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「バドったら、一体何の話をしているの? そもそも私に宰相を裁く権限はないのよ」
バドの言葉が冗談に聞こえなかったため、悪ふざけしすぎだわ、と私は顔をしかめた。
けれど、バドはまるで真面目な話であるかのように、平然とした様子で言葉を続ける。
「仁義的な話だよ。そして、ギルベルトは君に裁かれたがっている。ねえ、ルピア、無罪放免にすることだけが、正しい方法じゃないよ。ギルベルトみたいなタイプは、1度きちんと裁かれないと、申し訳ない気持ちが積もり過ぎて、君に一生涯顔向けできなくなるはずだ。彼は罰を受け入れる強さを持っているだろうから、思いっきり罰を与えてやることが彼のためじゃないかな」
私の発言を気に掛けることなく、あくまで宰相に罰を与えることを勧めてくるバドを見て、私は首を傾げる。
……本当に、バドは一体何の話をしているのかしら?
バドの話の前提として、そもそも宰相が私に犯罪行為をした事実と、私にその罪を裁断する権限の両方が必要だけど、どちらも揃っていないのに。
そう考えて首を傾げていると、私の困惑を読み取ったらしいクリスタが説明を加えてきた。
「ええとね、ルピアお義姉様、これは推測なのだけど、お兄様は近々、お義姉様にギルベルトを裁く機会を与えると思うわ」
「フェリクス様が私に? ……そう言えば、以前、ギルベルト宰相とビアージョ騎士団総長が私に会いたがっているから、1度会って罵るといいと言われたわ。冗談だと思っていたけど」
先日の会話を思い出しながらそう答えると、クリスタはびっくりした様子で目を見開いた。
「えっ、既に予告されていたのね! 残念ながら、それは冗談じゃないわよ。お兄様はあの2人がお義姉様に対して許し難い言動を取ったと考えていて、当事者であるお義姉様に裁かせる気満々だもの」
「えっ、でも……」
ギルベルト宰相とビアージョ騎士団総長から、それほど酷い言動を取られた覚えはなかったため困惑する。
先ほどから一生懸命考えているけど、それほどひどい対応をされた記憶が蘇ってこないから、何もされていないんじゃないかしら。
ぱちぱちと瞬きをしていると、クリスタが呆れた様子でため息をついた。
「お義姉様の様子を見る限り、バド様が事前に心構えを説いたことは正しかったようね。もしも突然、断罪の場面を与えられたとしても、お義姉様は持ち前の優しさで許してしまいそうだもの。だから、お義姉様に忠告しておくけど、これからお義姉様にはあの2人を裁く機会が与えられることと、その際には厳しく裁くべきだということを、正しく理解しておいてちょうだい」
まるで決定事項のようにはっきりと口にしたクリスタに、私は小さい声で反論する。
「クリスタ、でも、その2人は断罪が必要なほど酷い行為を私にしていないわよ」
「えっ、嘘でしょう? あの2人のことを考えたら、イライラムカムカすることがたくさんあるはずよ! あっ、でも、それは胎教に悪いから、今は考えなくていいわ! どの道、そこら辺の詳細は、本人の口から懺悔させるべきだから」
クリスタはそう言うと、私のお腹に向かって、「落ち着いてー、落ち着いてー、腹立たしいことは何もないわ」と優しい言葉で言い聞かせていた。
それから、私に向かって困ったように微笑む。
「ごめんなさい、赤ちゃんに悪い話だったわね。ええと、何度も思い出す話じゃないから、具体的なことはあの2人と相対した時に1度だけ思い出せばいいわ。そして、その時に感じた怒りを10倍で返すのよ。それで、ちょうどいいくらいの罰になるはずだし、すっきりすると思うから! その後は、2人のことを忘れてしまって、お腹の赤ちゃんに集中すればいいわ」
クリスタはそう言うと、少し考えた後に付け足した。
「ただし、1つだけ補足すると、バド様が言ったように手心を加えすぎるのはよくないわ。そもそもあの2人は罰されたがっているのだから、あまりに軽い罰を与えても、意気消沈してもっと多くの罰を望むだけよ」
「クリスタ」
一体私はどうすればいいのかしら、と困っていると、私の気持ちを読み取ったクリスタがおかしそうに小さく笑う。
「お義姉様ったら、こんなことで困ってしまうのね! でも、確かに、お義姉様には馴染みがない行為だから、やり方がよく分からないのかしら。だったら、私が罰を与えるお手本を見せてあげるわ」
そう言うと、クリスタは腕を組み、考える様子で中空を見つめる。
「うーん、そうねえ、女侯爵というのもカッコいいから、ミレナに家督を譲らせて、ギルベルトを当主の座から降ろすのはどうかしら? さらに、ギルベルトがクラッセン侯爵家から追放されるとなおいいわね。後は、彼の虹色髪を1本残らずむしってしまうことかしら……もしかしたら、鉄仮面の下は既にハゲ散らかっているかもしれないけど」
次々にギルベルト宰相を懲らしめる提案をするクリスタを見て、これほどたくさんのアイディアが瞬時に浮かぶなんて、頭の回転が早いのねと驚く。
「クリスタ、今の一瞬で全てのアイディアを考え付いたの? 素晴らしい閃きね。私にはとても真似できないわ」
小さく手を叩きながら称賛すると、クリスタはまんざらでもなさそうににやりと笑った。
「そう? お気に召したのならよかったわ。お義姉様が何も浮かばなかった場合には、私が言った通りに提案してみたらどうかしら。お義姉様が何を言ったとしても、何だって受け入れられるはずだから」
「えっ、クリスタが言った通りというと……」
彼女の提案は厳しい内容ばかりだったため、どうしたものかしらと言い淀んでいると、代りにバドが口を開いた。
「簡単だよ、ルピア。『ハゲ散らかっている虹色髪を、1本残らずむしるぞ!』って言えばいいんだから」
「えっ、ハ……『ハゲチラかっている虹色髪をむしるわよ』?」
そう答えると、クリスタ、バド、ミレナの3人からすごくいい笑顔を返された。
そのため、宰相と顔合わせをした際の雰囲気がよかったら、冗談めかして口にしてみようかしらと思ったのだった。






