90 16歳のハーラルト 3
翌日、ハーラルトが改めて私の部屋を訪れてくれた。
その際、クリスタも一緒だったため、2人が幼かった10年前を思い出して懐かしさに襲われる。
「2人で来てくれるなんて、まるで10年前に戻ったようね。今日はバドもいるのよ」
そう言いながらリス姿になったバドを示すと、2人は嬉しそうに頬を緩めた。
「わあ、久しぶりにリス姿のバド様を見たわ! 聖獣様の姿の時は神々しいけれど、リス姿も可愛らしくてとっても素敵ね」
「バド様、お久しぶりです。ハーラルトだよ」
そう言いながら、2人でわしわしとバドを撫で回す。
バドはまんざらでもなさそうな顔で、2人の好きにさせていた。
それから、ぴょいと私の肩に乗ってくると、ぴょこぴょこと尻尾を動かす。
かつてよく見ていたバドの仕草を目にした2人は、楽しそうな歓声を上げた後、テーブルに備えてある椅子に座った。
すかさずミレナがお茶を淹れてくれる。
「ハーラルト1人の訪問だと思っていたから、2人で来てくれてとっても嬉しいわ」
元々の予定では、ハーラルトの訪問だけを告げられていたのだ。
そのため、笑顔でそう言うと、ハーラルトは不満げに頬を膨らませた。
「僕は1人でお義姉様を訪ねようと思っていたんだけど、我が家の心が狭い暴君から、僕1人でのお義姉様への接近を禁止されたんだよ」
「えっ?」
我が家の暴君とはフェリクス様のことだろうか。
発言した内容の厳しさとは裏腹に、ハーラルトは楽しそうな表情を浮かべているから、冗談だろうけれど。
そんなハーラルトに対して、クリスタは嬉しそうに両手を叩いた。
「ハーラルトには悪いけど、私にとっては僥倖だわ! おかげで、私に出ていたお義姉様への接近禁止が解かれたんだから。どうやら私がしゃべり過ぎて、お義姉様を疲れさせることを心配されていたみたいだけど、私だってそこまで好き勝手にぺらぺらしゃべらないわよ!」
「まあ、それは晩餐の時だけの話ではなかったの? だとしたら、フェリクス様は少し誤解しているようね。クリスタと話をすると元気をもらえるのだと、彼に説明しておくわね」
どうやらフェリクス様はこの10年で、大変な心配性になったようだ。
そのため、クリスタがおしゃべり好きというだけで、私から遠ざけられてしまったことに申し訳なさを覚える。
今後、フェリクス様に取りなすことをクリスタに約束すると、私はハーラルトに向き直った。
すると、彼は私を見て、嬉しそうな笑みを浮かべる。
体は見上げるほどに大きくなって、言動も大人びたけれど、無邪気な笑顔は10年前と変わらなかったため、そのことが無性に嬉しくなる。
「ハーラルトは立派になったけど、根っこのところは変わっていないのね」
私の言葉を聞いたハーラルトは声をあげて笑った。
「そう言ってもらうのが1番嬉しいと、言われて初めて気が付いたよ! そうか、僕は10年前と変わっていないんだね」
笑顔でそう返してきたハーラルトに頷くと、私は気になっていたことを聞いてみる。
「ハーラルトは旧ゴニア王国の総督になったと聞いたのだけど、責任者が現場から離れても大丈夫なの? 私はあなたに会えて嬉しいけれど、スターリング王国に戻ってきて問題なかったのかしら?」
「あの地には有能な部下が何人もいるからね。1、2週間くらい僕がいなくても何とかなるよ」
ハーラルトは問題ないと請け負ったけれど、すかさずクリスタが口を差し挟んできた。
「その割には、お兄様に怒られていたじゃない」
ハーラルトは嫌なことを聞いたとばかりに、顔をしかめる。
「クリスタ姉上、言いつけないでよ。そして、兄上に怒られるのは仕方がないことだよ。兄上に相談することなく、僕が勝手に戻ってきたんだから。でも、お義姉様が目覚めたと聞いたのだから、全てを捨て置いて戻ってくるに決まっているよね」
当然のことのように発言するハーラルトの言葉を聞いて、現場の方々に申し訳なく思いながらも嬉しさを感じる。
10年間も眠っていた私のことを、彼もクリスタと同じように受け入れてくれるのだと感じることができたからだ。
けれど、一方では、彼自身で決断し、行動している姿を目の当たりにしたことで、10年の歳月が流れたことを実感する。
「ハーラルトは立派になったのね」
しみじみとそう漏らすと、彼はぱっと顔を輝かせた。
「お義姉様がそう思ってくれるなんて、とっても嬉しいな!」
それから、おどけた調子で両手を広げる。
「僕も常々、自分は頑張っていると思うんだけど、兄上が立派過ぎるから、誰もが僕に対して、『よくやっていますね』としか言わないんだよ。それって、誉め言葉じゃないよね?」
「ええと、どうかしら。人によっては誉め言葉だと思うけど、分かりにくいかもしれないわね」
慰めるようにそう言うと、ハーラルトが拗ねた様子で口を尖らせた。
「僕の出来が悪いんじゃなくて、兄上がすご過ぎるんだよ。元々、何十年もゴニアと国境問題で揉めていたのに、その国を併合したどころか、さらにネリィレド王国まで自分のものにしてしまったんだから。そんなの普通、10年ぽっちでできるはずもない偉業なんだから、そこを基準にすること自体が間違っているよね」
確かにハーラルトの言う通りだ。
たった10年で2国を併合してしまうなんて、過去の歴史を紐解いてみても、達成できた事例はごくわずかだろう。
そんな偉業を基準にされるのは、ハーラルトにとって酷な話に違いない。
そもそも一人ひとり得意なことや、苦手なことは違うのだから、いつだってフェリクス様と比べられるのは苦しいはずだ。
「ハーラルトにはハーラルトのいいところがあるわ。あなたは優しいし、太陽のように明るいから、一緒にいると誰もが楽しい気持ちになるのよ」
熱心にそう言うと、ハーラルトは笑顔になった。
「ふふふ、ルピアお義姉様は本当に素晴らしいことを言うね! ああー、お義姉様の言葉を聞くと、僕は幸せになるな」
にこにこと笑みをたたえる姿を見て安心した私は、2国を併合したと聞いた時から疑問に思っていたことをぽつりと口にする。
「でも、フェリクス様は決して好戦的な方ではないはずなのに、どうして戦争になったのかしら?」
すると、ハーラルトが「ああそれは」と顔をしかめた。
「ゴニアが兄上に毒蜘蛛を仕掛けたからだよ。あの事件の実行部隊を捕らえて色々と白状させ、ゴニアに放っていた密偵の報告を受けたことで、あの国の直接関与が明らかになったんだ。兄上からしたら自分を殺しかけた国なのだから、許すはずもないよね」
まるで聞いてきたかのようにぺらぺらとしゃべり続けるハーラルトを前に、クリスタが口をへの字にする。
「ハーラルト、それはあなたの推測でしょう。その話は直接お兄様からしてもらった方がいいんじゃないかしら」
そうだったわ、クリスタは以前もフェリクス様に尋ねるようにアドバイスしてくれたのだったわ。
「ごめんなさい、尋ねたのは私だわ。クリスタが以前アドバイスしてくれた通りに、フェリクス様に尋ねるつもりだったけれど、あまりに何も知らない状態だと、失礼に当たるかもしれないと心配になって、思わず質問してしまったわ。でも、クリスタの言う通り、フェリクス様の考えは彼にしか分からないのだから、本人に尋ねてみるわね」
クリスタのアドバイスに従って、色々と考える前に本人に尋ねてみた方がいいようだわ、と考えながらそう答える。
すると、私の心情を汲み取ってくれたようで、クリスタとハーラルトは「それもそうね」「事実を知っておくことは大事だよね」と同意した後、参考になるようにと、10年前と現状との相違について語ってくれた。
2人の話によると、北側に位置していたゴニア王国とネリィレド王国を併合したことで、現在のスターリング王国は10年前と比べて4倍の広さになったとのことだった。
そして、ネリィレド王国を領土の一部にしたことで、私の母国であるディアブロ王国と隣接する形になったらしい。
「隣同士とは言っても、我が国の王都は変わらないし、新たな街道が整備されたわけでもないから、ディアブロ王国までの距離は変わらないんだけどね」
ハーラルトはそう言ったけれど、別の国を経由しないでいいというのは、すごく大きなことだ。ただ……。
「それぞれの国の民たちはどう思っているのかしら?」
戦争によって苦労するのは、いつだって国民だ。
ゴニア王国とネリィレド王国の民はどんな状態なのかしら、と疑問に思って質問する。
すると、クリスタが鼻の頭に皺を寄せた。
「戦争をしたのだから、誰もがいい気分ってわけにはいかないわよね。でも、お兄様はスターリング王国の言葉の使用を強要することもなければ、宗教や慣習を押し付けることもなかったのよね。そして、その2国は国土が瘦せていて、食べる物にも困っていたから、お兄様の政策で命が救われた人々が大勢いるのよ」
ハーラルトも肩をすくめる。
「そういうのは伝わるものだからね。命を救われて、昨日よりもいい暮らしになったのであれば、まあいいかと思って受け入れるみたいだね」






