6 スターリング王国王妃 4
「ルピア、結婚生活はどう?」
3日ぶりに姿を見せた聖獣バドは、開口一番にそう尋ねてきた。
「え? ど、ど、どうって、何がかしら?」
私は動揺のあまり真っ赤になると、あわあわと両手を動かした。
そんな私を見て、バドが呆れたような声を出す。
「え、結婚して3日も経つのに、まだそんな状態なの? ルピアが奥手なのは知っていたけど、何とも可愛らしいものだね」
馬鹿にしているわけでなく、素直に感想を述べてくるバドに、私はぷうっとほほを膨らませた。
「聖獣バド様、あなた様が相手にしているのは今や人妻ですよ。これでも日々成長しているんですから」
「へえ、そうなんだ」
バドは面白そうな表情をしたけれど、珍しくそれ以上コメントしてこなかった。
恐らく新婚の私に、優しさを見せたつもりでいるのだろう。
もちろん容赦してもらうのは、ありがたいのだけど……、と考えながら肩に乗ったバドを撫でる。
―――バドはいつだってリスの姿で私にくっついているけれど、実際は聖獣で、異なる空間に自分の城を持ち、存在に相応しい役割を持っている。
そのため、時々、私の側を離れる時があるのだけれど、今回ばかりは役割というよりも、新婚の私を気遣って数日間離れていてくれたように思われる。
私は感謝の笑みを浮かべると、バドの小さな手を握った。
「バド、気を遣ってくれてありがとう。あなたは優しい、最高の聖獣だわ。……ええと、ところで、フェリクス様と専属侍女のミレナに私が魔女だという秘密を話したわ。2人とも信じてくれたから、バドのことも紹介していいかしら?」
「……本当に信じてくれたものかね? 紹介するのは構わないけど、僕はしばらくリスとして過ごすよ」
聖獣であるバドは、疑り深いところがある。
母国のディアブロ王国においても、バドは人の言葉を話せることを隠していて、リスの振りをし続けていたのだ。
そのため、私が魔女であることを知る者の中にも、バドが聖獣であることを知る者はほとんどいなかった。
「私の家族を除くと、あなたが正体を明かすまでの最短期間は、紹介から2年後だったかしら? でも、フェリクス様はもう私の家族になったのだから、すぐに神獣であることを示してくれてもいいのじゃない?」
相互理解を深めることで、より仲良くなってほしいとの思いからバドに提案したけれど、聞こえない振りをされる。
仕方がない、これは長期戦になるのかしらと思いながらも、丁度入室してきたミレナにバドを紹介した。
「ミレナ、私のお友達を紹介するわね。こちらはバドよ。秘密だけれど、バドは私と一緒に生まれてきた聖獣で、人の言葉が話せるのよ。ただ、ちょっと恥ずかしがり屋だから、しばらくはリスの振りをしているかもしれないわ」
「……神獣様におかれましては、お目通りがかないまして恐悦至極に存じます」
ミレナはそういうと、膝を折って深い礼をした。
けれど、バドは知らんぷりを決め込むと、まるでリスであるかのように尻尾をぴこぴこと動かして明後日の方を向いていた。
「……ごめんなさいね、ミレナ。人見知り全開のようだわ」
「いいえ、私が何者かも分からないのですから、当然のお振る舞いだと思います」
笑顔を浮かべて模範解答をするミレナを見て、まあ、私の自由気ままな聖獣様と違って、私の侍女は優等生だわと思う。
―――そのミレナだけれど、「内緒の話よ」と魔女であることを告白した時には、驚いた表情をしていた。
突然の話に戸惑っている様子だったため、私はどうしても信じてもらいたくて、彼女の両手を握りしめた。
「突然の話で信じられないことは理解できるわ。でも、少しずつでいいから、私はそういうものだと受け入れてくれると嬉しい」
「はい、分かりました。あの……私がこれまで信じてきた常識では、全く考えられないお話でしたので、戸惑ってしまい申し訳ありません。ですが、ほかならぬルピア様のお言葉ですので、もちろん信じます」
真剣な表情で約束してくるミレナに対し、私は首を横に振る。
「いいえ、あなたの反応は当然のものよ。ただ、私の専属侍女であるあなたに信じてもらうことは、私にとって大事なことなの。ええと、そうね、身代わりの能力以外は大したものでないけれど、魔女としてできることは幾つかあるから、それらの秘密を少しずつ共有してもらえると嬉しいわ。ミレナ、時々、私の内緒話に付き合ってね?」
「もちろんでございます」
深く頭を下げるミレナを見て、誠実な侍女が側にいてくれることを嬉しく思う。
そして、これが普通の反応なのだから、即座に信じてくれたフェリクス様の態度をありがたいわと感謝したのだった。