第二十一話
「おぅおぅおぅおぅ? おーう」
五芒星が発動してほんの数秒が経ち、魔王はバタっと地面に膝をつく。
「・・・・・・」
ジジイは無言で棒立ちだ。
「ま、魔王ー!」
カザミは魔力を吸収さた魔王の身を案じているのか、悲痛の叫びを上げている。オレはというとこの公園にある木の陰に隠れ、転生者どもの成り行きを見物している。
「・・・お、おおぉ。す、すごいぞ。この世界にしては本当に珍しい! なかなかの魔力量だ」
ジジイの体から蒼白い火花が、バチっバチっ、と音を立てて飛び散っている。
「このジジイめ! おい魔王しっかりしろ」
「ほう、この五芒星の中にいると、魔力を吸収されるのか」
魔王は即座に立ち上がり、カザミの心配は杞憂に終わる。
「・・・なんとまあ。かなりの魔力を吸収したつもりだったが、まだそこそこの魔力が残っておるようじゃ。・・・おぬし、かなりの素質の持ち主じゃな」
「貴様もな。ほんの数秒でこれだけの魔力をもっていかれるとはーー。完全に油断した。してやられたぞ」
「ふぉっふぉっふぉっ。本気で来られたらって思うとぞくぞくするわい」
「安心せい。吾輩の魔法は莫大な魔力を消費する故、一発放てばそれで魔力はすっからかんになる」
「ふぉっふぉっ。なんと不憫なことよのう」
魔王とジジイは間近で向かいあって、辺りをひりつかせるような雰囲気を醸し出している。
「離れろジジイ!」(ボインボイン)
「おっと」
カザミはジジイに拳を放つ。この至近距離で躱すのは不可能だ。カザミの右拳がジジイの左頬に触れた,
その瞬間ーー。
「な!?」
ジジイは『ボワン』という音と共に煙となって消失する。
「ここじゃよ」
「くそ、姑息なマネを!」
「おぉ。貴様、見事な魔法ではないか」
カザミと魔王から十数メートル離れたところで煙が収束し再びジジイの姿が顕現する。・・・ちょっとすげえ。これが転生者ーー、いや、魔法使いなのか。オレのことを隙をついて襲ってきたり、ただのずる賢いジジイだと思っていた。
「いやしかし、そこの金髪の娘のパンチもかなりのキレがあるな。魔法を発動してなかったらこんな老いぼれにはひとたまりも無かったぞ。--そなたらにはとてつもない素質がある」
「ジジイよ、さっきから素質があるなどと言っておるが、当り前じゃ。吾輩は前の世界では魔王で、こっちの巨乳は前の世界では一応勇者であったのじゃ」
「おい、ガキ。一応とはなんだ? ぶん殴るぞ?」
いやいや、魔王と勇者? どういうことだよ。なんで魔王と勇者が手を取り合ってんだよ。
「ーーふむ、道理で。だがの、おぬしらが前世で何者であろうが関係ないのじゃぞ。ーー今一度言う。大事なのは素質じゃ」
「関係ない? 素質が大事? どういうことだ」
カザミはジジイの発した言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。
「こういうことじゃよ」
ジジイが杖を地面に一突きする。すると、カザミと魔王の周りの地面から木の根っこのようなものが不規則な動きをしながら這い出てくるや否やカザミと魔王に一気に迫っていく。
「な!?」(ボインボイン)
「ぐぁ!」
迫り来る根っこをカザミは機敏に躱すが、魔王は手も足も出す間もないまま根っこに体を束縛されてしまう。
──────って…………、のおおおおぱあああん!!!???!?
魔王のそれはそれは綺麗なピンクのあわびが剥き出しになった!
おれは鼻血ぶうううう!!
「はぁぁああ!」(ボインボイン)
カザミは四方から迫り来る根っこの猛威を次々と己の拳で弾き返していく。魔王は根っこに摘まれ宙ぶらりんの状態になっており、黒の浴衣が裏返って今時珍しい褌が露わになっている。--ふむふむ、なるほど。幼女の褌か。これはこれで悪くはないのかもしれない。ナイスファインプレーだ! ジジイ!
「ほーう。確かに勇者というのは伊達ではないらしい。・・・魔王の方は、物理戦闘は苦手なのかのう?」
「カザミよー、吾輩は捕まってしまったわい」
「見れば分かる! くそ、なんなんだこの根っこは。ぶっ飛ばしても! ぶっ飛ばしても! 再生速度が速すぎる上にホーミングも付与されている。・・・それに、はぁ、はぁ、・・・体の調子がおかしい」
「ふふふ、そう、それじゃ。そういうことじゃよ」
なんだ、何が起こってるんだ? オレでも分かる。さっきからカザミの胸にくっついた、それはそれは大きなスイカがボインボインと揺れーー、じゃなくて、カザミの動きがあからさまに鈍くなっていく。そしてーー。
「ぐあ!」
息切れを起こしたカザミは隙をつかれて根っこに叩かれて、数メートルほどの距離を吹き飛んでいく。なんなんだあのジジイめちゃくちゃ強いじゃねーか! 分かりきっていたことだが・・・、ただものじゃねえ。・・・とんでねえプレイをしやがる!
「ほれほれえ。どうした動きが鈍くなってきてるぞぉ」
「カザミよ! 早くジジイを倒すのじゃ。さすればこの根っこは解けるであろう」
「どいつもこいつもごちゃごちゃうるさいぞ! ぜぇ、ぜぇ。・・・く、こうなったら」
「まあ、そう来るじゃろうな」
カザミは力を振り絞り、根っこをかいくぐってジジイの方へと駆け寄っていく。
「うおおおおあああ!」(ボインボインボインボイン!)
「『神経高速化』『物体硬化』」
カザミが鬼の形相で向かってきている中、ジジイは杖を前方にかかげ、何かを唱える。
「うらあああ!」(ボインボインボインボイン!)
「ほいほいほいほい」
「くそぉぉ!」
ジジイはカザミの猛攻を次々と杖で軽々しく捌いていく。そして、杖の首辺りの脆い部分に拳がヒットする。ーーしかし。
「!?ーーな・・・んで」
「ふぉっふぉ。魔法の力を侮るでないぞ」
杖は砕けるどころか、まるで新品のような光沢を放っている。
「『物体硬化』。物を硬質化させるという、ま、この程度の説明は不要か」
「くそぉ、なめやがって。・・・なめやがってええええきぃええええ!」(ボッイーン!)
「ほい!」
「ぐあ!」
ジジイの一振りがカザミのお腹に炸裂し、カザミは吹き飛ぶ。ボイーン。
「素質は申し分ないと思うのじゃが、点で駄目じゃな、転生後の戦いは今までとはわけが違う」
「く、・・・素質ってやつなのか」
「左様。ーーよく聞くがよい。そなたがそこまで疲弊しているのは、まだこの世界に順応できていないからじゃ」
「なん・・・だと?」
「前世では思うがままに動けたのじゃろうが、この世界では何もかもが違うと思った方がよいじゃろう。いや、この世界だけではない。各世界の魔力量、重力、空気の質感、漂う細菌、他にも様々有るじゃろうが、大事なのはそれらをいかに早く克服できるかじゃ」
「確かにーー、この世界に来てから妙に体が重く感じた」
「だが逆にいえばただそれだけの話よ。それよりも大切なことがある。ーーこの世界に生きるすべての者が持つもの、あるいはこれから芽吹き、開花させるやもしれぬ可能性ーー、そう、素質じゃ。」
おぉ・・・。何だかようやく転生ものみたいな話になってきたじゃないか。ちょっとかっこいいな。どっかのピンク頭とは大違いだ。オレも転生してみたいなぁ。痛いのも苦しいのもごめんだが。
「カザミよー。早くこの根っこを解くのじゃぁ」