86 ギルベルト宰相とビアージョ騎士団総長 4
後悔に顔を歪めるビアージョ総長を前に、私は思わず口を開いた。
「ビアージョ総長、どうしても命を守れない場面はあるわ」
総長を始めとした騎士たちが、いつだって全力でフェリクス様を守ろうとしていることは、側で見てきた私にはよく分かっている。
けれど、人は全能でないのだから、想定外の事案が起こることはあるのだ。
「後から事実を振り返った時に、『こうしていれば守れたのに』と悔やむ気持ちは分かるけれど、それは実際に起こった事案を目にしているからこそ言える言葉であって、万にも上る『もしかしたら』事案を事前に全て防ぐことはできないわ」
私の言葉を聞いた総長は、顔を歪めた。
「ですが、そのせいで、私はルピア妃に王の身代わりをさせてしまいました! 耐え難い苦しみを与え、お腹のお子様を危険に晒し、合わせて12年もの長い間、王妃陛下を周りの全ての者から遠ざけてしまったのです」
それは私の決断だわ。
それなのに、総長はそれらの全てを自分の責任だと考えているのかしら。
「それが私の役割だわ。フェリクス様は元気になり、そのうえ、フェリクス様を失ったと思った時に感じた、あなた方の後悔する気持ちを取り除けたのだとしたら満足よ」
嘘偽りない気持ちを述べたのに、ビアージョ総長は首を大きく横に振った。
「ルピア妃、あなた様こそが、私たちが守るべき対象です! 私たちはあなた様に、傷一つ付けるべきではなかったのです」
真剣な表情でそう主張する総長に、私は苦笑する。
「本当に総長は立派な考え方をするのね。そして、ギルベルト宰相も。一方、私は理解力が悪いようだわ。話を聞いた後でも、2人の罪が見つからないのだから」
「……王妃陛下」
「…………」
痛まし気な表情で顔を横に振る2人を前に、私はもう1度、何も問題はなかったと繰り返した。
「あなた方が第一に仕えているのはフェリクス様だわ。そして、あなた方はその時知っていた情報の中で、最大限にフェリクス様のためになることをしようとしたのでしょう? だとしたら、正しく役目を果たしただけで、咎め立てることは何もないわ」
私はごく常識的なことを口にしているのに、宰相と総長に間髪をいれずに言い返される。
「そ、そうではありません! 私はあなた様を敬わず、あまつさえ傷付けました! 我がスターリング王国のご正妃様をです!! これはあってはならないことです」
「私に至っては、自分の職分を果たさないうえ、代わりにルピア妃に犠牲を強いました。そのせいで、私は王と民から至尊なるルピア妃を12年も失わせたのです」
全く彼らのせいではないのに、聞く耳を持たない2人を前にして、私は途方に暮れた。
そのため、またまたフェリクス様に頼ろうと見上げると、なぜだか彼は泣きそうな顔をしていた。
「ルピア、どうしてそんな思考になるんだ……」
弱々しく呟かれたため、私はびっくりして目を見張る。
「えっ、私は至って普通の思考をしているわ。だって、宰相も総長も自分の正義に基づいて行動しただけよ。お2人が個人的に私を嫌っているだとか、貶めようだとか、そのようなことはひとかけらも考えなかったことくらい、私にも分かるわ」
「普通は分からないよ。君はとても酷い誤解をされて、手酷い扱いを受けたのだ。この件に関する事実はそれだけだ。彼らがどう考えたかや、どのような状況だったかは関係ない。臣下の立場として、至尊なる我が国の王妃に不敬な振る舞いをしたのだから、正しく罰せられるべきだ」
フェリクス様の言葉に納得できず、私はへにょりと眉を下げる。
それから、理解してほしいと思いながら、彼を見つめた。
「1つ理解してほしいのだけど、私はこれまで1度も、誰かを裁いたことがないの。だから、人を裁く心構えができていないのね。私が決断してお2人を断罪したら、私はずっとそのことに心を痛めるし、くよくよと考え続けると思うわ」
私の発言を聞いた3人は、悲壮な顔つきで口を噤む。
「それに、原因の1つには、私が上手く魔女であることを説明できなかったことがあるのだから、2人が一方的に咎められる話ではないわ。多分、お2人が私だったら、もっと上手くやったはずよ。きちんと魔女であることをフェリクス様にも、あなた方にも理解してもらっていたら、そもそも今回のことは起こらなかったかもしれないのだから」
「違います!」
反射的に否定した宰相に続いて、総長も私の言葉を否定する。
「そんなことは決してありません。ルピア妃、あなた様は何1つ説明する必要はないのです。あなた様が『魔女だ』と口にしたならば、その言葉だけで私はあなた様を信じるべきなのですから」
まあ、ビアージョ総長がとんでもないことを言い出したわよ。
私は総長と宰相を困ったように見つめる。
それから、2人が私を美化し過ぎているように思われたため、そうではないのだと正直な心の裡を披露することにした。
「……実際のところ、私だって全く知らない人から酷い言葉を投げつけられたとしても、それほど心は痛まないのよ」
疑わしいとばかりの眼差しを向ける3人に、私は言葉を重ねる。
「本当よ。私がお2人の対応に悲しみを覚えたとしたら、それは私が宰相と総長を同志だと考えていたり、好意を感じたりしていたからだわ」
私の言葉を聞いたギルベルト宰相とビアージョ総長は、ぐっと唇を噛みしめると、一言も聞き漏らさないとばかりに見つめてきた。
そんな2人に理解してほしくて、私はさらに説明する。
「そして、そんな私の気持ちは、あなた方が好意を抱くような行為を積み重ねてきたから生じたのだわ。だから、傷付けられたことを理由にあなた方を裁くとしたら、素晴らしい行いをしてきたことを理由に断罪することになるわ。それはおかしなことではないかしら」
言いたいことを言い終えて口を噤んだけれど、ギルベルト宰相とビアージョ総長は反論してこなかった。
そのため、やっと2人を納得させることができたわと胸を撫で下ろしていると、隣にいたフェリクス様が震える声を出した。
「ルピア……君の理論は、人をダメにする」
「えっ?」
思ってみないことを言われたため、目を見開いて彼を見上げる。
すると、泣き出しそうな顔で俯くフェリクス様の横顔が見えた。
「その理論を受け入れたら、ギルベルトもビアージョも君の顔が見られなくなるだろう。……もちろん、私も」






