第二十三話
「・・・一体何だったのじゃ?」
「よそ見をするな!」
「ほいっとな!」
「ちっくしょーう!」
先ほどの予期せぬ出来事に唖然としているジジイにカザミはすかさずパンチを繰り出すが、結果は望ましくなく、あっさりと躱されてしまう。
「ふぅ。もう飽きたわ。そろそろ終わらせるぞい」
ジジイは杖を横向きで前方にかかげ、深く意識を集中させる。すると、ジジイの背後から先ほどよりも数倍の太さのある根っこが一つ地中から出現する。その根っこの先端が不規則な動きをして形を変え、巨大な拳となる。
「ふ、受けてたとう」
カザミはこの時を待っていたのか、嬉しそうな笑みを浮かべ身構える。
「カザミー、気を付けるのじゃぞぉ。それはかなり強力な魔法じゃ」
いつまで経っても依然として根っこに摘まれたままの魔王はカザミに助言をする。
「へぇ、そうなのか。ますます舞い上がってきた」
しかし、それはカザミのやる気をさらにヒートアップさせる。ジジイは、そんなカザミの様子を見るや否や杖を前方で数回転させ、勢いよく地面に突き刺すと、根っこの体が数センチ膨らみ、ボディビルを成し遂げたかのような筋肉質となる。
「安心せい。殺しはしない」
根っこは辺りを振動させる程の風切り音を立ててカザミへと一直線に発射される。
「うぉぉおおおっらああー!」
カザミは全身全霊を集中させた右拳を根っこにぶつける。ぶつかり合った拳の衝撃で辺りの木々や草が靡き、土埃が舞い、ほんの一瞬だけカザミと根っこの動きがピタッと止まる。しかしーー、
「ぐっ、ぐぅおお!?」
直ぐにカザミは押され始め、磁石のように地面に密着させた足がずるずると後方へ流されていく。
「終わりじゃな」
「ーーっつ、うぁああ!」
植物の拳の力が急激に増したと思った次の瞬間にはカザミは宙を滑空していた。
「うっ、ぐぁ!」
カザミは数メートルの距離を飛ばされ、地面で水切り遊びの様なバウンドをした後にゴロゴロと転がっていく。
「じ、ジジイ・・・、お前、思ったより強いな」
カザミは大の字で仰向けになりながらジジイに嘉賞する。
「ふぉっふぉっふぉ。お主も中々のもんじゃ。精進するが良い」
ジジイはそう言い残して去ろうとすると、ジジイの横を何かが駆け抜けていった。
「ん?」
ジジイは後ろを振り返り見てみると、倒れているカザミの元へと走っていくピンク頭の少女の姿があった。少女はカザミの顔を上から覗き込む。
「大丈夫?」
「な、お前はーー」
「私はミホ。昨日この世界に転生してきたんだよ」
倒れているカザミの顔の上にポーションをかざすミホ。
「元気だしてえええ!」
「ぐぼぼぼぁばばば!」
ミホはポーションをひっくり返してカザミの顔に滝の如く投下させる。
「ぐわっぽ! お前はポンコツか! 溺れさせる気か!」
カザミは息を荒げながら勢いよく起き上がる。
「ふふ。元気になったでしょー?」
「た、確かにーー、痛みは和らいだな。だが、別にこれがなくともへっちゃらだったぞ!」
「あ、やっぱりー? そんな気はしてたよ。ーー、士郎、そんなところに隠れてないで出てきなよ」
ミホの野郎・・・、オレの名前を呼ぶんじゃねーよ。未だに地下ぎ気になって仕方ねーから戻ってきたけど、オレは見物客だ!
「ーーったく、仕方ねーなー」
オレは木の影から姿を表しミホの方へと歩いていく。
「おい、ジジイ! さっさと帰りやがれぇ!」
オレはビシッとジジイに人差し指を突きつける。
「う、うん。今から帰ろうとしてたのだけど・・・」
「うん、で、ですよね・・・」
そう、ジジイは元より帰るつもりだったのだ。それなのに、オレはあんなにもいきりたおしながらカッコつけて・・・、なんか言ってみたかったんです。
「おいジジイ。ちょっと待て! ーー勝負は終わってない」
「ほおう。まだやると言うのか」
ジジイ目つきを変え、杖を再び地面に突く。すると、先ほどのような極太の根っこが地中から顕現する。そしてーー、
「ほぁ!」
ジジイが念じると根っこは筋肉質となり、先端が拳の形状となる。
「今度は先ほどよりも痛くするぞい」
「行くぞ!」
カザミがジジイへと走り寄ろうとしたその瞬間にーー。
「ちょっと待って」
ミホがカザミを制止する。
「『風纏い』!」
「(!? 初めてそれっぽい名前の魔法!)」
オレはこの時ミホにほんの少し、ほんの少しだが敬意と悔しさを覚える。ミホ、お前ってやつは・・・すごいやつなのかもしれない。ミホはカザミに手をかざして、魔法を発動する。
「!? こ、これはーー、か、体が軽い」
『風纏い』ーー与えられし者、烈風の如し。
カザミの体の輪郭辺りに緑色のオーラのようなものが迸発し、体の周りに上昇気流のような風が吹き荒れている。
「(なんじゃと!? あれは〈付与魔法〉ではないか!)」
ミホの発動した魔法にジジイは血気の籠った眼差しで凝視する。世界によって魔法の会得難易度は違う。とある世界では扱いの簡単な魔法でも、別の世界では会得するのにかなりの時間と労力を必要とすることもあるし、元よりその魔法は存在しない、あるいはまだ生まれていないかもしれない。いつだって魔法とは何者かの知恵より誕生するものだ。きっとどこの世界でもそれは一緒だ。
「ワシでも会得するのに優に数年はかかったというのに・・・、あんな若い小娘がのう・・・。世界は広い、いや、無数に存在するということかのぅ」
ジジイの元いた世界では〈付与魔法〉は使用できるものが限られるほどの高難度の魔法で、かなり重宝されている。
「よし、やっちゃえパツ金巨乳ちゃん!」
「変なあだ名を付けるな」
カザミは息を数回吐き捨て、リラックス状態となる。
「行くぞ、ジジイ!」
「来い! これが最後の激突になろうぞ」
ジジイは「かぁあああ!」とハスキーな叫びを上げながら両手を前方にかざす。それに呼応し筋肉質の極太の根っこがカザミへと放たれる、ーーが、ジジイはほんの一瞬だけ視界に違和感を感じ、視線を少し下げる。
「ーー!? な、へ、い、いつのまーー」
ジジイの目と鼻の先に既に一人の人物が迫っていた。
「『神風』」
『神風』。『風纏い』を付与されたカザミの高速移動技。『風纏い』は対象の体を軽くし、普段の倍の速度での移動を可能とする。
「は、早すぎじゃろーー!?」
『風纏い』でここまでの速度に達することはほとんど無い。しかし、カザミの強靭な足の筋力が限界の速度のさらに向こう側へといくことを可能とした。
「ぶっ飛べ、ジジイ」
「(おぉ! すごい揺れてる)」
オレは揺らめくオッパーー、じゃなくて、スイカに見入ってしまう。おぉ、本当にすごいぞ。デカすぎて揺れの余韻でさえも少し離れたオレにまで伝わってくるようだ。まぁ、・・・とりあえずいただきましたー! 今晩のおかずゲット。
「く、神経こうそーー」
『神経高速化』。ジジイの扱う付与魔法の一つ。名の通り己の神経を加速化させ、反応速度を底上げさせる効果を持つ。しかしーー、
「遅い!」
「ぐぉあば!」
ジジイは『風纏い』の恩恵を受けたカザミの速度には追いつくことができずに、カザミの正拳をお腹にモロに喰らう。そして、カザミはジジイの腹に預けたままの右拳を前方斜め上へと突き上げる。
「うぉおおらあああー!」
「ふんぐほぉー!?」
ジジイは公園外まで吹っ飛んでいく。
「お、解けた。ご苦労であった、カザミ」
黒の浴衣が裏返しになり褌が見えたままの幼女が寝転びながら言う。
「お前は本当に魔王なのか・・・。それにしても大した魔法だった。ーーえっと」
「ミホだよ!」
「ミホか。私はカザミ。あっちの褌一丁のポンコツ変態幼女は魔王だ。・・・だ、だが、あんな小細工をしなくても私は一人でもあんなやつぶっ飛ばせてたぞ!」
「カザミちゃんに魔王ちゃん! これからよろしくね!」
あれ、もう終わったの? ジジイは? 本当に倒したの? 死んじゃったの? もう少し揺れるパイパイを拝んでいたかったのだが。・・・いや、しかし。ふむ、カザミに魔王か。魔王ってなんなんだ、本名か? ん? なんかピンク頭の中二病の女がこちらを見ている。こっちとあっちの二人も一緒に住もうだなんて考えてないだろうな。オレはなんとなくミホの意図を理解して間髪入れずに言う。
「よし、いいぞ(今夜はおっぱい祭りだ)」
夏休み二日目。オレは思わぬ収穫を得たのだったーー。
次回より第四章!!




