80 10年間 7
その後、すぐにクリスタが遊びに来てくれた。
そのため、ソファに座って紅茶を飲みながら、さり気なくギルベルト宰相についての話題を振る。
「クリスタ、今日はフェリクス様の執務室にお邪魔したの。その際にギルベルト宰相に会ったのだけど、……彼は変わっていたわね」
クリスタは「ああ」と言いながら、緩めていた顔をしかめると、同意の印に頷いた。
「そうね、この場合は『変人になった』という意味でしょうけど、その通りだと思うわ。そして、あの格好が許されたのは、タイミングが良かったのだと思うわよ。お義姉様が倒れて2か月くらいの頃に鉄仮面を被り始めたものだから、唯一注意できるお兄様がお義姉様にかかりきりになっていて、しばらくの間、宰相の奇行に気付かなかったのだから」
「まあ」
フェリクス様もギルベルト宰相は10年前から鉄仮面を被り始めたと言っていたことだし、本当に私が眠り始めた時期と間を置かずして身に着け始めたのね。
「そして、お兄様が気付いた時には、既に1か月近くあの格好をしていた後で、周りは当然の光景として受け入れていたから、お兄様にはわざわざ宰相を咎め立てする元気がなかったみたいなのよ。というか、そもそもお兄様は宰相が仕事さえしていれば、どのような格好をしていても興味がないのかもしれないわ」
私にくっつくようにしてソファの上に体を横たえていた聖獣姿のバドが、面白そうに尻尾を振る。
「非常に納得できる話だな。ルピアが眠っていた間のフェリクスは、3着くらいの服を毎日着回していたことだし、彼自身が服装に興味がないんじゃないの」
「えっ」
一国の王様がそのような具合でいいものかしら。
どうしよう。話を聞けば聞くほど、常識から外れた行動ばかりが飛び出てきて、一体どのことを尋ねればいいのか分からなくなってくるわ。
そう惑ったものの、1番常識から外れているのはやはり鉄仮面だろう。
「ギルベルト宰相はどうして鉄仮面を被り始めたのかしら?」
そう尋ねると、クリスタは興味がなさそうに肩を竦めた。
「ああいう装備って、男子の夢なんじゃないの? 宰相は肉体的にへなちょこりんだから、強そうな仮面を身に着けることで、自分が強くなった気になって喜んでいるんじゃないかしら。ただし、この場合、現在進行形で黒歴史が築かれ続けているから、恥ずかしくも恐ろしい話だけど」
「まさか、一国の宰相がそんな理由で鉄仮面を被りっぱなしというのは、あり得ないと思うわよ」
さすがにそれはないのじゃないかしらと思って、疑問を呈すると、横からバドがのんびりした声を出す。
「うーん、だったら、顔を洗ったり、髭をそったりするのが面倒になったんじゃない? ルピアが倒れて2か月後と言ったら、フェリクスが全く仕事をせずに、ギルベルトが全てに対応していた時期だからね。身だしなみに気を遣う時間がなかったから、汚い顔を隠すことにしたんだろうね」
バドの推測もクリスタのものと同じくらい酷いものだったため、そんなはずはないと反論する。
「えっ、でも、それから10年もの時間が経ったのよ。もしも10年前に宰相が忙し過ぎたとしても、今は顔を洗う時間くらい取れるんじゃないかしら」
バドは目を瞑ると、ソファの上でだらしなく四肢を伸ばした。
「誰もが勤勉ってわけではないからね。だから、ギルベルトは味を占めたんじゃないかな。顔を洗わない快適さを知ってしまったから、そのままずるずる続けているんだよ」
……よく分かったわ。
この2人が、これっぽっちも真剣に取り合っていないことは。
そのことを悟った私は、最後に頼りになるのは肉親だわ、とギルベルト宰相の妹であるミレナを振り返る。
「ミレナ、ギルベルト宰相はどうして鉄仮面を被り出したのかしら?」
「もちろんルピア様に対してしでかしたことの不敬さを自覚し、己を恥じて顔を隠しているのですわ!」
「…………」
ダメだわ、ミレナは実の兄に辛辣だったのだわ。
そして、何だって私を中心に考えるのだったわ。
クリスタ、バド、ミレナと、私の有能な相談相手のはずの3人が、とんでもない推測を披露してきたため、どうしたものかしらと頭を抱える。
「デリケートな話題だから、本人には聞けないわよね。一体誰に質問すればいいのかしら?」
すると、私の独り言を拾ったクリスタが、何でもないことのように口にした。
「あ、ギルベルトなら鋼の心臓を持っているから、何を尋ねても大丈夫よ。そして、確かに本人に聞くのが一番確実だわ」
バドも同意する。
「そもそもギルベルトはルピアに会いたがっているとの話だったじゃないか。気が向いたら、呼びつければいいよ。間違いなく、全ての仕事を放り出して、飛んでくるから」
その言葉を聞いて、フェリクス様が先ほど、私から執務室にある何かを隠したがっていたことを思い出す。
「今思えば、フェリクス様は私から、鉄仮面姿の宰相を隠そうとしていたのよね。でも、どうしてかしら?」
首を傾げて考えていると、バドがあっさりと返事をした。
「それはルピアに、ギルベルトに関する予備知識を与えたくなかったからじゃないの。事前に情報を仕入れることで、ルピアは色々と善意に解釈して、手心を加えそうだもの。だが、相手が苦しんでいようが、落ちぶれていようが、そのことは減刑される理由にはならないからね。だから、フェリクスはそうなることを心配して、君に同情心を抱かせることなく、彼を裁かせようとしているんじゃないかな」
「えっ」
私がギルベルト宰相を裁くですって? 一体、何の話をしているのかしら。
驚いて目を見開くと、バドはソファに寝そべったまま、恐ろしいことを口にした。
「もちろん、ギルベルトをギッタンギタンにしてやるのが、1番スッキリする方法だから、手心なんてこれっぽっちもいらないからね。……だが、1つ惑うのは、彼は一度主と定めた者には忠実だし、目的のためなら悪事に手を染める覚悟があるし、能力は高いから、駒として役に立ちそうなんだよね」
「こ、駒?」
一体バドは何の話をしているのかしら。
困惑してバドを見つめると、私の守護聖獣はまっすぐに私を見つめてきた。
「ねえ、ルピア、人の心ってのは、どうやっても抑えつけられないんだよ。そして、感じ方は人それぞれだ。だからね、君が善人だとしても、全員が君の味方になるわけではないし、悪人に魅かれる者も必ずいる。さらに、この国は虹の女神の思想が根強く残っているから、話はさらに複雑になってくる。だから、ギルベルトを一度ぺシャリと踏み潰した後、君の手駒として残しておくのもいいかもしれないよ」
いつも読んでいただきありがとうございます。
おかげさまで、書籍化のご報告です。
3/7(火)、本作品がSQEXノベルから書籍化します。
書下ろしもたくさん書きました。(ずっと前から憧れていた)喜久田ゆいさんのふわふわの可憐なイラストが付いた、素晴らしい1冊になる予定です。
どうぞよろしくお願いします!!






