89 16歳のハーラルト 2
「まあ、確かにそうね」
指摘されて気付いたけれど、ハーラルトが16歳、私が17歳というのは、私が結婚した時のフェリクス様と私の年齢と同じだ。
面白い偶然ねと顔をほころばせていると、ハーラルトが屈託なく微笑んだ。
「お義姉様は僕が16歳になるのを待って目覚めたのじゃないかな。そうだとしたら、運命だよね。こうなったら兄上との結婚は早々に解消して、僕と最初からやり直してみるのはどうかな?」
「ハーラルト!」
ハーラルトが無邪気に言葉を発した瞬間、フェリクス様が鋭い声を上げる。
そんな兄に対し、ハーラルトはにこりと子どものように微笑んだ。
「よくわからないけど、お義姉様がこれほど長く眠っていたのは、兄上と顔を合わせたくなかったからじゃないのかな。でもね、お義姉様には極上の幸福しか似合わない。いつだって、幸せそうに笑っているべきだよ。だから、兄上ができないのならば、僕が極上の幸せを捧げるよ」
フェリクス様がぎりりと奥歯を噛みしめたけれど、ハーラルトは気にする様子もなく私に向き直る。
「僕が相手だったら、全ては上手くいくよ。生まれてくる子どもは僕にもそっくりだろうから、誰もが僕の子だと思うはずだ。それに、兄上が偏屈で、誰もが恐れる覇王であることは周知の事実だから、そんな兄上と妖精のようなお義姉様が上手くいくはずないと皆思っている。別れたと聞いても、すぐに納得するよ」
歯に衣着せず、好き勝手なことを言うハーラルトに目をぱちくりさせていると、フェリクス様が私を抱きしめる腕に力を込めた。
「ルピアは私の妃だ! 彼女が産むのは私の子だ! 妻がほしければ、別の女性を探せ」
フェリクス様はそう言うと、私を誘導して元いた席に座らせる。
それから、彼自身もいつもの席についたため、給仕係が慌てた様子で彼の席に食器をセットした。
同様に、ハーラルトも晩餐のテーブルについたので、さらにもう1セットの食器が運ばれる。
ハーラルトはフェリクス様が話題を終了させたことを敏感に感じ取ったようで、兄の強張った顔をちらりと見た後、運ばれてきた料理に視線をやった。
それから、雰囲気を変えるかのように明るい声を上げる。
「はー、今日中にお義姉様に会いたいと思って、最後は馬を掛け通しでここまで来たから、お腹がぺこぺこだよ。お義姉様の顔を見たことで疲れは吹き飛んだけど、空腹は別みたいだ。あれ、クリスタ姉上はいないの?」
不思議そうに尋ねるハーラルトに、一拍遅れてフェリクス様が返事をした。
「……ルピアが晩餐室で晩餐を取り始めたのは昨日からだ。クリスタは話し過ぎてルピアを疲れさせる恐れがあるため、しばらくは同席させないことにした」
「兄上……。普段は有能なのに、何でこう、お義姉様が関わると馬鹿になっちゃうんだろうな。それさあ、もっともらしいことを言っているけど、結局はお義姉様を独占したいだけでしょう」
呆れた様子で感想を述べるハーラルトを、フェリクス様がぎらりと睨み付ける。
そのあまりの迫力に、ハーラルトは片手でぱしりと口を押さえた。
「はいはい、黙りますよ。これ以上暴君様の機嫌を損ねて、追い出されたら敵わないからね。僕は一日近く何も食べていないから、本当にお腹がぺこぺこなんだ」
ハーラルトはそう言うと、もう一方の手で哀れっぽくお腹を撫で回したけれど、すぐに口元から手を離し、私の顔をじっと見つめてきた。
「ただ、一言だけ言ってもいいかな。顔を見た瞬間に言うのはどうかなと思って胸の中にしまっていたけど、やっぱり我慢できないみたいだ」
「何かしら?」
10年振りに逢ったのだから、一言だけではなく、もっとたくさん言ってもらっても構わないのだけど、と思いながら聞き返す。
すると、ハーラルトは太陽のように明るく笑った。
「お義姉様はすごく綺麗だ! もちろん、昔からものすごく綺麗だったけど、当時の僕は幼過ぎて、その魅力に気付かなかったんだ。うん、『覇王の隠し妖精姫』と言われるだけのことはあるね」
「えっ?」
ハーラルトから容姿に関する誉め言葉が発せられたため、びっくりして目を丸くする。
目覚めてから10日ほどが経過したので、少しは肉が付いたのかもしれないけれど、それでもこの10年の間に、私の全身は枯れ木のように細くなってしまったのだ。
綺麗とか魅力とかいった言葉は、当てはまらないはずだ。
「まあ、ハーラルトったら、女性を見たら褒めなければならないと考えているのかもしれないけど、私は家族だから気を遣う必要はないわ。……でも、ちっちゃなハーラルトが女性を褒めるようになったなんて、成長したのね」
朗らかにそう答えると、ハーラルトはぷうっと頬を膨らませる。
「お義姉様、年頃の青年にそんなことを言ってはダメだよ。僕は真剣に言っているのだから、冗談にしないでほしいな」
その表情を見て、まだまだ子どもねと可愛らしく思ったけれど、口に出すと拗ねられそうだったので、心の中にしまい込む。
「それは悪かったわ。これまで私を褒めてくれるのはフェリクス様だけだったから、照れているのかもしれないわね。いずれにしても、私を褒めてくれるのは家族だけだわ」
「家族……」
なぜだかフェリクス様が感動した様子で、頬を赤らめた。
その様子を横目に見たハーラルトが、呆れたように肩を竦める。
「兄上はそんな単語1つで満足してしまうのか。うん、相変わらず奥手のようだね。これならば、僕の出番があるのかもしれないな」






