第二十四話
無限に広がる宇宙で、一つの星を眺める存在がいた。その者はぽつりと呟く。
「転生の素質ーー。才能、運、知恵、純粋な力、他にも様々な要素があるが、それらを全て引っくるめて素質ーー、〈転生の素質〉と呼ぶ。数多の転生者よ。ただひたすらに立ち向かい続けるのだ。どんなに転ぼうとも、どんなに悲しかろうとも、どんなに無謀であっても。立ち向かうことが素質を高めるために、大事だから・・・」
その存在はしばらく星を眺めた後に、空間を切り裂き、その裂け目へと姿を眩ませていったーー。
***
「へー、カザミと魔王は元々同じ世界にいたのか。しかも、カザミは元勇者で、魔王は元魔王かーー」
「そうだ。そしてこいつはただの魔王ではない」
「お、カザミよ。ようやく我輩の凄さに気付いたのか」
オレとミホ、そして、カザミと魔王はテーブルを囲み夕食にありついている。
「この魔王はただのへっぽこぽんこつニート褌魔王だ」
ジジイ騒動の後、カザミと魔王はオレの家に住む事になった。別にオレの家に住むのは構わない。カザミは美人で巨乳だし、魔王は・・・魔王は・・・。うん! ま、まぁ、オレ好みの幼女の褌だし。訳の分からないジジイでなければ全然ウエルカムだ。
「言ったな? 士郎よ聞くが良い。この爆乳妖怪はドアに顔面をぶつけて死亡したのだ。さすがは世界を救う勇者じゃろう」
「ムキー! 士郎、聞け! この褌野郎は無限にも思えるほどのモンスターどもを私に送り込み、自分は部屋でのんびり茶をすすっているだけのただのぐうたらだ! こんなクズ野郎の根性を鍛え直すためにも家事は全てこいつにやらせよう!」
度々荒々しいこの二人の大体の経緯は聞かせてもらった。この二人がこちらの世界に来たのは昨晩で、その後は岩公園で仮眠をしていた二人だったが、たまたま通り掛かった見ず知らずの一人の女性が家に泊めてくれたらしい。そして、ジジイ騒動の後、これ以上お世話になる訳にはいかないらしく、オレの家に来たってわけだ。・・・って、オレになら迷惑かけてもいいのかよ!
「む、何をぉ! 我輩はずっと部屋でのんびりしていたはずなのに、頭の悪い言い掛かりをつけて攻めてきたのはどこのどいつじゃ」
「関係ないね。魔王なら魔王らしく民の一人でも襲ったらどうだ」
「ぎょ!? 士郎、今の聞いたか!? こんなクズ勇者見たことがあるか?」
少し変わった奴らだが、この家に美人が増えるのはとても良いことだ。良いことなのだが、人が増えるに至って直面する問題、それはーー、
「うーん! 白飯最高」
そう。食料だ。呑気に飯にがっついているこのピンク頭だけならそこまで考えなくてもいいのだが。なにしろ食料を手にするためにはやはり金が必要だ。オレが月に一回親に振り込んで貰っている金額では暮らしていけないことは無いのだが、次第に腹は物足りなさを感じてくるだろう。そこでーー、
「なぁ、カザミ。バイトしてくれないか?」
「任せろ!」
まさに一瞬とも言えるほどの間隔で、こんなにも頼もしい答えが返ってくるなんて。
「あーずるい。私もバイトするよー。商人の血が騒いで仕方がなかったんだよねぇ」
「お前はだめだ。自宅警備兵だ」
なーにが『だよねぇ』だ。このピンク頭は想像以上に不器用だったのだ。昨日の夜に色々と家事をやらせていたのだが、皿は割るわ、料理は焦がすわ、掃除をさせてみれば床は水浸し。こんな天才にバイトをさせたところで四方に迷惑をかけて帰ってくるに違いない。
「もう、なんでよぅ!」
「お前みたいな天才にバイトは合わないってことだよ」
「ふふ。だよねぇ!」
今にして思えばとんでもない状況なのではないだろうか。異世界からの来訪者。それが三人もオレの家にいるなんて、これは本当に現実なのだろうか。ミホが言っていた《ナレーター》? だったか。ことごとく転生なんかさせて一体何がしたいんだ? もしかしたらオレたちはとんでもない事に巻き込まれているのではないか。
「士郎どうした? 真剣な顔をして」
「・・・いや、なんでもない。おっぱーー、いや、いっぱい食って精をつけなきゃな!」
「ーー?」
そうだ。今はそんな大それたことを考えている時ではない。先程のジジイとの戦いの時に素晴らしい最高のおかずを入手したではないか。オレの向かいの席に座っているカザミの豊満なあの胸。なんの変哲もない一つ一つの行動をするたびに揺れるあの胸。例えば、今カザミはお茶をすすり、そのコップをテーブルに置いた。その際に生じた些細な衝撃でさえもあの胸は揺れるのだ。
「(本当に、一体どうやったらあんなにもでかくなるんだ?)」
「しかし、士郎よ。バイトをするなら口座というものが必要であろう。まずは戸籍? というものがいるのではないか」
高校生のオレにはその辺のことはそこまで詳しくはないのだが、どっちにしろこの世界で生きていく事になるのであればしっかりと手続きをしていた方が困ることも少なくなってくるだろう。
「よし、ミホ、カザミ、魔王。明日、戸籍? を取りに行くぞ!」
まさかこんなちびっ子にこんな事を言われるとはな。明日は補習も休みだしちょうど良い。しかし、転生者なのにやけにこの世界に詳しいことには驚きだ。ミホから聞いた話だと転生の際に、転生先の世界の言語や文化がある程度頭の中にインプットされるらしい。
「えー、私はいいよぉ。家で自宅警備やってるからー」
「わかった。じゃあミホは留守番を頼む」
この怠け者は放っておいて、明日の用事が終えたらカザミと魔王とで焼肉でも食って帰ろう。
「気になっていたんだが、魔王は・・・これは本名でいいのか?」
「ん? あぁ、そうだ。我輩は生まれてから今日この瞬間、そしてこれからも魔王であるが」
なんだか撫然としているな。
「なんか他にあるだろう。例えば・・・『サタン』? とか」
「なんじゃそれは。魔王は魔王なのじゃ。我輩は魔王じゃ」
「言う割には、ジジイと揉めてた時何も出来ていなかったようだけど」
「ブフゥ! し、士郎。あ、あまり揶揄わないであげてくれ」
カザミは飲んでいたお茶をオレの顔面へと噴射する。オレの魔王への皮肉がツボったらしく、カザミは腹を抱えて唸っている。
「おい士郎、そんなだから補習を受ける事になったのじゃ。我輩は魔王であるぞ。その気になればこんな町如き一瞬でクレーターにできるぞ」
魔王は椅子の上に立ち上がり怪しげな言葉をぶつぶつと呟き始める。魔法をぶっ放そうとしているのが一目瞭然の魔王をもちろんオレは止めに入る。
「ま、魔王さん! お、落ち着いて」
「じゃfjldkそおいfwふぉjfq」
なんですかその変な詠唱は。
「落ち着け魔王」
「ぎゃ!?」
これはどっちも魔王でよろしいのではないでしょうか。些細なことで町を消し炭にしようとしたちょっと短期な魔王さん。そして、幼女を普通にぶん殴る金髪の巨乳美女。どうやらオレは自らの欲に溺れて間違った選択をしてしまったらしい。やっぱり転生者はみんな頭のおかしい変人だったのだ。
「ま、魔王さん・・・? お、落ち着いたかな」
「んン? 落ち着いたぞ。とりあえずこの金髪脳筋野郎をぶちのめすってことになあああ!」
「来い! 今度こそ決着をつけようじゃないか」
食事中ぐらい頑張って堪えてはくれないのだろうか。テーブルの外で激しい技の競り合いを繰り広げる二人の新たなる転生者たち。
「はあ・・・」
鬼には追いかけられるわ、変なジジイが出没するわ、何より夏休みが補習でほとんど消し飛ぶわで、つくづくオレは運がない。そんなオレの波乱万丈な夏休みは更に激しさを増していくのだったーー。全く、隣の能天気にご飯をもぐもぐさせている人が羨ましいです。
「うーん! 白飯最高」