第二十五話
「あー、疲れたー。 なんとか終わったな」
現在はお昼前だ。怒涛波乱に満ち溢れた昨日の夜を無事乗り越え、戸籍の手続きをなんとか終えることができたオレ達。いや、しかし。昨日は色々と面倒ごとに巻き込まれたり、家では大暴れする方達のせいで非常に疲れが溜まっていたので直ぐに寝てしまったのだ。おかげで昨日は抜けずじまいに終わってしまった。
「早く焼肉行こうよぉ」
どこで嗅ぎ付けたのか、今朝いきなり付いてくるとか言い始めたこのピンク頭。まあ、どうせ髪の毛を引っ張ってでも連れて行くつもりではあったのだが。
「士郎、我輩は焼肉よりも寿司が食べたくなってきたぞ」
「おい静かにしろ魔王。これから先に待ち受ける戦いに備えて肉を食って力を付けるんだ」
「カザミぃ。魔王じゃないよー」
戸籍にこの三人の名前を登録したのだ。どんな名前にするかは各々のセンスや好みで決まった。
ミホ、改め《四号 美保》。
カザミ、改め《木枯 風見》。
魔王、改め《異世界 真桜》。
「よし、美保! 風見! 真桜! とりあえずこれでお前達は正式にこちらの世界、日本の住人だ。まぁ、なんだ・・・お祝いだな!」
「士郎、寿司だ! 寿司!」
「静かにしろ魔王。とにもかくにも肉一択だ」
「風見、魔王じゃないよ。真桜だよ」
よく分からない名前の付け方もあったが、とりあえずはこれで良かったはずだ。変人しかいないが、美人と呼べるのであろう女子が三人もオレの家に住み着くことになるのだからな。いつかきっと・・・ハーレム作品みたいな展開になることを信じてーー、
「お前らー! バイキングに出発だー!」
「「「おー!」」」
***
「いやー食った食ったー」
外食をしたのも、こんなにもたらふく飯を食べたのも久々だったため、胃が少々痛む。異世界人の三人は無限に並べられた食べ物に
目を輝かせ、荒れ狂う暴風の如きがっつき具合を見せていた。
「魔王! 私の方が多く食べたぞ」
「・・・・・・」
食べすぎたのか、店で眠ってしまった真桜を美保がおんぶをして家に連れ帰っている。風見の方はと言うと寿司や肉をブラックホールかと思わせられる程に豪快に胃に放り投げていたというのにこれっぽっちもお腹が膨れている様子はない。考えられる理由があるとすれば、吸収した栄養はやはりあれに流れていってるのだろうかーー。
「ゲップ。風見、魔王じゃなくて真桜だよー。ーーゲッぷ」
こちらのゲップをぐえぐえ言わせてる美保の腹を見てみると、中に炊飯器でも入っているのかと思わせられるほど膨らんでおり、服の裾が上に押しやられ、おへそが顔を見せている。
「おいおい美保。白飯ばっかり食うからお腹が炊飯器になったんじゃねーの?」
「ゲップ。お腹いっぱいすぎてセンスのないギャグはお腹に入らないよ。ゲップ」
落ち着けオレ。高校生にもなれば立派な大人だって先生が言ってた。安易に人を殴ってはいけない。ありがとう、先生。先生がいなかったらオレは大切なことに一生気付かずにいたかもしれない。それは仲間を敬い、信じ、愛すること。
「おっと! あ、ごめん美保。オレの肘がお前の贅肉を許さないってよ!」
「ぐぅえっぷー!」
躓くという粋な演出を使って美保の膨れた腹にオレの肘を押し込んでやる。
「う、う、胃が・・・千切れる」
「ぎゃ!」
美保は足元をふらつかせながら近くの電柱に勢いよく突っ込み、おぶっていた真桜が頭を電柱に強打する。
「よいしょっと」
地面に倒れ込んだ真桜をオレがおぶって再び帰路に付く。もう一人倒れている方がいるが、放っておいてもそのうち帰ってくるだろう。
※※※
「あら、君たちはーー」
「ん? ・・・あ」
帰路に付いているとオレが最近世話になり始めた人物とバッタリ遭遇する。補習担当の《佐倉葉子》先生だ。風見と負けず劣らずのでっかいおっぱいにいつもなら釘付けなのだが今回は違った。
「やあ少年。僕と会うのはこれで二回目かな?」
「お、オーガぁぁあ!?」
葉子先生の隣に怒りの化身とも呼べる者がいたのだ。しかし、よくよく見てみるといつものように野蛮な様子はなさそうに見える。
「葉子、奇遇だな」
「へ? よ、葉子?」
「カザミちゃんに、魔王ちゃんじゃない。えっと、確か、村田君? だったっけ。三人は知り合いなの?」
それはこちらのセリフなのだが。葉子先生とこの転生者二人が知り合いだったなんて。まさか、実は葉子先生もーー。
「風見、葉子先生はもしかしてーー」
「ああ、そうだ。昨日話した家に泊めてくれた人だ。葉子、この前は本当に助かったぞ」
「あら、全然いいのよ。むしろ短い間だったけどすごく楽しかったんだから。ふふ、魔王ちゃんは相変わらず寝坊助なのね」
どうやらオレの早とちりだったようだ。しかし、隣にいるいつもなら暴れ回っている転生者と一緒にいるのはなぜなのだろう。
「こんの、魔王! 起きろ!」
「ふんぎゃ!?」
風見が手慣れた手つきでオレの背中にもたれ掛かっている真桜に握り拳をお見舞いする。
「カザミ、貴様! そろそろ本気で息の根を止めーー、って葉子ではないか」
「おはよう魔王ちゃん」
「その節は世話になったな」
そんなに期間が空いた訳ではないと思うのだが、再会に胸を躍らせ会話を弾ませる女性陣。そんな女性陣を尻目にオーガがオレの耳元に顔を寄せて何やら呟いてくる。
「少年よ。むらた、し、しろう? と、言ったか? 度々迷惑をかけてすまなかったな。あいつも悪い奴ではないんだ。許してやってくれ」
「あいつ?」
「ああ、実はなーー」
*
「そ、そうなのか・・・」
どうやらオーガは二つの魂を宿しているらしい。一つは今オレが話しているクールな雰囲気を持つオーガ。もう一方が猛然たる怒りの化身だ。言うなれば『青』と『赤』のような対極にあるようだ。
「今は、・・・青オーガで大丈夫だよな?」
「ああ、あいつは今は眠っている。当分出てこないだろう」
「よかった。まぁ、黙っておくよ」
魂が二つあることにも勿論驚いたのだが、どうやら昨晩ロープで縛られて倒れていたところを葉子先生に助けてもらったらしい。そして、当分の間は葉子先生の家に居候させてもらうそうだ。折角家に住まわせてもらえるっていうのに凶悪な性格を知られたら怖がらせてしまうとのことなので赤オーガのことは秘密にしたいそうだ。
「ほんっとうに助かる! この借りはいつか必ず返そう」
「・・・羨ましいなあああ!」
あんなにもスタイルの良い美人と一つ屋根の下なんて、絶対に間違うこと間違いなしじゃねーか!
「あ、もうこんな時間。ごめんねカザミちゃん、魔王ちゃん。もう行くね」
「また会おう」
「いつでも遊びに来るのじゃぞ」
「うん! あ、そうだ。村田君、こちらの男性は《足図歩 凹画》さんです。色々事情があってしばらく私の家に住むことになったのですが、困っているところを見かけたら助けてあげてくださいね」
「・・・わかりました」
おいおい、教師が生徒にしれっととんでもないことを抜かすんだな。これは非常にまずい展開なのではないか。一つ屋根の下で赤オーガが目覚めたら、きっと葉子先生はあんなことやこんなことまで、欲望のままに弄ばれること間違いないのではないか。
「おいオーガ。本当に大丈夫なのか?」
オレは精一杯背伸びをして、オーガの耳元に囁きかける。これだけ全力で背伸びをしても耳まではまだ十数センチほどはある。
「・・・ああ。この方は、葉子さんはーー」
「ーー?」
オレの問いかけに頬を赤らめるオーガ。そんなオーガを見て葉子先生は不思議そうな顔をしている。どこか幸せそうな雰囲気が漂っているオーガと葉子先生。しかし転生者の定めなのか、或るいは葉子先生になんとも言い難い特別な思いを抱きかけているオーガへの試練なのか。一同に戦慄が目前まで迫っていた。
「ーー! 葉子さん、危ない!」
「ーーえ!?」
「カザミ、来るぞ!」
「わかっているぅうあああ!」
突如として降ってきた流星の如き一つの光線を素手で受け止める風見とオーガ。風見は両手を使い受け止めているのに対してオーガは片手のみを使っている。
「く、手が・・・焦げるーー」
「・・・・・・」
流星を受け止める風見の手から肉を焼くような音が鳴り、指先から湯気のような出ている。後ろで立ち尽くすオレたちにまで熱気が伝わってくる。しかし、破壊を尽くすために落ちてきたような星をオーガは無言で受け止め続け、ただ突っ立っている。
「な、なんだよこれ・・・。真桜、なんとかならないのか?!」
「強大な魔力じゃ。まるで幾つもの星々が収束し凝縮したかのような塊じゃな」
「それってマジでやばいんじゃないのか!?」
「そうかもしれぬのう。カザミよ、まだまだいけるか?」
「くそ、こ、これ以上はーー」
あまり心配してなさそうな声色で風見に問いかける真桜だが、勿論調子の良い返事は返ってこない。
「士郎よ」
「な、なんだよ」
「あそこにいるものを撃ち落とせ」
そう言うや否や真桜は上空を指差す。
「ーー!?」
真桜の指に促されオレも上を見上げると、一つの影がそこにはあった。
「な、何だありゃ・・・」
そこそこ高いところに居るうえに、太陽の光でかなり見えづらいのだが、その影は巨大な何かを担いでいるように見える。
「撃ち落とせって言ったってどうすりゃいいんだ。ーーって、え?」
「・・・・・・」
無言で光を受け止めているオーガの手の力が徐々に増していき、そしてーー、
バシュゥゥン。
オーガが手を握り切ると同時に、まるで浮き輪の空気が一気に抜けていくかのような音を立てて光は分散し消滅していく。
「か、風見、オーガ! 大丈夫か!?」
「はぁ・・・はぁ・・・。大丈夫だ」
光が消滅し、風見はバタッと地面に膝をつく。風見の両手を見てみると、焦げ跡が手首辺りまで広がっており、見るに堪えない様子となっている。
「あいつか」
オーガは上空を睨みつけている。今のオーガはまさに漫画とかラノベやらで出てくるオーガそのものだった。あれだけの熱気を放っていた流星の如き光を素手で受け止めていたにも関わらず、オーガの腕にはかすり傷一つ見当たらない。それに加え、前までの鈍臭い様子はどこにもない。
「降りてこい」
オーガがそう言うと上空にいる者が一気にこちらへと急降下してくる。そいつはオーガよりも少し上の空中でピタッとブレーキをかける。その人物はまるで教会のシスターの様な身なりをしており、淡い水色の髪をなびかせている。更には、大砲程のサイズはありそうな金色に輝くライフルの様なものを担いでいる。
「う、浮いてる」
見た感じだと羽やら翼やらは無さそうな見えるが、そのシスターはまるで見えない床に立っているかのように空中に浮いている。
「お前、関係ない者は巻き込むなよ」
シスターに言葉を投げかけるオーガは至って冷静な様子だ。しかし、その目つきは草陰に隠れて獲物を狙いすましている猛獣よりも鋭く、冷静な様子とは裏腹に蓄えたマグマをいつ爆発させるか分からない火山のようなオーラが滲み出ている。
「あら、ごめんなさいなのデース。でも、異世界ではいつ何時も油断大敵Deathヨ」
外国人のような訛りが入った言葉で応対するシスターには、一片の焦燥も感じられない。
「・・・その通りかもしれぬな。葉子先生、先に帰っててもらえるか。迷惑極まりないそこの女性にマナーというものを叩き込まねば」
「お、オーガさん。その女性はもしかして、元カノですか?」
「違うよ!?」
「ほ、本当ですか? あんまり円満とは言えない別れ方をしたせいで・・・。今までずっと引きずってて、怒っているんじゃないんですか!?」
唐突に涙ぐむ葉子先生にオーガは困惑を隠せない。ついさっきまでシスターとバチバチの火花を散らしていた剛担な鬼はどこかに消え去ってしまう。
「ちょ、本当に違うんだ! 神に誓って言わせて貰う。僕は・・・僕は童貞なんだあああー!」
「ーー!? お、オーガさんのバカあああ!」
オーガは自分にとって大切なものを失わない為に身を呈して叫んだ。しかし、葉子先生は目頭に輝かせていた雫を頬に伝わらせながら何処かへと走り去っていってしまう。
「よ、葉子さん、葉子さああああん!」
両膝を地につかせ片手を葉子先生へと伸ばすオーガだが、勿論その手に掴めるものは何もなかった。
「オーガ、葉子は私たちが追おう! 行くぞ魔王」
「ガッテン承知」
風見と真桜も葉子先生の後を追いかけてこの場から離れていく。
「・・・オレもお前と一緒なんだぜ」
惨めに泣きじゃくる心の折れたこの同類をオレが掛けてあげられる精一杯の言葉で励ます。そこに居る一部始終を見ていたシスターはただ、ただ、ひたすらにーー
「アッハッハッハッハー!」
失笑をしていた。




