第四十話 『見習い魔王』
時は遡ること数時間前──。
「なぁ林之助。オレたちどこまで行くんだ?」
「……すんません。わかんねぇっす」
士郎と林之助は未だに空の旅を続けていた。
異世界に飛ばされ、鳥みたいな魔物に攫われて、野を越え、山を超え、谷を超え、約三十分ほどが経過していた。
その間に自分は本当に異世界に来たのだと再認識させられる。
下を見ていると、鋭い牙を持った動く花や、恐竜のような生き物や、今や知らぬ者はいない王道モンスターのスライムらしき魔物も見て取れた。
「チートがあればなぁ……」
「ほんとっすよー」
「このデッカい鳥の雛たちの餌になるのかなぁ。オレたち」
「なんか……想像に難くないっすねー」
魔が差しては無生産な会話を繰り返すばかりだ。
ぼけーっとしながら、ふと左に目をやると巨大な何かが居た。
「お、林之助! 空飛ぶ山だ! 山!」
「んぇ? 山? あぁ。昔住んでた世界にもあんなのが居たっすね。実は山じゃなくて、亀だったりするんすよ」
「へぇー。異世界には本当に色んな生き物がいるんだなぁ」
「オイラは日本に居る生き物が一番好きっすね。特に猫! 可愛いし、絶対に背中からは落ちないっていうのがイカしてるっすよね!」
「そうか? 異世界と比べると退屈しねえか? って、おい! 林之助、顔! 顔が出た!」
士郎が指差す方を見る林之助。
おにぎりのような形をした顔で、まるで猫の様にクリッとした目に林之助は見入る。
「ひゃー。なんか可愛らしいっすね。でも元いた世界ではああいう巨大なモンスターの渡るルートには決して踏み入ってはいけないんすよ。巻き込まれて命の保証なんてどこにもありゃしないもんっすから」
「……林之助くん? それ、なんかのフラグが立ってない?」
「…………ありゃ! こりゃたまげた!」
そう、オレたちはあの生き物の顔の正面全体を認識できているのだ。
つまり、あの山の通行ルートは──。
「おい鳥いいい! もっと急げー!」
「ま、まぁでもきっと大丈夫っすよ。この鳥の今のスピードなら回避は容易だと思──」
「林之助! それをフラグって言うんだ! 鳥いいい! 早く! もっと早く!」
それからオレたちは無意味なあがきを続けた。
ブランコで勢いをつける時にするようなお腹を使った動き。
空気をいっぱい吸い込んで、オナラで加速を試みたりもした。
だが、オナラは出なかった。むしろ身が出そうになったのでこの方法は止めることにした。
なんか本当に全然違うんですけど! チート主人公どころかモブ以下のことしちゃってるんですけど!? オナラで加速って、ただのアホかよ! クソかよ本当に!
そんなこんなで数十秒後──。
「「…………」」
途方もない大きさを持つおにぎり様は、もう、目前にまで迫っていた。
でも不思議と気持ちは落ち着いていた。
いや、落ち着いていたというよりかは、諦めの境地に入っていたのだ。
「なんだ……ただの山かよ」
「こんなにデカいなんて……羨ましいかよ」
この鳥なんてダメな鳥なんだ……。そう思った時、ようやくことの重大さに気づいたのか。
ポイ。
「「ポイ?」」
鳥はオレたちを捨てて、一気に加速して逃げていった。
「「いやあああああー!」」
なんとか山の巻き添えを食らうことは回避したが、まだ危機は微塵も去っていない。さっきのスカイダイビングの続きが始まってしまったのだ。
「林之助ー! お助けえええ!」
「あばばばばばばばば」
この落下で生じている空気圧で林之助の口の中が沸騰しているかのようにブクブク言わせている。
物凄い勢いの落下だ。
段々と地上の様子が細かいところまで明確に見えてくる。
「!? 城!?」
自分達の落下するであろう所を見てみると、悍ましい雰囲気を放つ城が立っていた。まるで、魔王が住み着いているかのような──。
「ぶばぶぅあ……。し、士郎! 手を貸すっす! あの城に着陸してみるっすよ!」
「林之助!? ちゃ、着陸って、何か方法があるんだな!?」
「うっす。この前真桜から聞いた方法で試してみるっすよ!」
士郎と林之助は貝殻繋ぎをする。
すると、繋いだ手が「コァァ」という音を立てて光を纏う。
《魔力の一点集中》。これは林之助が真桜から教わった技である。魔力が集中した部位は不思議なオーラに包まれる。そして、その光は鎧のような効力を発揮し、敵を殴る力にもなるという攻防特化型の力だ。
「この繋いだ手を、着地寸前で思いっきりあの城の屋根にぶち込むっすよ! 衝撃を和らげるんす!」
「な、なるほど……。わ、わかった!」
ゴオオオオオォォ──。
風とすれ違う音のみが周りを流れる。
城が近づくにつれ、心臓が引き締まるような苦しさに苛まれる。
落ち着かせる──。
心臓を縛り付ける針金を別に外さなくとも良い。
一瞬だ。ほんの一瞬でいいんだ──。
そして、その時が来た!
ほんの一瞬、心臓から解き放たれるマグマで針金を溶かせば良いんだ!
「「うおおおおおお!」」
ドガーン!
辺り一帯に壮大な爆発音を撒き散らす。
大きく空いた屋根の縁から小さな欠片がポロポロと零れ落ちていく。
「──っつ。いててて……、な、なんとか上手くいったみたいだな。……ん? なんだこれ、水? 風呂場か?」
服がずぶ濡れになっている。
周りは霧に包まれ、少し熱いぐらいの水の中に膝が浸かっている。
「おーい、林之助ー」
呼び掛けにはなんの反応も返ってこず、辺りはシーンとしている。
じゃぶじゃぶと風呂の中を歩いて行く。すると、目の前に人影が見えた。
「あ、林之助! なんだよ、いるなら返事しろよー」
霧が徐々に薄くなっていく。
「……あ、え?」
幼さと大人気が混じったような顔。やや長く伸びている白く長い髪。濡れている髪の先端から滴る液体はなんだかエロかった。そして、小さくはないが少し物足りなく感じるチェスト。オレと同年齢ほどの、タオルを抱えた女の子がそこに居た。
「「…………」」
あまりの出来事に二人はその場でフリーズしている。
しかし、オレは一瞬で状況を理解していた。だからこそもう少しこのままでいたかったのだ。
オレの頭の中にあったのは、"タオルが邪魔して見えないな……"だ。
「い、いやあああああ! 出て行っっっ、てええええ!」
パチーン!
火山が噴火したかのような凄まじい破壊力をもったビンタが炸裂する。
士郎は吹き飛んで、壁に背中を勢いよく強打する。
"ああ……見えそうだったな──"、という心の声と共に、ゆっくりと瞼は閉じられた。
***
暗い暗い暗闇の中を彷徨うこの感じ。
ここ最近で、何度か経験したことだ。だから、オレには何となく分かった。
ああ、オレ、もうすぐ目が覚めるわ──。
「……」
薄暗い広い部屋でオレは目が覚めた。オレは手足をロープで拘束されている。全く! 最近のやつらはこういうプレイが好きなのか? てゆーか、左頬がひりひりする。
部屋の床を見てみると無数の石のタイルが敷かれて出来ている。
両サイドには複数の台が置いてあり、台の上には青い炎が踊る様に燃えていた。
そして、部屋の一番奥の方を見ると、階段を三段登った所の真ん中には、立派な西洋風の椅子がどっしりと構えてある。そして、そこに足を組んで座っている誰かが居た──。
「目が覚めたか」
フード付きの襟元が長く尖った黒いローブをまとっている少女が開口する。
「……」
暗めの部屋であることと、フードを被っているので少し見えにくいが、その面影のおかげで誰なのか分かった。
忘れるわけがない。混浴した中だ。なにより、肌と肌を合わせあったのだ。ビンタという形で──。
「私は魔王……見習いだ、です。この魔王城を統べる者……である……なのです」
「…………ん? 統べるもなにも、ここって自分家だろ?」
「な!? そ、そうだとも! それがどうかしたのか! です! 人間よ! なのです!」
顔を赤面させる少女。
その少女に士郎は更なる疑問を投げかける。
「魔王なら普通、王国なり、魔界なりを統べてるもんじゃないのか?」
「それは……わ、私はまだ見習いだから、そういうことはまだ早いって魔王が言ってたの!」
「父上? って、魔王のことか?」
「そうよ! でも今は引退したよ」
「勇者に倒されたとかじゃないのか?」
「ち、違うよ!? 魔王が、『飽ーきた!』って言って、世界中に引退宣言して、三日前ぐらいに完全に引退したよ。今は勇者とその仲間たちと食べ歩きツアーに行ってて、今は私一人でお留守番してるの」
…………なんと、そういう世界線もあったか──。
「そうだったのか──。あ、そうだ。あともう一人居たと思うんだけど──」
パチン。
士郎が皆まで言う前に少女は指を鳴らす。
すると、後ろの扉が開いて、ロープでぐるぐる巻きになった何かを担いだ鎧の騎士が歩いてくる。
どす。
「いて、あ、士郎。と、さっきの全裸少女!」
運ばれてきたのは林之助だった。
林之助もオレと同様に、左頬に赤い手のマークが染みついていた。
「ちょ、変態みたいな呼び名はやめて! 君たちこそ、私のお風呂を覗いたりして、絶対女の子にど変態引きニートって言われたことあるでしょ? 特に人間の君!」
「いや普通、急にそこまで言葉って進化する!? ど変態なら分かるけど、引きニートは完全に偏見だろ!」
「あ、もしかして違った!? だったらなんで顔にそんなこと書いてあるの!?」
「書いてねーわ! ようし分かった! もう帰る! 林之助、行くぞ!」
幼虫の如き動きで士郎たちは部屋の扉を目指す。
しかし、その様子を見ていた少女は何故か寂しそうな顔をしている。
「待って! これも何かの縁──、どうしてもって言うならこの魔王城の秘密を教えてあげても──」
「いらん!」
少女の言葉に振り返ることなく拒絶の言葉を返す士郎。
少女は今度こそ慌てふためいた様子を隠しきれなかった。
「ちょ、待って! 本当に待って! こんなこと……こんなこと……」
「……なんだよ」
少女の震えるような声に士郎は止まる。
その少女の表情はどこか怒りに満ちていて、悲しそうだった。
「こんなこと隣の村のおばあちゃんに知られたら怒られちゃう! 『常に優しく有りなさい』っていうおばあちゃんとの約束なのー!」
「「さよなら」」
「わーん! 待って! あ、そうだ、ど変態引きニート君。見たところ君〈非魔法人間〉だよね。魔法教えてあげよっか! ね、そうしよう!」
「!?」
士郎は動きが止まると同時に、体全体を強く振動させた。
今の少女の言葉は、異世界にやってきたという士郎の魂を一番揺さぶるであろう、正に魔法の言葉だった。
「ふん。お前、名前は?」
「あ、そうだね。自己紹介しなきゃ。私は《サタコ》。魔王見習いだよ」
「ロープを解け」
「あ、そうだったね」
パチン。
少女が指を鳴らすと二人を縛るロープがするすると解けていく。
士郎は立ち上がり、真っ直ぐ少女を見据える。
「オレは士郎。《村田士郎》だ」
少女と士郎は真っ直ぐ向かい合う。そんな二人に合わせようとしたのか、何故か鎧の騎士が林之助にガン飛ばしをしている。
「ふふ。私の特訓は厳しいよ」
「ふん、御託はいい。さっさと始めようぜ」
ここまで読んで下さりありがとうございます!
先日、なんとこの作品にポイントがついておりました!
めちゃくちゃモチベーションが上がったし、こんなにも誇れることは人生で初めてかも──。
宜しければまた、ご感想をお願いします!




