第二話
オレの名前は村田士郎。
夏休み一日目‥‥‥だというのにオレはいつも通りの時間に起き、着替えや歯磨きを済ませ、朝食を取っている。
そして数分後。
「ごちそうさま」
朝食を終えて食器を台所のシンクに置きに行ったあと、すぐさまリビングのソファにボフっと飛び込み顔面をソファに密着させたまま。
「ふぁー! ファウイー!」(あー! だるいー!)
手足をジタバタさせソファをボフっボフっと叩きつける。
数秒後落ち着きを取り戻し、ソファにひじを付きこめかみ部分を支えて横になる。
そのまま目の前の机に置いてあるリモコンをピっと鳴らしテレビをつける。
「はい! いっちにーさーんしー皆んなーで、たーーいそうー!」
と、テレビの中の住人が相変わらず不特定多数に体操を促している。保育園の頃から朝テレビをつけたときは大体この番組で、テレビの住人のセリフが手にとるように分か。
「みーんなーでたーのしーなっつやっすみー♪」
(ピっ)
今回は少しセリフが違って少々イラッとしたオレは素早く手に取ったリモコンのボタンを押す。夏休み中はこの時間帯はいつもなら寝ているのでセリフの変化に気づくことがーー。
「夏休みのご予定は?」
「はい! テレビで言うのは少し恥ずかしいのですけど、彼女と一緒に海に行」
(ピっ)ガン!
別の番組でインタビューが行われていただけなのだが、そこはかとなくイラッとしたオレはテレビを消してリモコンを少し叩きつけるように机に置く。
イライラを治めるためにカルシウムを摂取しようとオレはソファから立ち上がり、牛乳を求め冷蔵庫へ向かう途中で。
ゴっ。
「ーー!?」
右足の小指をテーブルの足にぶつけ生々しい音を一瞬リビングに響き渡らせる。
三、四回ぶつけた小指を抱えて飛び跳ねた後、イライラが倍に膨れあがり冷蔵庫をガランっと勢いよく開け、牛乳の入ったパックを鷲掴んで縁を開けゴキュゴキュゴキュゴキュと一気飲みを発動させる。
「ぷはー!」
と、豪快なアクションでイライラも少しはマシになり、腕で口元をゴシゴシと拭きながらリビングの壁にかかってある時計を確認すると、もう家を出る時間間近になっていた。
テキパキと登校の準備を済ませ、靴を履き玄関のドアを開けようーーとするのを一瞬拒絶する。
「はぁ‥‥‥行くしかないよな」
重りがくっついたような手を無理やり動かしドアをゆっくり開け、ゆっくりと歩き出す。
オレの住んでいる所は大阪府と京都府との境目にある<長尾>という特になんの変哲もない町だ。
その町に設立されている≪妄想ヶ丘≫高等学校にオレは今年の春に入学を果たしている。
毎朝あんな満員電車の中にこの身を突っ込むのは絶対にごめんだったので、入試の前は割と必死に勉強にあけくれた。
その甲斐あってかこの近場の高校に合格したときは神様はいるんだと歓喜に溢れた。
そう、その時は。
「おはようございます! 皆さん!」
そして現在、オレは今ーー
「今日から皆さんの補習担当になった<佐倉葉子>と申します。よろしくお願い申し上げますで〜す☆」
夏休みの初日らしからぬ事態にこの身を投じることになってしまっていた。
「皆さん楽しい楽しい夏休みの始まりの日にお集まりいただいてご苦労様です」
全くだ! 苦労もクソもあったもんじゃない!
「やっぱ学生の領分は勉強ですよね〜」
断言しよう。絶対に違う!
「早速ですが皆さんには今からなぜ補習を受けることになったのか、反省文400文字を5枚と、こちらの問題用紙を行っていただきます。あ、反省文をまずは終わらしてくださいね。終わったらこちらの問題用紙をやってください」
少しロリ顔をしている先生が溢れんばかりの胸をボインボインと揺らめかせながらすごく鬼畜なことを言っているように聞こえるのはオレの気のせいだろうか?
ーーありがとうございます。
「せんせー、補習が終わったらおっぱい見してくださーい♡」
少し離れた席に座る男子生徒一人が、補習を受けにきて良かった理由が一つできたオレを含む男子生徒達全員を代表して教壇の上に立つおっぱーーじゃなくて、教員に向けてど直球すぎるセクハラ発言を投げかける。
「お、おっぱ!? ちょ、い、いきなり、え、えっちなこと言うのは、や、やめて下さい!」
唐突なセクハラに顔を真っ赤にする先生。
(おっと、このテンパリようは如何に?)
と男子生徒たちが思考をシンクロさせる。
「おっぱい見せてくれたら補習頑張れそうな気がするんです! ヨーコ先生! 俺たちにー! A 青春を!」
「ちょ、本当に、や、やめてってばー」
一人のど変態男子生徒の言葉攻めにさっきまでの意気揚々とした威勢とは裏腹に今度はひ弱な所も見せてくれるおっぱーーっじゃなくて、ヨーコ先生。
受け身のヨーコ先生、本当に、本当に、ありがとうございます。男子生徒達が心の中の声を揃えて唱えるのだった。
すると。
ガタン!
という音が室内に響いた。
「ちょっと、先生が困ってるじゃないの!」
同じく補習の一人の女子生徒が席を立ち上がり。
「先生、大丈夫ですか? ≪西岡海斗≫! 補習の分際で生意気なことしてんじゃないわよ!」
変態男子を制止に入る。
どうやら変態男子の名前は<西岡海斗>というらしい。
「補習はお前も同じだろう。≪吉田光≫」
「うっさいわね! あんたのさっきの変態っぷりを校内に広めるわよ!」
「そんな無駄なことはやめておけ、皆もうすでに知っている。
この前も階段を上がっていく女子生徒のスカートの中を眺めていたら、いきなり振り向かれて『きも』だけ言われて立ち去られたことだってある」
「なにそれ、キモすぎでしょ」
二人が言い合っていると。
「はいストップストーっプ。二人ともケンカはやめて着席してくださーい」
普段の落ち着きをとり戻したヨーコ先生が二人の言い合いの制止をした。
「とにかく、反省文が終わったらこちらの段ボールの中のプリントをやっていってください。こちらも終わればまだまだ用意してあるので職員室まで取りに来てくださいね」
続けて。
「夕方ぐらいにまた戻ってきますので、それまで頑張って下さいねー。あ、お昼は勝手に食べてもらって大丈夫ですので。えっちなことばかり考えずに補習に励みましょう。それでは諸君! 奮闘するがよい!」
と言い残し、ヨーコ先生が教室からスタスタスタスタと去っていく。教壇の上にはプリントがぎっしりと詰まっているであろう段ボールが取り残されていた。