第十七話
葉子先生がこの教室から離れ数十分が経つ。最初の十数分は西岡と吉田がいつものように嵐を巻き起こしていたが、いつのまにか教室は静まり返っておりペンの音だけが教室を賑わせている。しかし、次の瞬間ーー。
ガラン!
教室の引き戸が勢いよく開かれる。
スタスタスタスタ。バン!
一人の少女が雷鳴の如く現れるや否や、教壇に立つとほぼ同時に、オレたちに注目をさせようとしたのか教壇を両手で力強く叩きつける。その少女は長い黒髪を二つに束ねており、カッターシャツがはちきれんばかりのオッパイを携えている。・・・今日はオッパイの日!
「注目ー!」
あ、やっぱり注目だった。
「私はこの学校の生徒会長≪垢爆恵≫。あなたたち補習の民たちがしっかりと課題に取り組んでいるか監視をしに来ました」
突然の予期せぬ来訪者に教室がざわつく。あるものは「ちょ、オッパイデカくね?」と興奮を隠せずにおり、またあるものは「マジこの学校優秀じゃね、巨乳しかいねーじゃん」と感心をあらわにし、またあるものは「もう全部がオッパイに見えてきた」と病を患い、またあるものはーー。
「恵ちゃん、オッパイ揉まーー」
「ぜっっったい言うと思ったー!」
ボゴっ。
西岡は生徒会長に言葉を言い終える前に左頬に吉田の正拳突きを喰らう。
「ぐふぉ!」
衝撃的な現場を目撃した会長が目つきを変えてもう一度机を『バン!」と叩く。
「ちょっとそこのあなた! 今のは生徒会長として見過ごせません! 今すぐその男子生徒に謝りなさい!」
「な、なによ。当然の制裁じゃない」
「人を殴るのはいけないことです。ほら、殴った男子生徒を見てください。泣いていますよ」
西岡が鼻をグスグス鳴らしながら机に突っ伏している。それを見た吉田は少し困惑したような表情を浮かべる。
「わ、わかったわよ、謝ればいいんでしょ。に、西岡、ごめんね、ちょっとやりすぎたかも」
吉田はそう言うものの、西岡はずっと反応せず机に突っ伏している。
「ちょ、西岡。本当に大丈夫? ごめんね、保健室連れて行こうか?」
西岡の肩を撫でながら吉田がそう言うとーー。
「ぎゃっはー! オッパーイ!」
「ひや!」
急に西岡が飛び上がり、辺りを仰天とさせる。
「はっはっはっは。なーにマジになってんだよ吉田」
「に、西岡・・・、本当に大丈夫? 無理しないでね」
「んだよ急に。いつもボコられてんだ、この程度今更だわ。会長ちゃーん俺なら全然大丈夫ですよ。この程度いつものノリなんで」
西岡はそう言うが、吉田はまだ不安気な表情を浮かべている。
「そうは行きません。生徒会長として、皆様には善悪をしっかりと理解してもらわねばなりません」
「もうー、会長は真面目ちゃんだなぁ」
会長と西岡のやり取りに吉田は俯いてすこし引き攣ったような表情になる。なんだか、急にシリアスな雰囲気になってきたな・・・、オレがそんなことを思っていると隣の章三氏が小声で呟いてくる。
「おいおい、こんな雰囲気なのにオッパイばっか見てんじゃねーよ」
「見てねーわ! いや、見てるけどオッパイばっかりではない! しっかりと腰のライン、そして太もももしっかり拝見している!」
「ぐふ、お前マジでただの変態じゃん」
こんな雰囲気なのに何の話をしているんだ。
「ちょっとそこ! しゃべってないで課題に集中!」
会長がこちらを指差して言う。
「あ、は、はい!」
それ見ろ。怒られたじゃねーか。
「会長ちゃん、本当に大丈夫だってぇ。吉田とは幼い頃からずっと一緒にいるが、まあまあ良いやつだよ。な! 吉田!」
西岡は吉田の頭をポンポンと撫でて元気付けようとする。それを見た会長がーー。
「あなた! 頭ポンポンは風紀の乱れですよ!」
「えー! 会長ちゃんそれは言い過ぎでしょ。ほら、吉田も元気になってきてるって。な、吉田!」
西岡の問いに吉田の頬は少し赤みを帯びる。そして、吉田は答える。
「え、あ、そう・・・かな・・・」
「はっはっはっは。しょぼくれすぎだろ、まぁお前貧乳だしな。巨乳には勝てねーか」
「ぶっんっなっぐっる」
「ああ! ちょっ、待って本当にすいません。許しーーぎゃ!」
西岡の励まし? で元気を取り戻した吉田が会長を顧みず一発西岡にお見舞いする。まぁ元気になったのならめでたしめでたし? 会長も「も、もう知らないです」と言い、特に責めることも無かった。
「!? ・・・・・・魔あああ力を感じるぅぅぅぅ!」
へ? なんですかいきなり。会長がいきなり叫び始め、クラスの生徒たちが一瞬だけ背筋をビクッと震わせる。すると窓の外から微かに何かが聞こえる。オレの席は教壇から見て一番後ろの角の窓側の席でクラスが見渡せるのだが誰も外から聞こえる何かに気づいている様子はない。
「会長いきなりどうしたの?」
西岡が問うとーー。
「魔力を感じるわ」
「・・・はい?」
西岡は会長の訳のわからない言葉に顔を傾ける。
ガラン。
またしても教室の扉が開き女子生徒がツカツカと会長の方へ歩み寄る。黒の短髪おかっぱ頭、それなりの膨らみがある胸を持つ女子生徒がこちら側に一礼する。もしかして魔力を感じるというのはこの少女のことか? いや、それだけじゃない。魔力を感じると言う会長。この二人はもしかして!?
「皆さま、大変お騒がせしました。さ、会長、例のアレの開発を続行しますよ」
「ちょ、待って! 何かただならぬ魔力を感じるのよぉぉおお」
「うるさいですよ、皆さますいません。これは会長の口癖なのです。気にしないで下さい。」
だだをこねる子供のような会長が綱引きのように教室のドアへと引っ張られていく。
「皆さま待っていてちょうだい! もうすぐ私が別世界への扉を開いて見せるわ!」
ガラン、バタン。
そして、会長とおかっぱ頭の生徒は教室から姿を消していった。教室が一体なんだったんだ? とざわつきだす。
「ーー・・・ぁぁ」
窓の外から聞こえていた何かが鮮明になってくる。オレは会長ともう一人の女子生徒のことを考えることを一旦保留にして外を眺める。
「ーーぁぁぁぎゃああああああ!」
なーにやってんだあいつはー! 校舎の外を眺めているとミホが昨日のオーガにまたしても追いかけられていた。教室の生徒たちは先程の会長のことや、吉田に「大丈夫?」などと話しかけてざわついており、外の様子に気づいていない。
「ヘルプ! ヘルプミー!」
オレに気付いたミホが両手を天に掲げて飛び跳ねながら大声で叫んでいるが、無論、無視する。しかし、オレはせめてもの情けをミホにかける。
「(こ・げ・ぱ・ん)」
声には出さず、口の形でオレの意図をミホに説明する。するとミホは「それな!」と言わんがばかりに拳銃の形にした両手をオレの方にビシッと向けて、ウインクをしてくる。
「・・・・・・」
とりあえずやるべきことをやったオレは再び課題に集中する。