第四十五話 『竜動脈』
アリーナではウサギを借りることができる。
この世界にある移動手段の中で一番の速さを誇っているのだ。
だだっ広い草原を駆ければまず気持ちいいこと間違いなしだ。
「……すご……はやーい」
ウサギが引っ張る屋根付きの荷台から顔を出して一面に広がる草原を魔人ちゃんが一望している。
説明は不要だと思うが、このウサギはとてもでかいのだ。ダイオウイカよりかはでかいと思われる。しかし図体の割にはそれ程の筋力は持たない。
だがこのウサギは約二日間程は息が途切れることなく、全速力の速さで駆け回る。この秘訣は独特な呼吸法だ。研究者が調べた結果、その呼吸法がどういうものかというと──未だに分からないようだ。
「よし、私とどっちが速いか競争をしてみよう」
荷台の外へ体を乗り出そうとするカザミだが、すぐに魔人ちゃんの絞め技という名の制止が入る。
ウサギの時速は約一〇〇キロだ。もしかしたらカザミならいい勝負を出来るかもしれない──が、万が一にもカザミが置いてけぼりにされるなんてことがあっては面倒だ。魔人ちゃんのこの咄嗟の判断は正解だったと言える。
「てめえら……、もっと警戒しろよ。だけど、どうやら霧はここら一帯までは及んでいないようだな」
腕を組みながら周囲に気を配るマイカ。いつどんな敵が来ようが隣に立てかけている大剣を瞬時に握り、薙ぎ払うという動作を常々イメージしている。
ここはもう魔物達のテリトリーなのだ。
「……さて、調査開始だ」
走り始めて約数分程。
そろそろ出くわすだろうと思った矢先のことだ。
ウサギの進むルートの方角を見ながらマイカは大剣を握りしめる。
ルートの先に奴らが居る。いや、自分達を待ち構えているのだ。
その者達は全身にもっさりと白く長い毛を生やし、ボクシンググローブのようなものがはめ込まれた両手を体の前に突き合わせている。
数にして三体。三体の狼男のような魔物だ。
「おい、いつまでもじゃれてないで──!?」
マイカが目頭を鋭くして隣に言いかけるが、そこには誰も居なかった。
刹那、その様子に唖然とするが、すぐに『はっ』と気づいたように目を大きく丸くして見開き、前方へ振り返る。
ウサギの渡るルートに線を引いて行くように、この草原を颯爽と流れていく二つの色。
その一つはズタタタタターっと鈍い音を立てており、もう一つは何の音も発することなく流れていく。
カザミと魔人ちゃんはあっという間に魔物の群れへと到達し、交戦を始める。
勝負はあっという間についてしまった。カザミが蜘蛛のように消えるような動きで攻撃を躱して、ウルフの頭上からパンチを繰り出し、ウルフを地面に捩じ込ませた。
魔人ちゃんは《存在皆無状態》を発動し、相手を見失った二体のウルフの首を手刀でストン、ストン、と叩いて気絶させた。
その瞬間にウサギはようやく魔人ちゃんとカザミの元へと辿り着いた。
ちなみに、《存在皆無状態》とは、瞬きなどをして、一瞬でも魔人ちゃんを見失えばその時点で、魔人ちゃんが視界から消え失せ、相手は魔人ちゃんの姿を捉えることが至極困難となる技だ。
「…………デタラメかよ」
荷台から降りて、少し尖った口角をピクピクと震わせて、ウルフ軍団を見ながらマイカが言う。
カザミと魔人ちゃんは特に何も言うことなく荷台へと戻って行く。
「マイカ、早く行くぞー」
荷台から聞こえる声に促され、マイカはひっそりと荷台へと戻って行くのであった──。
*
それから数分後──、森を駆け抜け、走行している内に目的地へと着いた。
三人は荷台から降りる。
三人の目の前には飛行機が一機は入れそうな横に広い大きな穴がある。竜動脈だ。
穴の入り口の上を見上げると、どこまでも高くそびえ、天を穿つほどの岩の壁が伸びていた。
もう少し観察してみると、そびえる壁の表面には無数の青い線が根っこのように流れており、その線は洞窟の中へと続いているように見て取れる。
「強いエネルギーを感じる」
半ば独り言のようにボソっとマイカは発した。
例によって、カザミが先陣を切って脈の中へと歩いてゆく。残された二人は一度顔を見合わせコクリと頷いてから目の前を歩いていくカザミの後を続いて行く。
Aランククエスト《竜動脈》。依頼人、報酬、そして内容の欄に書かれている内容は全て『?』の一文字だ。
歪なクエストにワクワクしながらも、不信感を抱きつつ洞窟へと歩いていく三人。
ゴオオオという音が洞窟内に響き渡っている。青い線━━脈が流れていく音だ。
洞窟の中は意外と明るい。壁や床に流れる青い線が、洞窟内を薄く照らし出している。
そして現在歩いている方角から、こちらを鋭く見つめる視線のようなものに射抜かれているような感覚に三人は苛まれる。
「ワクワクしてきたな」
脈が収束しているであろう場所から感じる巨大なオーラに、思わずカザミは口角を歪ませる。
「カザミ……油断……だめ」
この洞窟の奥には強い者がいる。その者は動く気配が全くなく、まるで挑戦者を待っているかのようだ。
しばらく歩いていくと、意外と中は浅く、割とすぐに奥地へと着いた。
奥地はドーム状の形をしている。ドームの天井には脈が収束し、シーリングライトのような形をして、この中を照らす役割となっていた。
そして、一番奥の壁にもたれかかって座る者がいた。
トカゲのような顔に長い尻尾。皮膚を埋めるように全身に綺麗にはまったか細い鱗。昨日出会った竜人族とは打って変わって、全体的に細い体をしている。
そして、空気の中を漂うウイルスや細菌を死滅させているんじゃないのかと思わせるほどに鋭く、見られるだけで自分の心臓が脊髄をぶち破って出ていくんじゃないかと思わせるほどに、殺気に満ちた赤い眼。
しかし、カザミはこういうのを待っていたかのように、歪んだ笑みを浮かべて前へ出た。