第四十四話 『不穏な影』
「どれに……する……?」
魔人ちゃんが顎に手を当て、『うーん』と喉から小さな音を発している。
魔人ちゃんが見ているのはギルド内にあるクエスト掲示板だ。
クエスト掲示板は液晶モニターのような見た目をしており、大型トラックのフロントガラス程のサイズを有しており、薄暗い色をしている。その中には複数のA4程の白いウインドウが表示されている。このウインドウにはクエストの名前、ランク、クエスト内容などが書かれている。
「決まってる! 高ランクだ! 高ランクのやつを探すぞ!」
モニターを見つめる魔人ちゃんの横で大きな声が響いた。
カザミが目を輝かせながらクエストウインドウを凝視している。
クエストにはギルドによってランク分けが施されている。
クエストの予想達成難易度によってランクが分けられるのだが、その中でも一番の難易度を誇るのが『A』だ。
カザミが探しているのは勿論『A』という一文字だ。
「くそ、くそ、全然見つからんじゃないか!」
モニターに張り付きながら、血眼になってクエストを探すカザミだが、モニターに張り付くせいでウインドウがスムーズされたり、あらゆるところにスワイプを繰り返している。
こんなに必死になって探しても中々手応えの有りそうなクエストは見つからない。どれもこれもが『雑草抜き』、『薬草採取!』といった日常的なものばかり。
この街には世界中から強いものが集まり、そして、戦っているのだ。戦士達は切磋琢磨を繰り返し、一人一人が力を身につけてゆき、世界中に強き者が溢れていった。そのため、魔物も大人しくするものが増え、クエストも減っていったのだ。
冒険者や剣闘士、その者達の目的は今や闘技場を制する──、ただそれだけなのだ。
「おかしい。魔物どもは活発化しているんじゃねーのかよ?」
マイカが二人の後ろで腕を組みながら言う。マイカは情報を得ようとクエストボードの隣にあるもう一つの掲示板《情報掲示板》の前にツカツカと歩いて行く。そして、情報板に触れ、フリックやタップを数回繰り返す。
情報掲示板もクエスト掲示板と同じような見た目をしており、お店の特売の情報やら先日行われた決闘のニュースなどを見ることが出来る。
ちなみにこれらのモニターは街中の至る所に設置してあり、タッチパネル式になっている。
「……へぇ、面白いことが書いてあるじゃないか」
辿り着いたウインドウに書いてあったタイトルはこうだ。
『魔物を統率する魔物』。このタイトルをタップし、詳細を開く。
「ふむふむ。なるほどねぇ」
画面の文字列を心の中で読み上げるマイカ。
「何か分かったのか?」
「あぁ。どうやら、魔物達は決まって冒険者やら剣闘士やらを襲うらしい。まるで、戦いを楽しむかのように。力を持たない者達の前にはあまり姿を見せないようだ。そして、魔物達を仕切る親分的な魔物がいるらしい」
「他には他には?」
相変わらずモニターに張り付いたままのカザミが質問を捲し立てる。
「うーん、そうだなあ」
マイカは現在のウインドウを閉じて、別の情報を探り出す。
「あ……これ……」
マイカのフリックで横に流れて行くウインドウのタイトルを瞬時に見て取った魔人ちゃんが、腕を伸ばしてすかさずズームをする。
そして、表示された内容をマイカが読み上げる。
「『魔物達は稀に冒険者や剣闘士でない者も襲う時がある。物資を運搬中の老人が先日襲われた。しかし、その老人は元剣闘士であり、なんとか戦い抜き、生き永らえた』ね。なるほど、昨日ジッキョーが言っていた運搬うんぬんの話はこういうことかい」
「……でも……なんか……変……」
この一連の内容を見て不思議そうに魔人ちゃんは頭を傾ける。
「ああ。これらの内容を見る限り、魔物達の動きがあまりにもおかしい──、いや、あからさますぎる」
「あからさますぎるって、なにが?」
「魔物達の目的さ。恐らくやつらは……」
シュオン。
カザミの張り付くモニターにサウンドが響き、マイカは言葉を言い切ることが出来なかった。
このサウンドはクエストが更新されたという合図だ。この街のどこかのクエスト掲示板で新たなクエストが入力されたのだ。この掲示板はインターネットのようなシステムで、どれか一つの掲示板にクエストが投稿されると、全ての掲示板にそのクエストが共有され、表示されるのだ。情報掲示板でも同様だ。
三人は新たなクエストに目を向ける。
「え、『A』だ!」
カザミはモニターから降りて、急いで連続タップをする。
そして、カザミは受注ボタンをタッチした。
『カザミ、マイカ、マジンチャン、クエストヲジュチュウシマシタ』
モニターから発せられたロボットのような音声がクエスト受注を達成したことを示した。これは機械のように思えるが、魔法の研究者達が長年の研究の末に発明されたとても高度な魔法なのだ。
この魔法のモニターでクエストを受注すると、受注した者達の頭の中に、クエストの内容が自動的にインプットされるようになっているという近未来な魔法だ。
三人が受注したクエストランクは『A』。タイトルは『竜動脈』。
アリーナから少し離れた先にある森の奥の洞窟。そこが竜動脈だ。
「よし、まぁ小難しい話は置いといて、早速向かおう!」
受注するや否や、カザミはギルドの扉へと一人先に歩いて行く。
「全く、せっかちだな。──!?」
カザミの後を追おうと歩き出そうとしたマイカにとてつも無く巨大な戦慄が走った。
マイカは辺りを見渡すが特に何かが起きたような気配はない。ギルド内に居るのは昼過ぎから飲んだくれる野蛮人達、そして、ホールスタッフの女性の人間や亜人、そして、開いたままのギルドの扉の向こうを通りすぎるフードを被った人物に、ニッポンファイターズの皆。
(……あのフードは……いや、まさかな)
「……どうしたの?」
どこか硬直状態に陥ったようすのマイカをみて魔人ちゃんが声を掛ける。
しかし、マイカは首を横に振って歩いて行く。そんなマイカを魔人ちゃんは不思議そうに首を傾けて見つめるが、すぐさま後を追いかけて行く。
(このグランドクエスト、何か裏がありそうだな)
マイカはそんな疑念を抱え、二人と共にギルドの扉を潜っていくのだった。




