第十四話
「ぎゃああああ!」
またしてもこの夕焼けの世界に悲鳴が轟いている。今度の悲鳴は所々に「ゴホ、ゴホ」や「カハ! ゔぅー」という雑音を挟んでいる。
「ふん、油断したな。この私がお前なんかを恐れるはずがなかろう」
予想外なことに白い人間はカザミに胴絞にされて、もがき苦しんでいる。先程の戦闘で白い人間に圧倒されたカザミだったが、勇者を生業としていたカザミも中々の実力を誇っている。一方魔王の状態はというとーー。
「すぴー。すぴー。」
先程は無限の暗闇の中にいたであろうが、今は絶賛夢の中を冒険中の様子に見える。
「ちょ、あの、もういいでしょ。離しておくれよーう」
「だめだ。離して欲しいのなら自力で脱出することだな」
カザミは更に力を込めていくと、白い人間は一層苦しみだし足をジタバタと動かして休むことなく床を蹴っていく。
「あ・・・あ・・・もう、だめ・・・」
白い人間の動きが急激に落ち着いていき、その様子を見て絞めどきと捉えたカザミが「ふん!」と、ほんの一瞬あらん限りの力を込める。すると白い人間は「あぁ!」と、か細いノイズを放って静まり返る。
「ふぅ、たわい無かったな」
戦いは終わったーー、そう思ったのも束の間、いつの間にか獲物を挟んでいる感覚がなくなり、空気の通り道と化していた。
「こっちだよ」
白い人間は寝転がっているカザミの頭のすぐ後ろに立ち、カザミの顔を見下ろしている。カザミは何も言わずアクロバティックに足を旋回させて反撃に出るが、いとも容易く避けられる。続けて、回転させている足をそのまま床に収束させ、ピタっと低い姿勢に落ち付かせる。
「こんのぅ・・・、私の絞技を回避するとはな。・・・・・・問わせてもらう。お前は何者だ? 私達への接触の目的はーー?」
そろそろカザミの顔に焦りの色が浮かび上がってくる。絞技を回避されたから・・・、それだけじゃない。先程から感じていたことだが、あの存在の放っている圧が今まで感じたことのないほどに重すぎる。
「そりゃあ、もちろんーー」
白い人間はどこか神妙な声色になり、自分という存在を一言で言い放つ。
「僕はナレーターだからね」
「は、・・・ナレーター? ・・・実況とかの?」
予想外のセリフに唖然としているカザミ。カザミが知り得る≪ナレーター≫というものを目の前の存在に聞いてみるとーー、どうやら的を射ていたようだ。ナレーターは体を一瞬強張らせ、分かってくれていて嬉しかったのか両手で拳銃の形を作り出しカザミに向ける。
「ほぁ!? そうそう、それだよ! ざっつらぁい!」
「いや、一体どういうことだ!」
カザミの目の前の存在は≪ナレーター≫だと言った。だがしかし、それだけでは説明はあまりにも不十分過ぎる。この世界はあの世なのか、ナレーターというのは何者なのか、自分達の魂の行き先はーー? それらの答えをナレーターは知っていると、数回のやり取りの中でなんとなくカザミは予感していた。
「ナレーターはナレーターだよ。僕は様々な世界を行き来できるんだ。だから世界を見て回って面白そうなことが起こってれば見物して実況をしているわけだね」
「な・・・世界を行き来できるだと!? つまりお前は全てを超越した神だとでもいうのか?」
ナレーターの衝撃すぎる回答にカザミは動揺を加速させ、捲し立てる。すると、ナレーターは首を傾げて数秒の間思考させた後に。
「うーん、神なのかなぁ。・・・いやぁ、神というか神の代理みたいな感じかな。人間や亜人ーー、あ、亜人っていうのは妖精族だったり小人族みたいな種族の人たちのことね! とにかく、ここへ送られてきた者たちを前世とは違う世界へ送るという役目を与えられてるんだよ」
ナレーターはカザミの質問に対してプラスαを付け足す。
「違う世界ーー、・・・まさか!?」
ナレーターの明かされた目的、そして、今の自分たちの状況を照らし合わせるカザミ。
「ざっつらぁい!」
カザミが一つの答えに辿り着いた様子を見てとったナレーターは上空にビシッと両手をVの字に掲げる。するとカザミの背後から声がする。
「なるほどのぅ」
ナレーターとカザミのやり取りに第三者が割り込む。
「おやおや、お目覚めかい」
ナレーターは少し目線を落として、床に右腕の肘を付いて頭を支えている幼女に言葉を添える。
「寝過ぎだ、このへっぽこ魔王が!」
カザミは目覚めた魔王に開口一番で罵声を叩きつける。すると魔王は何かが気に入らなかったような様子で右目を二、三回ほどピクピクさせる。
「『拳をあいつに喰らわせる!』とかなんとか言ってたくせに、我輩より最初にボコられてたのはどこのどいつじゃったかのー?」
「ぐぅあああああ! うっるせぇぇぇぇええええ!」
この世界に何度目かの叫び声が迸る。
「お前なんてびびりまくって全力で逃げていただろ、このへっぽこ魔王が!」
「ふん、確かに一発KOされたやつと比べるとへっぽこかもしれぬな」
カザミと魔王の言い合いが再び始まる。その言い合いを横で眺めている方が約一名。
「・・・・・・」
いきなり置いてけぼりにされたナレーターは目の前で行われている罵り合いをぼーっと眺めていた。
ーーそして数分後。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ひぃ・・・ひぃ・・・」
息切れを起こした魔王とカザミ。
「・・・あの、もういいかな?」
自分の存在を忘れ去られているナレーター。カザミと魔王にとって結構大事なことを行おうとしていたけど、二人がガチで言い合っているので割り込むタイミングが掴めず、ずっと三角座りをして見物していた。
「そろそろあなた達を転生させたいんですが・・・」
ナレーターが半ば独り言のように言う。
「はぁ・・・はぁ・・・、そういえばそういう流れだったな。そんな事が本当に可能なのか?」
カザミの疑問を聞いたナレーターは答える。
「ふふ。僕を誰だと思ってるの? ナレーターだよ」
続けて。
「その前に一つ聞いておきたいことがあるんだ。異世界へと転生するなら今の姿、年齢、記憶や知識を引き継いでいけるけど・・・、元いた世界で赤子から人生をやり直させることも可能だよ。どっちにする?」
カザミと魔王はナレーターから二つの選択肢を与えられる。すると、魔王はまるで馬鹿馬鹿しいと言わんがばかりの笑みを浮かべてーー。
「今の世界には飽き飽きしていたところじゃ。・・・我輩をもっと楽しませよ!」
魔王の答えにナレーターは「だよねー」とだけ答える。そして、カザミの答えはーー。
「クズばっかりに囲まれての人生はもう懲り懲りだ」
どうやらカザミと魔王の答えは同じのようだ。二人の答えを聞いたナレーターは左手を前方に掲げて「むん!」と気張るとカザミと魔王を囲む魔法陣が床に出現する。魔王は「着いたら起こして」とだけ言い残し再び眠りに入る。カザミは次なる戦いの準備運動なのか、寝ている魔王に向かってシャドーボクシングをしている。
「ちなみに転生先の言語や文化はある程度は自動的にインプットされるようになってるから、そこは安心していいよ。・・・んー、なんかかっこいいこと言いたいなぁ。・・・よし、決めた。ーー君たちの身にはこれから空想としか思えないような出来事が降りかかるだろう!」
ナレーターの説明が入ると、魔法陣の光が一際強く輝きだし、魔法陣の輪郭から天を穿つ柱が伸びる。
「ここから・・・ここから私の新たなる戦いが、いや、無双が始まる!」
一人でぽつりと呟くカザミ。それが聞こえていたのか、まだ説明の途中だったのかナレーターが意味深なことを言い放つ。
「そうだ・・・、大事な事をもう一つ。前世でどれだけ巨大で強靭な鱗を持つ竜を斬ったことがあろうとも、まるで神の怒りが落ちたような魔法が使えようとも、そんなことは来世では関係ない。大事なのはーー、素質だ!」
ナレーターの言葉にカザミは小首を傾げるのみだった。
しかし、次の瞬間カザミには別の何かが見えたような気がするのだった。
カザミに巨大な渦が迫り来る。その渦の中で見えたものーー。
光と闇が衝突しているかのような光景ーー。
和風の着物を着ている少女と少年。そして、少年が少女の名前? を呼んでいるーー、『おーい! ーー・・・』。
そして、次の光景にカザミに戦慄が走る。
『君たちはどれだけ磨き切ることができるだろうかーー』
ナレーターが言ったように見えたが、違う。落ちかけていた太陽が全体が見えるまで登っており、その太陽の輪郭の輪っかを背中辺りに広げまとっているそいつは影だけしか見えず、ナレーターの体を乗っ取ったような感じがする。
そして、カザミと魔王は光に包まれ、天へと一直線に伸びていくーー。
「・・・大丈夫だよ。・・・きっと、きっと、幾万もの転生者達の<転生の素質>が一つになって、君の思い描いた世界を必ず見せてくれるはずだよ。ーーきっと」
ナレーターには影に体を乗っとられたような感覚はなく、ただ上空へ伸びる光の柱を見つめ、少女の様な優しい声色でポツリと呟いたーー。