第十三話
「「ぎゃあああああー!」」
魔王とカザミがこの世界に来て言い合いをしている内に数十分が経ち、そして現在ーー。
「「無理無理無理無理いいいいい! 怖いいいいい!」」
追いかけっこが開催されていた。
離れた場所に突っ立っていたままの白い何者かが突如として動き出し、魔王とカザミの方目掛けて全力疾走してきたのだ。
魔王とカザミは両手を掲げ、万歳をしながら全力で駆ける。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。おい魔王、実はあいつはお前の城のモンスターだったりはしないのか? だとしたらそろそろ変な冗談はやめろ」
「ぶはぁ・・・ぶはぁ・・・。何を言う。我輩もそう思い、思い出していたのじゃが、やはりあんなやつは知らん」
カザミが僅かに灯していた希望は砕かれる。そして、もう一つ疑問に思っていたことを口にする。
「だとしたらあいつは本当に一体なんなんだ!? 急に動いたと思えばいきなり追いかけてくるし、謎にめちゃくちゃ綺麗なフォームだし」
「むむぅ、・・・あーもう! わからん!」
「そうか、ならば下がってろ。私の拳をあいつに喰らわせる!」
カザミは一度制止して、左の手のひらを前へ突き出し、右拳を少し引いて中断に構える。
どすどすどすどす!
白い人間は胸に響くような音を轟かせながら凄まじい勢いで迫ってきている。顔は真っ白で目や口などは無いが、何か、凄まじい形相をしているようにカザミは感じていた。
どすどすどすどす!
そしてついに、眼前へと迫った白い人間に対してカザミが奥義を放つ。しかしカザミはそんなことをしても無意味だということをまだ知らない。
「必殺! ・・・ーーえーと、えーと、えー。・・・この拳を受けたものは轟音を放って砕け散るだろう! そういうパーンチ!」
白い人間の勢いを利用して顔面にパンチを食らわせれば一発KO間違いなし! そう確信したカザミは左足に全重心を持っていき、上半身をほんの少し左に捻り「はあああ!」と声をあげ右拳を放つ。拳が白い人間の顔面へと吸い寄せられていく。貰ったーー、そう思ったのも束の間。
シュバ!
カザミの拳は虚空へ置き去りにされていた。
「な!? 消えたーー?」
轟音など一欠片も放たなかった自分の右拳を目を見開いて見つめる。次の瞬間カザミは脳内を雷鳴に貫かれたような感覚に陥る。「は!」と、ふと上を見上げると白鳥のように上空を舞っているそれはいたーー。
「う!」
夕陽の光を吸い込み反射を起こすその白が絶妙に眩しい。カザミは思わず左手で目を覆う。
有無を言わさず白い人間はカザミの背後に回転しながら着地すると。
トン!
手刀でカザミの首を軽く叩く。この世界では魂だけとはいえ、触れることはできる。しかし、どれだけ殴られても痛みはないし、傷もつかない。ナイフで切られようと血がでることもないし、切られた部位はフワッと雲のようなものが舞い、磁石のように吸い寄せられ一瞬の間に収束し、何事もなかったかのように治る。
ちなみに、寝ることも可能だ。どんな世界でも目をつぶっていればいつのまにか寝てしまっているものだ。勿論すでに死んでいるため死ぬことはない。死ねばあとはもう、あの世に行くのみ。普通は。
「ぐぁ・・・」
手刀を喰らった部分から電撃が全身に駆け巡ったような感覚が走り、カザミは意識を遠のかせていく。遠のいていく意識の中で(魔王・・・むちゃくちゃ全力で逃げてるやん)と心の中で関西弁を呟きながら、完全に目の前が暗闇に包まれ、バタっと倒れる。
一人目を確保した白い人間はいつのまにか向こう側まで全力ダッシュで逃げている魔王の方に意識を向け、クラウチングスタートの構えを取る。
「ひ、ひ、く、来るなあああああ!」
勿論、標的の言うことなど聞く訳もなく白い人間は床を大いに蹴り飛ばし跳ねる。
どすどすどすどす!
容赦なく距離を詰めてくる白い人間。魔王はここで無謀で、無駄なことだと分かっていながらも反射的にとある行動をしてしまう。
「ぐ・・・む、むむぅ!」
魔法を発動させようと胸辺りの位置で両手で輪っかを作り、輪っかの中心に魔力を集中させようとするがやはり、なにも起こらないし、でてこない。これは立証済みだった。
魔王はこの世界で目覚め、隣で寝ているカザミを発見するや否や片時も挟まずに魔法でカザミを消し飛ばそうとしたが出来なかった。魔法が発動しなかったのだ。確かにそんな感覚はあった。この世界では魔力を一切感じなかったのだーー・・・いや、そればかりか死んでいるから当然とはいえ、この世界に来てどれだけの時間が経過したのかはわからないが感覚的に言えば数十分前ーー、その時には存在した自分の中にある生きようと一分一秒休むことなく燃え続ける鼓動も感じなかった。果たしてそんなところに魔力が存在するだろうかーー。
それならばと殴ったり蹴ったりするが、まるで雲を相手にしているような感覚だった。カザミはいびきをかいて気持ちよさそうに寝るばかりだった。
ドギュン!
魔王から十数メートルほど離れたところで白い人間はなんの前動作も無しに、疾走の勢いの中で床を蹴っ飛ばし、ジェット機のような音をたてて魔王の方へと駆ける。
「ーー!」
その瞬間、魔王の内にある今までの経験、記憶や知識など、全てが四方へと消え去っていくような、頭の中が真っ白になっていくような感覚に苛まれていった。白い人間が自分に到達するまでに秒もかからないだろう。しかし、この一瞬という時間がほんの少し長いように感じた。その時間の中で魔王は消え去っていったはずの一つを、紛いもない事実を、称号を、掬い上げるーー。
「(我輩はーー)、《魔王》だ!」
白い人間の手が魔王の顔を鷲塚もうとする寸前、間一髪のところで魔王はワンステップ踏んで体を左に流して白い人間を躱す。
しかし、躱された白い人間はそのまま一直線へと突き進むことはなくーー。
「ぎゃひ!」
ぎゅるん! というか細い音を響かせながら白い人間は足を横に半回転させて、そのままの勢いに軽く自身の力を上乗せさせて魔王の左のこめかみの部分に白い人間の左足の踵を巻き込んでいく。
「はにゃにゃー・・・」
雷鳴の如きショックを受けた魔王は目を渦巻かせて数秒の間千鳥足のような足取りになりそのままドテっという音を立てて気絶する。それとほぼ同時に白い人間は慣性の法則に従い、魔王から十数メートル離れたところで着地する。
「・・・・・・」
白い人間は無言でしばらくの間仕留めた二人を見つめる。カザミは仰向けになり白目をむいて赤い空を見上げている。魔王はうつ伏せになり沈黙状態だ。
ニヤ。
そんな二人を見て白い人間は不敵な笑みをこぼす。
※※※
「は!?」
カザミは覚醒する。ふと自分の状態をみると何かにもたれかかっているようだった。後ろを確認すると魔王がいた。カザミと魔王はお互いの背中を背もたれの代わりにして眠っていた。ーーもっとも、魔王は鎧を装備しているカザミの体重に押し潰され斜め十五度の状態で未だに目を覚まさずにいるが。
「ーー・・・! そうだ、あいつは!?」
寝ぼけていたためか、虚だった記憶が瞬きする間も無く確かな形を取り戻す。しかし、辺りを見回してもあの存在はどこにもない。まさに『シーン』と静まり返っているという表現をするほかこの上ない。先程の出来事は夢? もしくは幻? 記憶の一番最新の部分が、疑念という弊害により密かに崩れ始める。だが次の瞬間、最新の記憶だけじゃ飽き足らず全ての記憶が吹き飛ぶような出来事が起こる。
「ばあ!」
いきなりカザミの目の前の景色のほとんどが白色に支配される。
「・・・」
カザミはしばらくの間、その圧倒的白人間を見つめ、そして、圧倒的白人間もまた、カザミのことを見つめ返している。
ボゴォ!
・・・・・・どうやら全ての記憶が吹き飛ぶだろうと思っていたのはナレーターだけだったようだ。カザミは目の前の楕円形に、普通に考えて顔、顔であるならば左頬であるだろう、そこにパンチをお見舞いする。それはそれは、一直線に突き進む、まさに『新幹線』のようなパンチをーー。
「ごほぉ!」
先程までの強さは何だったのか。ドッキリが必ず成功すると確信があると思っていたのかーー、・・・残念ながら失敗のファンファーレがこの謎めいた世界に響くのであったーー。