第三十七話 『霧』
とある世界に巨大な街があった。
街には様々な種族が平和に暮らしていた。
そして、街の中央にはいつ建てられたのかも、何故建てられたのかさえ不明の円形の造形物があった。
しかし、人々が中に入ろうにも扉は固く閉ざされ、壊そうとしてもビクともしない。
よじ登ろうとする者もいたが、天辺に登り切るところで謎の力で跳ね返されてしまう。
そのあまりにも壮大で、たくましく、神々しく、無敵であり続けるオーラを放つそれを、人々は『神』と崇めた。
だが、数千年たったある日、街に《神の代理》を名乗る者が現れる。
《神の代理》はいとも容易く扉の封印を解いた。
街の者たちは《神の代理》の行為を神への冒涜だと怒った。
しかし、《神の代理》は言った──。
"ああ、これ? どうみてもただの闘技場じゃん"
"…………言われてみればそんな形してるうううう!!"
"それにこの扉、スライド式だから"
"…………"
その日から、その街では毎日のように《決闘》が行われたのであった──。
しかし、人々は知らない。滅亡の扉を開いてしまったことを。
『魂の衝突喰らいて、黒き王は目覚める』
***
「………──ぁぁぁああぎゃあああああ!」
気が付くと遥か上空からスカイダイビングをしていた一万と一の転生者たち。
ある者は持ち前の翼で滑空し、またある者は鳥の様な生き物を生み出し、地上を目指す。
転生者達は、各々の方法で即死ルートを免れていく。
エリスとセシリーは《呪羽力》を使い、先へ進んで行った。
「くそ、チート……チートが今のオレには宿ってるはず!」
しかし、何をどうすれば良いのかよく分からない。
そもそも、多分、チートなんか宿ってない。
転生する際、オレの中に流れてきたのは《神の代理》からの一つの言伝のみだった。
"アリーナを目指してね!"
これは恐らくここに来た転生者全員に伝わってるだろう。
つまり、取り敢えず成すべきことはこの苦難を乗り越えアリーナという場所を目指すこと。
だと思うのだが……。
「(すいません、もう無理です)」
絶望に打ちひしがれる士郎だったが、異世界はこんなものではないと言わんがばかりの追い討ちに合う。
「ぐぎゃおおおおう!」
喉に痰でもつまっているかのような大きな鳴き声が空に響き渡る。
「!? で、でたああああ! モオオンスタアアアア!」
そのモンスターは転生者群を目掛けて一直線に迫ってきている。このスカイダイビングを楽しんでいたのであろう転生者達は顔に焦りの色を浮かべて一目散に地上へと駆けて行った。
「ジジイ!」
この空中の中を真桜が平泳ぎでジジイの元へと泳いでいく。
「よし、任された!」
真桜がジジイの手を繋いで、ジジイに魔力を流し込んでいく。
「我輩の魔力を大量に流しこんだぞ」
「ほっほっほ。相変わらず桁外れの魔力量じゃのう、腕が鳴るわい。──《螺旋階段》!」
ジジイが念を込めると、杖が見る見る変形していき、地上へと続くとてつもなく長い木の螺旋階段が出来上がった。
「お主ら! 走るのじゃー!」
「「「おー!」」」
仲間たちは階段へと急いで泳ぎ、たどり着いた。
「ま、待ってええ!」
「士郎、急げ!」
風見が士郎に目一杯てを伸ばす。しかし──、
「「あ」」
士郎だけは脅威からは逃れられなかった。風見の手が届く寸前で士郎の服の裾をパクリと咥え羽ばたいて行く。
「士郎おおお!」
「オイラが行くよ! 《縄》!」
林之助が魔法で作ったロープを飛ばすと、士郎の足首に巻きついた。林之助はそのまま階段から飛び降りる。
《縄》はジジイから教わった魔法だ。
「士郎、林之助ええ!」
「大丈夫っす! 必ず皆んなのところまで戻るっすよー」
「し、信じてるぞー!」
風見のその言葉に対する反応は返ってこず、小さくなっていく断末魔のみが虚しく響いてくるだけだった。
***
ひとまず地上へと辿り着いた。
広い草原。
今立っているこの場所からだと手のひらサイズのような大きさに見える門。
そして、階段を降り、地上が近づくにつれて強くなっていった嫌な感じの正体が現れる。
「なんだろう、これ?」
「ふむ。あんまり触らぬほうが良いぞ」
地上には足首ほどまでの謎の黒い霧が至るところに漂っている。
「真桜、何か分かるのか?」
オーガが腕を組みながら問いかける。
「分からん──、だが……この霧に触れた瞬間、気持ちがざわつく感じがしたのじゃ。見たところお主らには影響が出てないようじゃし、恐らくこの霧には特定の何かを刺激する成分が含まれておるようじゃ」
「『何か』とは、なんだ?」
「……それは──」
オーガがどこか怪訝そうな表情で真桜を見つめる。
「おい、別に問題ないならそれでいいだろう! 今はそんなことよりあの門をくぐることが最優先だ。見ろ! 他の転生者どもに先を越されてしまっているではないか」
オーガと真桜の会話がまどろっこしいと感じ、制止する風見。
「……ああ、そうだな」
「………」
風見達はそれぞれの思いを抱えて、ザッザッと草を踏み締め門を目指していく。




