第三十三話 『惨劇』-其の壱-
波乱万丈だった夏休みが終わりを迎えて、今日は始業式だ。学生達にとってはこれほど憂鬱な日はないことだろう。
だが、一定の学生達に至ってはいつもの日常とさほど変わりはしないことだろう。
きっと会社勤務のサラリーマンのような感覚だ。
例えば、朝の通勤ラッシュの時に『学生が多いな、夏休みは終わったのか』という刹那の推理を張り巡らせるはずだ。
今の士郎の境遇は正にそれだ。
「はぁ・・・・・・、こうやって一人通学路を歩いていると、この約一ヶ月の出来事が幻のように思えるな。まぁ、その点に関してはいつもの夏休みと一緒か」
今回の夏休みは明らかにいつもとは違っていた。毎回夏休みに入ると家に引きこもり、ゲーム三昧、オ○ニー三昧のなんの味もない日々を延々と繰り返すのみで、外に出かけようにも家族は家に居ないし、友達と呼べる友達も居なかった。
「(補習でほとんど埋めつくされた夏休みだったけど、割と楽しかったな)」
著しく怒涛で、驚愕の嵐に苛まれたこの夏休みで得たものは士郎にとってはあまりに大きかった。補習で埋め尽くされた絶望の夏休みになると思われたが、今までで一番活気に溢れ、微塵の退屈も無かった。
「よし、さっさと教室に行って西岡ーー、にはあんまり期待はできないか・・・・・・よし、杉野宮に宿題を見せてもらおう!・・・・・・ん?」
実はまだ夏休みの宿題が終わってなかった士郎は小走りで学校へと駆け出すが、何かを通り過ぎたような違和感を感じてピタッと止まる。後ろを振り向くとーー、
「おはよう・・・・・・」
「のわぁ!」
そこに立っていたのは《魔人ちゃん》だった。魔人ちゃんは黒い長髪で目元が髪の毛で隠れており、黒の長袖と半ズボン、スリッパ、胸はそこそこふくよかで、暗い雰囲気の女の子の転生者だ。
「ま、魔人ちゃんか・・・・・・、びっくりした。おはよう」
魔人ちゃんはとにかく存在感が薄い。しかし、戦いにおいてはそれが魔人ちゃんの力となる。元いた世界では暗殺者を生業としており、暗殺や戦闘の際に入る状態《存在皆無状態》は普段の存在感の比ではなく、まるで空気になったかのように相手に気づかれることなく懐に隠し込んだナイフで首元を掻っ切るという恐ろしい技だ。たとえ真正面から戦うことになったとしても、瞬きをして一瞬でも魔人ちゃんの姿を見失えば、自分の首に迫り来る血塗られたナイフに気づくことは至極困難な業だ。
「宿題・・・・・・やってないの?」
「そうなんだよなぁ。やってねえんだわこれが」
魔人ちゃんの口調は少し片言気味だが、端的に発せられるその言動のおかげで意外と会話はスムーズだ。
「先生に・・・・・・ぶち殺されるんじゃないの?」
「魔人ちゃんは物騒なことを言うなぁ。・・・・・・もしかしたらあるかもしれない」
「・・・・・・安心して」
「ーー? う!?」
魔人ちゃんはズボンのポッケから小さな物を取り出した。それはこのギラギラと輝く陽光に反射し、士郎は目が眩む。
「士郎を苦しめるの・・・・・・許さない。・・・・・・ちゃんと・・・・・・殺してくるから」
「ちょ、待て待て! 大丈夫だよ。きっと他にもやってきてないやつはいるから。仲間がいるから大丈夫だよ!」
「・・・・・・そう」
士郎が必死に説得すると魔人ちゃんは刃を直し、後ろを向いて足を歩ませて行く。
「(ふぅ、危なかったー)」
「・・・・・・そうだ」
「こ、今度は何かな!?」
魔人ちゃんの足が止まり士郎へ向き直る。
「士郎・・・・・・いつも優しい。それに・・・・・・私に気づいてくれる・・・・・・他のみんなも・・・・・・私、好きだな」
士郎の心の声が聞こえていたのか、魔人ちゃんは微笑みながら答える。
「急にどうしたんだよ。オレも・・・・・・まぁ、なんやかんやあいつらと居るのは楽しいよ」
「ふふ・・・・・・じゃあね。あ・・・・・・デスオリ・・・・・・今日、皆来るから」
「そっか、オレも学校が終わったら行くよ。って、オレは見てるだけだけどな」
「今日は・・・・・・エリスの家だよ」
魔人ちゃんは少しぎこちない動きで手を振って、歩き去っていく。デスオリの目的は特訓だが、その合間に色々だべったりして和気藹々としている。ちなみに呪穴を開く場所は士郎の家、もしくは、エリスとセシリーが住んでいる賃貸だ。
「さてと、オレも向かうか。宿題は・・・・・・ま、いっか!」
宿題を終わらせることが出来なくて、萎えながら家を出た士郎。
しかし、魔人ちゃんと話して少し気持ちが軽くなった。
いつも歩くこの道が、
どちらかと言えばいつも暗い気持ちで歩いていたこの道が、
今日は、
楽しかったーー。