にダイブをぶちかまし、ずざざーーという音を奏でて盛大にカーリングの如く滑っていったオレとミホ。
「痛ってー、てんめぇ! 何しやがる」
「もう痛いよー! 士郎くんこそ走り方も忘れちゃったの!?」
ジリジリと痛むお腹を押さえながら文句を言い合うオレとミホ。そんなことをしている間にーー。
「よしよし。それでいい、そのままそこを動くんじゃねぇ」
暴君がすぐそこまで迫ってきていた。指を、ボキ! ボキ! と鳴らして歩きながら、オレ達の方へと距離をじわじわと縮めてきている。
「ひ、ひー! 一生のお願いです! シンプルに僕だけは見逃して下さい!」
「だ、だめ! 寛大なるオーガ様、哀れなこのへっぽこ童貞の早漏人生に終止符を打って差し上げてくださいませ」
「おいミホ、生きて帰れたならお前は後で殺す」
許しを乞うオレ達の言うことなど、もちろん目の前の暴君は聞いてくれるはずもなくーー。
「どうでもいいけど、とりあえずぶん殴るね」
「ちょ、僕なんかのこと殴っても美味しくないですよ! そ、そうだ! こっちのピンク頭を一緒にボコボコにしましょう!」
「く〜、人を煩悩の化身みたいに言わないでほしいな。もういいや。そろそろ逃げるのにも飽き飽きしていたところだったんだよ。こうなったら返り討ちにしてやんよ! 掛かってきなさい!」
腰を抜かしビクビク震えているオレの横でミホがファイティングポーズをとり始めた。
「ぐははは、いいだろう。小娘、まずはてめえからだー!」
オーガが飛び跳ね一気に距離を縮めてくる。
「<岩石鳥>をも粉々にするのかもしれない私のパンチを喰らえー!」
「おいミホ! それはやめとけーー」
オーガの拳に対して、世界で一番不安なパンチで対抗しようとするミホを制止しようとした、その次の瞬間のことだった。
シュパパパパパパパーーーーーン!!
「「「う!?」」」
三人の周りに無数の光の球が降り注ぎ、町全体を覆い尽くしたんじゃないかと思われるほどの眩い輝きを生み出した。光の球は花火のように爆散し、キラキラーンという音を響かせ町中の至る所へと飛び跳ねていき、そして儚く消えていく。
「‥‥‥‥‥ふん、猫騙しのつもりか?」
オーガがニヤリと笑みを浮かべ、若干イライラを滲ませながら全く見当違いなことを言ってくる。
「ち、違う。オレ達じゃないぞ!? おいミホお前がやったのか!?」
「‥‥‥‥‥‥」
ん? なぜかミホがプルプル震えている。
「まあいい、未だにお前達のことを殴れていないことにそろそろ腹が立ってきた‥‥‥小僧死ねえ!」
いきなり最初の標的をオレに変えてくれやがった。オーガの拳がオレに放たれようとした時ーー。
「フラッシュ!!」
ピッカーン!
「「うお!?」」
ミホがさっきの光の球にも負けず劣らずの目くらましの輝きをオーガに放つ。巻き添えを喰らったオレは反射的に目を腕で覆った。
「士郎くん、今のうちに逃げるよ!」
「へ?」
ミホがオレの手を引いて一目散に走り出す。
「ミホ、今のは一体‥‥‥」
「魔法だよ! 魔力‥‥‥魔力が戻ったの!」
「え、ま、マジで? ‥‥‥なんで?」
「多分だけどさっきの光の球だね。光が降り注いできたあと、微弱だけど辺りに魔力が漂っていたの!」
す、すげー‥‥‥と、この中二病転生者のことをそんなふうに思ってしまった。だが肝心の問題はまだ解決するには至っていない。
「ぐ、待ておらーーー!」
オーガが今度こそ怒りを露にしたような表情でオレ達を追ってくる。
「ふ、よしミホ、オレを強化してくれたまえ。あの暴君を懲らしめてごらんに入れよーー」
「無理だよ、強化したところでオーガのパワーには勝てないよ」
あ、そ、そうなんですね。
「あいつを倒すのは私のこの‥‥‥」
バチ! バチバチ! バチバチバチ!
ミホの手の中で電撃が迸りーー
「錬金術よ!」
ポン! と出てきたのは黒い何かだった。
「‥‥‥ミホ、それが何か答えてみろ」
「く〜、なんで焦げパンしか出てこないの〜」
「いや焦げパンなのかよ! もはやただのごっこ遊びじゃん! ただの中二病じゃん! もうこっちはマジで体力切れかかってんだよ、凄まじい魔法でアイツをぶっ倒せよ!」
ていうか「しか」ってことはすでに焦げパンしか出てこないことは実証済みってことだよな。そんな雑魚い錬金術があっていいものなのだろうか。
「ん〜、えい!」
ポン!
学習をしないらしいこいつは、またしても焦げパンを錬金したようだ。
「だから、ただの、焦げパンじゃねーかー!」
「待ておらーーぐぼぉ!?」
錬金した焦げパンをオレはキャッチしてオーガに向かって投げると、見事にオーガの口の中にすぽっと入っていった。その瞬間オレとミホは「あ」という声をあげる。
「う、うぶ! うげ、ごほぉ!」
この世のものじゃない食べ物でも食べてしまったのだろうか。オーガがひどく唸りを上げながら、えずいている。
そんなオーガの様子を見てオレとミホはキョトンとした表情でお互いの顔を見合わせると。
「「見切った!」」
ニヤリと笑みを浮かべながらオーガの方に向き直る。
「よくも散々追い回してくれたわね!」
ポン! ポン! ポン!
これでもかというぐらいに、あそーれ! あそーれ! と焦げパンを錬金しまくるミホ。
「えい! えい!」
「ひー、うげぇ」
焦げパンを次から次へとオーガに投げまくるオレ。この焦げパンがトラウマになったらしいオーガはひどく怯えた表情をしながら地面にうずくまっている。
「鬼はー外ー! 鬼はー外ー! 鬼はー外ー!」
と言いながら焦げパンを投げまくっているとその様子がツボったのか、またしても中二病がぎゃははとバカ笑いを上げ、地面で転がり回っている。
‥‥‥どうせならもう少し異世界っぽい戦い方がしてみたかったが。
そんなことはさておきここでトドメの一撃。
「おらぁ!」
ずぼぉ!
「ぐほぁ!」
両手に持った焦げパンをオーガの口の中にぶちこむ。すると。
「ひ、ひ、うわーーーん! グボぇえ!」
泣き叫び、えずきながら走り去っていくオーガであった。
「ぎゃはは、ふい‥‥‥や、やったー! あのオーガを撃退したよ、士郎くん!」
「あ、はは。もうクタクタだ。なんかもう頭の中が真っ白だわ」
訳の分からないことが起こりすぎた夏休み初日。これから一体この世界はどうなっていくのだろう。‥‥‥いや、そんなことよりオレは留年を回避することができるのだろうか。
道の壁にもたれて座り込んで、あの夕空を見ながら、そんなことを頭の片隅によぎらせていたオレだったーー。
ここまで読んで下さりありがとうございました!