第十八話
「はーい、皆様今日もお疲れ様でした。それでは今日のところはここで終了です。寄り道せずに気をつけて帰るように!」
今日の補習が終わった。途中から外から断末魔みたいなのが聞こえてきていたが、オレは補習の身の分際なので、とりあえずはずっと課題に集中していた。
「やっと終わったね」
「いやー、もうクタクタだわ」
「どうせ帰ったらシ◯るんだろ?」
章三氏が皮肉を帯びた笑みを浮かべて図星をついてくる。
「・・・へ、聞くなよ。悪趣味だぜ」
ナルシスト気味に言いながらオレはせっせと荷物をまとめて席を立ち上がる。
「・・・今日はやっぱり、ーー巨乳だな!」
と、宙の一点を見つめながら言い残してオレは教室の扉へと向かう。章三氏はマイペースで帰りの支度をしながらオレの言った一言に対して「ミートゥー」と微かに囁いた。教室のドアに到達したと同時に章三氏の微弱で、しかし、確かな反応をオレは背中越しに感じ取った。オレは一瞬立ち止まった後「ふん」と鼻を鳴らして微笑みながら扉を開けて一歩また一歩と足を前へと歩ませる。
「・・・・・・」
廊下を歩いてる最中にふと窓の外を見上げる。現在はまだ昼なのだが、既に今晩のおかずが決まったと思うとムラムラする気持ちが込み上がってきた。そんな今のオレに二つの迷いができた。一つ目が家に着いたら速攻でぶちかますか、もしくは夜のお楽しみに取っておくか。
「どっちが・・・一体どっちが正解なんだ・・・」
二つ目。おかずは巨乳で決まったが、巨乳のジャンルの動画にするか、もしくは今日出会ったオッパイたちを想像しながらぶちかますかーー。オレはため息を吐いて、黄昏ながら窓の縁に肘を付いて外を見上げる。
「う、眩しいぜ」
太陽の光を受けて反射的に目を覆う。どこまでも続くあの青い空、そして、オレを照らす太陽。なんて罪深いシチュエーションなんだ。
「わかるぜ、お前の気持ち」
「・・・・・・」
不意にオレの肩に手を乗せて話しかけてくる男がいた。オレはゆっくりと男の方を向く。立っていたのはーー、西岡だった。西岡もオレと同じ気持ちだったのだろうか。この青い空を見上げ、降り注ぐ日差しに目元を手で覆っている。西岡の目はどこか悲しそうで、しかし、希望に満ち溢れたような強いナニかを感じた。
「お前も・・・、なのか?」
オレは思わず聞き返していた。すると西岡は「ふっ」と皮肉を帯びた笑みを浮かべてオレの問いに対する答えを語る。
「・・・俺はさ、思うんだ。人はなぜ迷うのか、なぜ答えを求めるのか。・・・て、悪いないきなりこんなクセぇ話をして」
「・・・オレは、村田。村田士郎だ」
オレは西岡の詫びには応えず、自分の名前を名乗っていた。
「ーー俺は西岡、西岡海斗だ。士郎、オレの話を聞いてくれるか?」
「別に聞きはしないさ」
オレがそう言うと西岡はしょんぼりとした表情になる。
「まあでも、今ここでお前が独り言を呟こうがなんだろうがオレは別に止めはしないさ」
オレの励ましを受けて西岡の顔に希望が灯る。
「ありがとう士郎、つまらない話だが最後まで聞いてくれ」
「まかせろ」
「・・・さっきも言ったが人は迷う生き物だ。そして答えを求める。俺もお前も現在迷っている。そして答えに辿り着こうと抗っている。・・・さっきの補習の最中に俺なりにずっと考えていたんだ。けど、もうあれこれ考えるのはやめたよ。答えを知っているのは数分後もしくは数時間後の自分だけだ」
「そうだったのかーー」
そうだ、考えていたって仕方がない。
「ありがとう西岡! おかげで決心がついたよ! オレはーー、今日出会ったオッパイたちを使わせていただく! 数分後も! 数時間後も!」
「よっしゃ! じゃあ俺もそうするよ!」
西岡とオレは強く手を握り合うと、そこへ第三者が加入してくる。
「僕もそうするよ」
「!? ・・・杉野宮ーー」
こうしてオレ達三人に謎の絆が生まれたのである。なんか、なんか・・・オレーー、ちゃんと男子高校生してるじゃないか! 補習になったり、転生者に絡まれたり、これからの生活は一体どうなっていくんだろうと思っていたけど、杞憂だったようだ。
「気持ち悪」
ほんの一言囁きながらオレたちの後ろを吉田が横切って行った。
***
学校の正門前でオレと西岡と章三氏は「また明日な!」と一時の別れの挨拶を交わす。吉田もいたが、オレたち男子の間には入らず淡々と一人帰路を歩んでいる。そんな吉田の後ろ姿を西岡は「ちょ、待てよ」と言って追いかけて行く。オレと章三氏は途中まで同じ道を歩いた後にーー。
「じゃあ、僕はこっちだから」
「おう。・・・まぁ、気を付けてな。変な奴と出会っても無視してまっすぐ帰るんだぞ」
「はは、士郎は僕の親かよ」
オレは数秒の間、章三氏の一人歩いて行く後ろ姿を見守る。
「さ、帰ってシコーーんぐ!?」
帰路を行こうと振り返った瞬間、オレは何者かの手によって口を塞がれ、瞬く間に手と足をロープか何かで縛られる。
「んぐぐー!?」
「小僧、命が惜しくば静かにすることだ」
オレは涙目になりながら目だけを真横に向け、その者の姿をチラリと見やり、確認する。その姿はまるで魔法使いだった。一式セットと思われるとんがり帽子とローブ、そして、ヨボヨボになっている肌。
「クックック、なーに心配は要らないさ。ワシの素質を高めるための贄となってもらうだけだ」
素質? なんだそれーー。
「ーー・・・ぅ」
「クックック、やっぱりこの世界の人間はどいつもこいつもか弱いのぅ」
この世界ーー? そうか、こいつもてんせいーー・・・。
「・・・・・・」
次の瞬間、オレの意識は暗闇へと落ちていくーー。