第二十七話
「ーー・・・・・・んぅ」
鈴の音のようなものが耳に届いてくる。毎秒ごとに鮮明に聞こえ始めるその音は夏の風物詩だと分かった。ぼやける視界に写っているものは、どことなく柔らかそうな二つの丸い物、その奥には緑色の何かがあった。そしてそれも鮮明になっていく。丸い物に阻まれ見えづらいが、木だとわかった。それを認識したときに初めて自分が横になっていることに気づく。だが、頭がうまく機能しないーー、ということにさえ気づかないほどぼーっとしている。この時に感じていることがあったとすれば、妙に頭の感触が柔らかいということだけだ。
「起きた?」
「・・・・・・・・・」
ピンク色の頭をした少女がヒョイっとこちらを見下ろす。その事を理解するのに数秒かかってしまうが、それが引き金となったのだろう。フリーズしていた脳が徐々に活気を取り戻し熱を帯びていき、一人の少年の記憶が再充填されていく。
「って、美保!?」
士郎は二つの丸い物を顔面で打ち鳴らして飛び跳ねた。
「士郎、熱中症だったんだよ。軽度だったのは不幸中の幸いだね」
「へ、ね、熱中症ーー?」
身体を鍛えてる訳でも無いのに加えて水分補給すらも怠っていたのだ。それなのにこの炎天下の中を走り回っていれば調子を崩してしまうのも無理はない。
「そ、そっか。あ、ありがとうな」
目を覚ました士郎だが、目を覚ましたばっかりでまだ意識が朦朧としている様子だ。
「本当に! この日差しはクソ童貞ヒキニートの天敵でしょ。気を付けないと」
「うっせー! それでもオレはれっきとした一人の生粋の男子高校生だ。夏休みにすることと言えば町中を歩き回り日焼けしきった黒ギャルを探すことーー、ってお前。お肉はどうしたお肉は」
美保とのいつものやりとりで意識を完全に取り戻した士郎の目がふと美保のお腹に止まる。炊飯器がつまっているはずの美保のお腹がいつのまにか引きしまっていたのだ。さっきまでおヘソ丸出しでゲップをグエグエ言わせていた間抜けな様子は無い。士郎から見て、一応は可愛いの部類に入っているいつもの美保だ。
「そりゃぁ、こんなあっっつい中を歩き回ってれば嫌でも脂肪は溶けていくよ。・・・・・・おいニート君、女の子にそんなこと言わないよ」
「いや溶けるの早すぎだろ。さっきのお前の方が可愛いかったぞ」
「じゃあ何でさっき殴ったのかな。かな?」
目に薄暗い帯がかかったような美保の表情からは、ほんのりと冷えたような怒りや、何処と無く不気味なものを感じさせられる。いきなり懐から鉈を取り出し切りかかって来てもなんら不思議なようすはない。
「な、なんだよ・・・・・・、この病み上がりのオレ様とやり合おうってのか」
「美保はね、今ね。・・・・・・すっごく疑心暗鬼なのですよ〜」
「何言ってんだよーー。って違う! こんなことしてる場合じゃないんだよ。なんかめちゃくちゃ強そうなシスター見たいなやつとオーガが戦ってるんだ。加勢しに行ってくれよ」
熱中症で倒れるなんてまさに不覚。オーガの元を離れかなりの時間が経過しているはずだ。
「オーガならさっき丸焦げになってたよ」
「ま、マジかよ・・・・・・、様子だけ見にいこう」
***
「そういえば、さっき変な人を見たんだ」
「変な人?」
士郎は公園でみた美女についてを美保に話す。
「なんか・・・・・・、藁人形を打ちつけてて、金髪で美人で、それに・・・・・・、耳が長かった!」
「あ、その人だけど、私が来るまで士郎を看病してくれてたんだよ。ちなみにその人も転生者で、種族はエルフだね。今度会ったらお礼しないとね」
「ど、道理で・・・・・・」
エルフは美女って決まってるからな。なんか怖いこともしてたけど、それはあの美貌を見れば気にならない、はずだ。
「あれ、さっきのエルフさんだ」
「あ、本当だ」
「あら、あなたたち。来たのね」
士郎と美保が歩いていると、そこには先ほどのエルフと丸焦げのオーガとシスターがいた。




