第三十五話 『異世界転生? 〜dead or alive〜』
「何とか言ったらどうだよ。お前が皆を……」
別に聞かなくても分かっていた。
《謎フード》の全身に絡みついた血。身長はオレより少し低いぐらいだ。奴のフードの奥と拳からは悍ましい何かを感じる。
ベキュン!
《謎フード》は士郎の問いかけに答えることなくジェットエンジンのような音を立てて飛んで行く。
士郎は追いかけた。しかし、体力は一瞬で尽き果てる。
「はぁ……はぁ……。ん? 戻ってきた──?」
ギューンという音を立てて何かが飛んでくる。
《謎フード》が戻ってきたのかと思い、士郎は全力で逃げるが直ぐにばてる。
音がどんどんでかくなっていく。近づいてきているのがわかる。
オレも殺されるのか──。
そう思った。
挑発しなければ、直ぐに現実世界に帰っていれば、逃げ出したい、助かりたい。様々な雑念が士郎の脳を駆け巡る。
でも──、でも──、
あいつは皆を殺したぁ!!
殺されるぐらいなら、せめて一発ぶん殴ってやる!
怒り、悲しみ、そして、殺された皆の無念を拳に乗せる。
音はもうすぐそこまで迫ってきている。
来る。
《オレなりの拳》で一矢報いてやる!
「うおお、──ってあれ?」
しかし、自分の伸び切った腕が目の前に表示されない。
むしろ後ろへと飛び出ていく。
それを疑問に感じる──、時間もないまま地上がオレからかけ離れていく。
でも、それは瞬きをする間も無く勘違いだとわかった。
オレが離れて行っているのだ。
「エぇリス?!」
士郎の腕を鷲掴みしながらエリスはどんどん上昇していく。
上昇途中でエリスは三日月を描く様に旋回する。
この機会に士郎は何が起きていたのかを聞こうとしたが、言葉は胃の中へと帰っていく。
鋭く、どこか悲しげな瞳をしているエリスを見ていると、"あぁ、これは現実なんだ"、という再認識をさせられ、気持ちに重りがのし掛かる。
何より痛かった──。
エリスに握られている手がズキズキとする。
この痛みはきっとエリスのSOSなんだ。エリスだって仲間が殺されてどうしようもないんだ。
そんなことを思うと、言葉が出なかった。
だって、オレにはなんの力もないから。オレにはどうしようも出来ないから。
オレはこんなにも強く瞼を閉じたことはない。
なにも出来ることのないこの状況に、誰も守ることのできない自分の非力さに──。
「着きましたワヨ」
暗闇の中で感じたのは、足が地につく感覚だった。
閉ざしていた瞼をゆっくりとフワァと開ける。
すると目の前にあったのはドアが開きっぱなしの賃貸の前だった。
さっきオレが出てきた部屋だ。そして、その部屋には呪穴がある。
「オレ……、帰っても……いいのか?」
「当然デスわ! 士郎は帰るべき人間デス。《謎フード》の目的は転生者であって、士郎は狙われません。けど、いつまでもここにいては炎があなたを焼き殺しまスワ」
「……ごめん」
何故だかその一言がでてきた。
こういう時は、たとえ力がなくとも、なんの役に立たなくても一緒に脅威に立ち向かっていくものなのだろうか。
そんな微かな疑問を携えながらオレは歩を進めていく。
「士郎、悲しまないで。これはまだ完全にお別れをした訳ではないのデス。……私が皆をこの世界へと帰してみせます」
「え?」
後ろから届くエリスの言葉は辺りに広がる火炎よりも熱気を放っていた。
「全ての者は皆転生を繰り返すごとに強くなっていくのです。《謎フード》は恐らく《神の代理》からの刺客。転生者を殺し、次なる世界へと旅立たせるのデス」
「つまり、皆は別の世界に?」
「そうデス、皆さん転生するのデス! でも、きっと今は《神の代理》のところにいるのデス。だから《神の代理》にお願いするのデス。皆をこの世界に帰して──って!」
「え、それってつまり──」
「大丈夫デスわ! 簡単にはやられてあげまセンの。一矢報いてきますデスわー!」
ここでエリスとの会話のキャッチボールは終わる。
エリスはにっこりと笑って飛びだってしまったのだ。
エリスは一直線に空を目指し上昇していく。
「待って……エリス、待ってー!」
士郎は人生でこんなにも走ったことはないっていうぐらいに走った。
痛い横っ腹なんて無視して叫んだ。
「エリスー!」
服の解けた繊維のように細い声なんて、周りの燃える音と融合するだけだ。
遥か向こう側の夕空には、暗紫色の小さな米粒ほどの光が一つ浮かんでいる。これはおそらく《謎フードだ》。その暗紫色の光を狙うように流星群のような巨大な光が無数に降り注いでいる。
それはエリスのとっておきの魔法《絶対星》だった。
"これだけたくさんの流れ星が降るなら、皆の願い事はきっと、どれか一つには届きマスよね──"
いつか皆んなで語りあったあの日に見せてくれたエリスの魔法。
涙なんてさっさと拭け!
今のオレが出来ること、それは──。
「がんばれえええ! エリスううううう!」
あの星々に祈る事。
ダサいなんて何千年も前から、オレが《村田士郎》としてこの世に転生してくる前から重々承知している。
きっと昔のオレは恐竜に食べられ、マンモスに踏みつけられ、侍達に笑いながら晒し首にでもされていたことだろう。
だからこそ、あの流れ星達に祈るんだ。
「来世では仲間を誰一人失わずに済むほどのチートをくれえええ!!!」
士郎は全身全霊の心の奥底からの叫びを持ち上げた。
しかし、その願いは聞き届けられなかったのかもしれない。
暗紫色の光が無数に降り注ぐ星を貫いていき、霧散した星が今度は地上へと雪のように穏やかに降っていく。
そして、全ての星は儚く舞っていった。
無数の星屑の中で煌めく暗紫色の光は一直線に空へ上昇し、雲の中へと姿を眩ませた。
空から降り注ぐ星屑で織り成された幻想的な光景に士郎は思わず見入ってしまう。
「エリス……、がんばれ……」
そのあまりの眩しさを放つ星屑に、士郎が励まされている気がした。あきらめちゃダメだと。
だって、光はこんなにもあるのだから。
しかし、その星屑のカーテンを一筋の光が破き、地上へと凄まじい速度で落下した。
ドゴーン……。
という鈍い音が響いた直後に、破られた星屑のカーテンを取り繕うように、落下地点から光が舞い上がり、それを確認するかのように暗紫色の光が雲の中から姿を現す。
すると、暗紫色の光は役目を果たしたかのようにプチュンと姿を消した。
「エリス……お前は死んでも、まだ皆のために、オレのために戦おうとしてくれているんだよな」
士郎はポケットから摩耗しかけている古びた紙を取り出す。
<お札>だ。
「オレはお前みたいに戦い続けるなんてことはできない」
<お札>を地面にスッと優しく置く。
「いや、エリスだけじゃない。美保、風見、真桜、オーガ、ジジイ、ゴブリン、セシリー、魔人ちゃん。みんなこの世界で生きる為に必死にもがき、苦しみながらもあの圧倒的なチート野郎に立ち向かったんだよな」
隣に落ちていたガラスの破片を左手で拾い、上空に掲げる。
「オレもオレなりに、この一瞬だけでも精一杯戦うよ」
士郎の呼吸が荒みを増していく。
掲げた手が怯えるように震える。
「皆のところに行く資格があるのか? オレも転生できるのか? できないのか? これが今のオレに出来る最大限の賭博!」
右手をお札に添え、そして──、
「これが、オレの(空想!?)異世界転生だああああ!!」
左手の刃が右手に振り下ろされる。
「うあああああ!」
血が四方に拡散する。
痛い痛い痛い痛い痛い!
そんな士郎の苦痛に追い討ちをかけるように、血を吸収したお札からドス黒い渦が現れ士郎を飲み込む。
<お札>に込められていた呪い──、
それは──、
《呪羽力》。




