第三十八話 『ARENA OF DIFFERENT WORLD!!』
"うえるかむ とぅ ありーな!"、と書かれた巨大な門を潜っていく。
街の第一印象はとてつもなく盛んだ。
街の中は様々な種族が行き交っており、出店の呼び掛けの声などが常に鳴り響いている。
時折、荷車を引っ張っている人の数倍はあるであろう大きなウサギとすれ違ったりもした。
でも、気持ちはどこか凹んでいた。
楽しそうな催し物だったり、可愛い動物だったり、食欲をそそる香りを漂わせる屋台がそこら中にあるのだが、そのどれもこれもを嘲るような不快感が消えて無くならない。
「こんな……ところにまで……」
地面を見下ろす魔人ちゃんが不快そうに言う。
先程見た<霧>だ。
どこを見てもやはり、霧が漂っている。
だが、<霧>を気にすることもなく街の人たちは自らの務めを果たそうと活発なようだ。
そんな中、紙をばら撒く荷車が走ってくる。
パサ。
盛んにばら撒かれた無数の紙の一枚が顔に付着する。
手に取って中身を読んでみると──、
"戦え! 闘え! 燃えろ! 燃え尽きろ! いや、燃え尽きるな! 萌え続けろ! いや、燃え続けろ! 最強決定戦開幕! 転生者達よ──、今こそ、己を磨き、高め合え──"
とだけ書かれていた。
***
「見えてきた」
目の前に見えてきた広場には途方もない数の人だかりが出来ている。
そして、その先に円形造形物が在るのを確認する。
「もう……お腹ペコペコだよー」
美保がいつからかずっとお腹を鳴らし続けている。
何しろ一文無しのため、門を潜ってここまで来るのに飲まず食わずで半日を費やしたのだ。
「そうだな、さすがに何も口にしないのは良くないか……」
風見は辺りを見渡す。
広場に集まっているのは恐らくほとんどが転生者だろう。
しばらく見渡していると、広場の隅の方でブレッド的な物に齧りついている者が見えた。
すかさずその転生者の方へと足を運んでいく。
「すまない。それはどこで入手したんだ? もしかして、買ったのか?」
見た感じだと、元々居た世界に存在していた竜人族に似ている。
竜の顔をしており、体全体には青い輝きを放った掌サイズの無数の鱗を、隙間なく纏っている。
鋼鉄と思しき体には、赤い鎧が一つ簡素に装備されている。
「ああ? あぁ、これか。けけ。ほれ、あれだよ」
男の指差す方を見る。
獣人族で間違いないだろう。大きなリュックを背負っており、頭には茶色いもっさりとした三角にまとまった毛が上にピンと伸びている。ケモ耳が生えた幼女が泣きじゃくっている。
「ここはいいぜぇ。転生者は皆んな神様のようなご待遇なんだよなあ。それに、ほら。あれ、闘技場ってことは俺たちこれから争い合うんじゃねえの? 腹が減っては戦はできねえってなあ! ぎゃっははははは! ──って、ああ?」
男の外道な笑い声に耳を傾けることなく風見は少女の方へと歩いて行く。
少女は耳をピクピクっとさせて風見を見上げた。
「おい、どうして泣いてるんだ?」
「あのね……お金貰うの……忘れちゃったの。お母さんに……怒られちゃう」
「なら、今から取り立てに行けばいい」
「え?」
フワッと風見の姿が消える。
少女は舞った砂埃をただ見つめていた。
幻だったのかな──? 少女はそう思った。
──その次の瞬間。
ドガーン!
広場の隅の方で聞こえてきた爆音の方へと見やる。
そこには拳を握りしめ勇ましく立つ風見と、その向こう側の壁にクレーターを作り、白い目を剥いて竜人が伸びていた。竜人の鎧と鱗は砕かれており、お腹に生々しい拳の跡が付いていた。
他の転生者達が急な出来事に"なんだなんだ?"、とざわめく中、風見はクスッと微笑んで、再び少女に寄り添う。
「ちゃんとぶっ飛ばしてきてやったぞ!」
「え? あ、あの、お金……」
何が起きたのか、少女には全てを理解するのは難しかった。
「…………あ、ごめん」
「……ううん! お姉ちゃん、ありがとう。とーっても強いね!」
少女は涙を拭い、満面の笑みを浮かべる。
「そうか? でも、まだまだ本気じゃないぞ!」
「え!? すごーい! 大会では絶対お姉ちゃんが一番になるよ!」
「──大会?」
少女のその一言を聞いて、風見は《闘技場》を見上げる。
転生者達は皆ここで行われようとしていることは大体の察しはついていただろうが、しかし、《神の代理》の真の目的がいまいちよく分からない。しかし、今はそんなことはどうだっていい。
さっきの竜人族との一件で風見は前よりも明らかに強くなっていることを実感していた。
《神昇り》、それは遊びではない。かといって本当に神まで昇り詰めようという訳でもない。
これは、"高め合おう"という意志と意志のぶつかり合い。己の限界をぶち破り、突破して行く。
これが《神昇り》。
転生者の向上心の理由の一つにはこんなものがある。
転生者は皆んな転生する際に魂に微かに刻み込まれるものがあるのだ。
──ただ、ただひたすらに、"磨け"、と。
ゴーンゴーンゴーン。
どこからともなく鐘が鳴り響く。
だが、転生者達は気にも留めずにだべりを続けている。
「あ、ごめんねお姉ちゃん。私もう帰らなきゃ!」
「おう! もう変なやつに絡まれんなよー」
走って行く少女を手を振りながら見守る。
すると、転生者達がいきなり静まり返る感覚がした。
何が起きたのか転生者群の中を潜り抜けていく。
ぶはぁ! っと群から抜け出ると《闘技場》の入り口が見えた。
その《闘技場》の入り口から中年の男が出てきていたのだ。
その男は赤いモフモフしたコートと、頭には輝く王冠をかぶっている。
そして、その男は大きく息を吸い込み叫ぶ。
「ようこそ! アリーナへえええええ!」
そのデカすぎる声に鼓膜が破れそうになった。
しかし、どこか心が揺さぶられ、不快感はなく、ただ、笑みが溢れた。