第三十六話 『10001人目』
神経を全て遮断され、まるで魂だけになった状態で暗闇の中を駆け抜けていくような感覚。
ずっと、ずっと、流されている。
穏やかな流動の深海の中を旅している。
だが、恐怖はない。感情など闇が飲み込んでいく。むしろ、何故だか心地よかった。
この心地よい気持ちはどれだけ続いたのか分からない。
一瞬だったかもしれないし、何年も、何百年も続いていたような気がする。
でも、その旅は一欠片の小さな光によって断ち切られる。
「………ぅ」
「………」
「……う」
「………」
「…ろう……」
何故だろう、この感覚……前にもあったような──。
「………」
あ……、なんとなく手足の感覚が戻ってきているような……。
なんでだろう、なんか頭が楽だな。心なしかフワッとしたような、柔らかい何かに支えられてる。
脳裏にミンミンとなにかが泣き叫ぶギラギラした日差しの中の公園がよぎる。
「士郎!」
「……ん」
淡いピンク色の無数のポリゴンの集合体のようなものがぼやける視界の中にある。
「…み……ほ…?」
「「「士郎ー!」」」
「ん? ………は!?」
目が覚めると周りには仲間達がいた。
美保、風見、真桜、セシリー、オーガ、ジジイ、セシリー、林之助、魔人ちゃん、そして、エリス。
林之助というのはゴブリンのことだ。《児部 林之助》。林之助はチビだ。全体的に緑がかった色の肌をしており、オレの足の長さほどの身長だ。
「で、大丈夫なんで!? 士郎」
このようになまりの入った口調だ。
「あ、ああ。大丈夫。……うわ! なにここ!? ていうか、なにこの人だかり!」
目覚めた場所は夕焼け空の雲の上。
辺りを見渡すと仲間達以外にも有象無象の集団が居た。その数は、何百、何千、いや、それ以上かもしれない。しかも、それも人ならざる者たちばかりだ。
トカゲの顔。イノシシのような顔。もはや人型ではない者。
「ここは《狭間の世界》。《神の代理》が死した者を異世界へと送り込んでいく世界デスよ!」
「!? エリス……。マジですか……。来ちゃったのか、オレ」
自分は本当に死んだのだという事実を再確認する。
そして、先程の出来事を思い出す。
まるで地獄のような光景を──。
「皆、オレ──」
「全く、とんでもない無茶をするやつだなお前は!」
喋りだすや否や、いきなり風見が肩を組んできて頭をぐりぐりしてくる。
皆が体験した地獄に自分がいなかったことを謝罪しようとしたのか、はたまた、ここに来てしまったことを謝罪しようとしたのかは分からない。
何を言おうとしたのかは分からないが、とりあえずは微笑む皆んなの顔を見ると、不思議と罪悪感が消えていった。
だが、感傷に浸っている暇は無かった。
「はーい! 皆ようこそー!」
突如として上空に全身を白タイツで纏ったような人間が現れる。
「《神の代理》──」
エリスが眉を寄せて言う。
「!? あいつが……」
「おらー! てめー! よくもやりやがったなー!」
「ぶっ殺してやる!」
《神の代理》に亜人たちが大声で罵声を浴びせに掛かっていく。中には所持していた武器を投げつけ攻撃する者まで居る。
だが、《神の代理》はそんなこと気にも留めず演説を進めていく。
「はいはい。皆静かに。ここには総勢、なんと! 一万名もの方々に集まってもらいました──、……って、ん?」
「!?」
《神の代理》の顔には目や鼻といった素材はない。だが、明らかにオレを見ている気がした。
「あっれー、おかしいな。あの子は数も数えられないのか? おーい、《圧倒的強者》君ー」
《神の代理》の呼びかけに応じて、空中に暗紫色の光が出現し、その中から現れたのは、あの《謎フード》だった。
その瞬間に全ての転生者達が静まり返った。見渡す限りの一人一人が冷や汗を流し、カタカタと震えている。
「皆ー、この子ってば数も数えられないんだよー。《圧倒的強者》の名が廃るってもんだよねぇ。ちゃんと一万人殺して来いって言ったのにー。はい、晒し者終了。帰っていいよ」
「……」
「え、なになに? 『皆殺し』って言った? その後に訂正したでしょー。さ、帰った帰った」
《謎フード》が言葉を発したのかは分からないが、《神の代理》には理解できたらしい。いや、それよりも。
「あ、あいつがここにいる奴らを全員……殺ったっていうのか。そもそも圧倒的強者ってエリスだけの称号なんじゃ──?」
「……まぁ、別にどうでも良いことデスわ」
《謎フード》は不服そうな挙動をして消え去っていった。
そして、再び演説が始まる。
「さぁ! 気を取り直してと。取り敢えず、一万一名もの方々にお集まりいただきましたー! これから君たちには更に高みを目指していただくため、転生してもらいます。転生をするのは初めての方、二回目の方、三回目の方、色々だと思いますがー、……まぁ、もういいやめんどくさい。早速レッツゴー!」
「え?」
パチン。
《神の代理》が指を鳴らす。
すると、ここに居る全ての者が光に包まれ、有無を言わさず上空へと発射されていった。