76 10年間 3
翌日から、フェリクス様は少しずつ私を部屋の外に連れ出してくれるようになった。
初めての外出は、私室の窓から見える中庭だ。
季節は冬で、雪が積もっていたため、私はこれでもかと暖かい格好をさせられる。
私ははしゃいだ気分で2階にある私室を出ると、フェリクス様の腕に掴まりながら階段を降り、扉から外に出た。
すると、驚いたことに、中庭に出たところで大勢の騎士たちに出くわした。
私室の窓から庭を見下ろしていた時は気付かなかったけれど、どうやら多くの騎士たちが中庭を警備してくれていたようだ。
10年前も頻繁にこの庭を散歩していたけれど、その時はこの半分も騎士たちはいなかったはずなのにと思いながら、茶目っ気を出してフェリクス様に尋ねてみる。
「ねえ、フェリクス様、10年前はこれほど多くの騎士たちはいなかったわ。もしかして、私が眠っている間に私の私室にとっても価値があるものを運び込んだの? そのため、私の部屋の前は厳重に守られているのかしら」
すると、フェリクス様は真顔で頷いた。
「その通りだ。君が眠っている間に、君を私室に運び入れたからね。10年前の私は君の価値を正しく把握できていなかったが、今は正しく理解したため、配置する騎士の数を改めたのだ」
「…………」
どうしよう。これはフェリクス様の冗談なのかしら。
私は「フェリクス様ったら、冗談ばっかり」と言って、笑ってみせればいいのだろうか。
けれど、なぜだかその対応は正解でない気がしたため、話題を変えようと、花壇に植えられている花に視線を移す。
そこには、見渡す限りの紫色と白色の花が植えてあった。
「まあ、冬まっただ中だというのに、こんなにたくさんの白い花が咲いているのね。それから、紫の花も。とっても綺麗だわ」
「ああ、世の中で最も美しいと思われる2色だ。この10年間、私は多くの時間を君の部屋で過ごしていたから、時々、窓からこの庭を見下ろしていたんだ。どうせならば、美しいと思う花を目にするに越したことはないだろう?」
「…………」
話をする順番を間違えたわ。
こんな話をされた後では、『白と紫は私の髪と瞳の色です』って言い難いもの。
そう思って口を噤んでいると、フェリクス様は心の中を読んだかのように、私の色について言及してきた。
「君の色と同じだね。だから、私にとって白と紫は神聖で、美しい色に感じられるのだな」
「…………」
どうしよう。これもフェリクス様の冗談なのかしら。
さすがに私の髪色と瞳の色と同じというだけで、全ての花を『神聖で美しい』と感じるわけはないわよね。
ここは、あえて彼の冗談を受け入れた振りをして、「ありがとうございます」とお礼を言っておけばいいのだろうか。
けれど、その対応も正解でない気がする。
困った私がどうしたものかしら、と周りを見回したところで、冷たい風が吹いてきて、くしゅんと小さなくしゃみが出た。
その途端に、フェリクス様は大変なことが起こったとばかりに顔色を変え、さっと私を抱き上げた。
「えっ?」
「すまない、君は病み上がりだというのに、冷たい風に当ててしまった」
「ええ、ただの風よ。それくらいで吹き飛ばされる私ではないわ」
笑ってほしくて冗談を言ったのだけれど、フェリクス様は少しも笑ってくれなかった。
それどころか、痛まし気な表情を浮かべると、足早に王宮の中に入っていく。
「そうだろうか? 抱き上げた君は驚くほど軽いから、ドレスと腹の子の体重を差し引いたら、ほとんど残らないのじゃないかな」
ドレスはまだしも、お腹の子はまだ小さくて、体重を感じられるほどには育っていないと思うのだけど。
「私は背が低いから、他の方と比べて軽く感じるだけじゃないかしら」
冷静にそう指摘すると、フェリクス様は廊下の真ん中ではたと立ち止まった。
「……そう言われれば、女性を抱き上げたのは君が初めてだな。その他の経験といえば、訓練で騎士を肩に担ぎ上げたことがあるくらいか」
「えっ、私は体格のいい騎士と体重を比べられていたのかしら」
そうだとしたら、軽いと驚かれるのも納得だわ。
そう考えていると、フェリクス様は少し考えた後、「誰とも比べる必要もないよ」と言って、再び歩き出した。
「君が軽いことは間違いないからね。この国に来た時と比べると、君は驚くほど痩せてしまった。知っているかい、ルピア? 結婚後、痩せた妻を持つ夫は、『それほど苦労をさせているのか』とか、『満足に食べさせられないほど甲斐性がないのか』と、周りから責められるらしいよ」
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