第四十七話 『お祭り』
「やはり、この霧そのものには大した力はないようじゃの」
真桜は地面に漂う暗黒の塊を見つめている。
カザミ達がクエストに出発した後、真桜とオーガは例の霧について調査をしていた。
「? 先程、魔物達の精神を刺激する作用があるとか言っていたが、それは間違っていたのか?」
「確かにそれはあるのじゃが、どうにも……ほんの少しピリっとするだけなのじゃ。魔物達が荒れ狂うほどではない。本当にただ……ここにあるだけの魔力の塊じゃな」
「じゃあ、一体これはなんなんだというのだろうか━━」
「…………」
オーガの疑問を『うーん』という唸りで飲み込みながら、真桜は訝しげに下を睨む。
「発生源はもしかして下、なのか?」
真桜の様子を見て、オーガもまず一つ目の関門を突破する。
「十中八九、そうじゃろうな」
「地下、か。もしかしてこの街の核みたいなものが埋まっているのではないだろうか」
「いや、もしそうならジッキョーやらこの街の権力者的な奴らが真っ先に調べ上げるはずじゃ。じゃが、昨日ジッキョーはこの街には核が埋まってるなんて一言も言ってなかった」
「……確かにな」
ゴゴゴゴゴゴ━━。
「「?」」
調査中の真っ只中、その揺れは突然起きた。
真桜とオーガは顔を見合わせる。
「ふ、どうやら、大仕事のようだな」
「いやはや、まさか攻めてくるとは。今じゃったか」
ジリリリリリリ!!!
街中に警鐘が鳴り響く。
真桜は「ジジイー!」と叫びながら駆け出した。
オーガは建物の上へと飛び移る。
地平線よりもはるかに手前、大草原を波が押し寄せてきている。
『緊急事態発生。緊急事態発生。魔物の大群が現在アリーナに接近中。冒険者、剣闘士、および、転生者。他、戦えるものは直ちに草原へと急げ。そして、全魔物を迎えうて』
機械的、だけども発したのは生身の人だろう。声に焦りと力づよさが合わさっていた。
「多いな。そりゃあこんなところまで響いてくる」
彼方を見下ろすオーガが口角を吊り上げながら言う。
迫ってきているのは魔物。種類は様々。骸骨に皮膚を見繕ったような魔物。豚と猪を足して二で割ったかのような魔物。トカゲ人間。オオカミ男。ガーゴイル。地を這うドラゴン。まあ、確認できたのは序の口だろう。中にはただならぬオーラを放っているやつも紛れている。
多少確認できたオーガは建物を降りて、移動装置へと歩を歩ませる。
この街には至るところに、街の中を一瞬で移動できる丸い床がある。
この世界に初めてきた転生者たちはこのことを知らずに、入り口から街中央まで数時間かけて歩いてきたのである。
当然、昨日の晩はミホはぶちギレて飯をやけ食いだ。
「まるで戦争だな」
入り口へと瞬間移動を果たしたオーガのなんの変哲もない独り言だ。されども、この状況、この状況だけは変哲すぎる。いや、そんな言葉では収まりきらないな。
アリーナ入り口前には総勢何千人という有象無象が集まっており、ただならないオーラを放ってい━━、いや、放っていて当然であろう。
何故集まったか。考えるまでもない。
迫り来る奴らをボコす! まあ、言ってしまえばここに集まっている集団から感じるのはその程度の感覚だ。
街の方を振り返るとさっきまであんなに賑わっていたのに、
今は━━、
「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」
さらなる賑わいを見せつけている。
ビール片手に競馬でも見るような感覚の親父。謎の応援団。バニーガール。街の大通りを埋め尽くすほどの幾重にも重なった巨大なクラッカー。
…………とにかく、こんな状況だと言うのに━━、いや、こんな状況だからこそなのか。街の人々は避難する様子を微塵も見せず、子供から大人まで、拍手喝采の大盛上がりだ。
「行けー! 戦えー!」
「ザ! アリーナ連合軍VS魔物軍団! ……くぅぅ! 熱い展開だねぇぇ!」
「「「お兄ちゃん。お姉ちゃん。頑張ってね!」」」
保育園から抜け出してきたのだろうか? 中にはまだ全然幼い子供達までもがアリーナ入り口近くへと観戦にきている。
住民は誰一人として怯え、俯くものはいなかった。
むしろ、この状況を楽しんでいるように見える。
しかし、連合軍は振り返ることなく迫り来る黒き津波を傍観としている。
だんだんと地響きが強くなっていき、魔物どもの荒んだ声が鮮明になっていく。
そして━━、
「いーっくぞー!」
一人の男の合図が開戦の狼煙になった。
連合軍も、魔物達に負けないぐらいの地響きを立てて草原をかけてゆく。