【SIDE国王フェリクス】王妃ルピア 2
私の妃としてルピアを強引に押し込んだように、大国には大国のやり方がある。
他の国から見たら眉をひそめるような独善的な行為も、ディアブロ王国からしたら問題のない当たり前の行為なのだろう。
異なる立場による立ち回りの差異はどうしても生じるため、もしもルピアが高慢で我儘であったとしても、大国の姫という出自である以上は仕方がないことだと、彼女に会う前の私は考えていた。
しかし、実際のルピアは高慢でも我儘でもなく、綺麗に育てられた深窓の姫君という印象だった。
きちんとした教養と知識があり、彼女がこれまでの人生で多くの努力をしてきたことが見て取れる。
さらに、我が国の文化にも明るく、スターリング王国の言葉をまるで母国語のように流暢に話すことができた。
これらのことから、間違いなくルピアは我が国の王妃となるために努力をしてくれたことが分かり嬉しくなる。
そのため、彼女が私の妃であることに心から感謝したのだが、1つだけ、彼女に困惑させられていることがあった。
それは、彼女がまるで私に恋をしているかのように振る舞うことだ。
1年間の婚約期間中、ルピアからは礼儀正しい手紙が定期的に届くだけで、私に執着している様子は見られなかった。
ルピアとの過去の交流を調べさせもしたが、公式な場で何度か顔を合わせたことがあるくらいで、こちらも特段執着される理由はなかった。
つまり、ルピアには私に恋着する原因も、そのように振る舞う理由も見当たらなかったのだが、結婚式の日以降、彼女はまるで私に恋をしているように振る舞い続けるため、その理由が理解できなかったのだ。
角度を変えた意見がほしくて、私は政務の合間に宰相であるギルベルトに助言を求めた。
「ギルベルト、ルピアは結婚式の日以降、まるで私に恋をしているかのように振る舞うのだが、なぜなのだろう? 出会ってすぐに好意を抱くはずもないから、そう見せかけようとしているのだろうが、理由が分からない。それとも、実際にいくらかの好意を私に抱いてくれているのだろうか?」
ギルベルトはわざとらしいため息を吐いた。
「陛下ともあろうお方が、わずか数日で誑かされてしまったのですか? 女性がいかに狡猾かということを、忘れてしまったわけではないでしょうに。王妃陛下の行為は好意でなく、打算に基づいていることは明白ですよ!」
悪しざまにルピアを非難するギルベルトの態度を見て、そうだった、普段は公平な男だが、ルピアにだけは厳しかったことを思い出す。
なぜならギルベルトは、ルピアに付けた専属侍女の兄であったからだ。
つまり、私の乳母の息子で、幼い頃は一緒に過ごすことも多かったためか、私への思い入れが尋常じゃなく強かった。
そして、そんなギルベルトは長年かけて、私の妃候補を勝手に選定していたのだ―――国内のとある子爵令嬢を。
だが、大国の王女であるルピアと比べられるはずもない。
ルピア・ディアブロの名前が出た時点で、全てのご令嬢は退場となったのだ。
しかし、そのことをギルベルトは納得していなかった。
彼は私のために最高のご令嬢を準備したつもりでいたので、ご令嬢を披露する機会も与えられないまま退場させられたことに、激しい憤りを感じていたのだ。
その行き場のない怒りが、絶大な国力を背景に私の妃となったルピアへ向けられてしまっていた。
……ギルベルトの気持ちは分からなくはないが、ディアブロ王国の強大さを思えば、仕方がないことだと諦めるしかないだろう。
そう心の中で考える私の声が聞こえたわけでもないだろうに、ギルベルトは腹立たし気な声を上げた。
「そもそもの始まりが悪かったのです! 陛下も覚えていらっしゃるでしょうが、1年前に行われた陛下の婚約者を選定する会議、あれは本当に酷いものでした! それぞれの貴族家から推薦されたご令嬢方を1か月かけて選定する予定だったというのに、初日にルピア様の名前が出た途端に終了してしまったのですから! 前代未聞ですよ!!」
「ああ、もちろん覚えている。普段は取り澄ましている公爵家の老翁や大臣たちが、これでもかと口を開けてディアブロ王国の特使を見つめていた様子は、忘れようとしても忘れられるものではないからな」
私の言葉を聞いたギルベルトは、きっと眉を吊り上げた。
「面白がっている場合ではありませんよ! 王国の大貴族たちが何年も掛け、この方こそはというご令嬢を準備していたのに、あの傍若無人なるディアブロ王国が国力を振りかざして、全て蹴散らしたのですから。ああ、候補者の全員がいずれ劣らぬ素晴らしいご令嬢で、間違いなく陛下の隣で完璧なる王妃の役を果たすことができる逸材だったというのに!」
1年が経過したというのに、まるで昨日のことのように悔しがる宰相を見て、私はとりなすように片手を上げた。
「そう悲観することもないだろう。ルピアも十分及第点じゃないか。外見は整っているし、大国の王女だからと用心したような傲慢さも自己顕示欲も持ち合わせていない」
私の言葉を聞いたギルベルトは、ふんと鼻を鳴らした。
「なるほど、長年お仕えした私の言葉を否定し、わずか数日しか暮らされていない王妃陛下の肩を持つとは、どうやら陛下とルピア様は相思相愛のようですね! 何とも素晴らしいことではないですか!!」
それから、ギルベルトは皮肉に満ちた表情で口を開いた。
「恐れながら陛下は、滅多にないほど整った貌をされていますからね。事前にお渡ししていた絵姿ではこの麗しさが伝わっておらず、一目見た瞬間にルピア様の心臓がどーんと弾けたのではないですか?」
両手を広げて力説するふざけた様子の宰相を、私は呆れて見やった。
「たとえ私の貌が少しくらい整っていたとしても、大国の王女であるルピアなら、美形など腐るほど目にしているだろう。ルピア自身も美しいし、ルピアの兄であるルドガー王太子も滅多にないほどの美形だった。あれらの麗しい集団の中から私が一歩抜きん出ているとは、とても思えない」
「陛下の素晴らしいところは、至尊の冠を被りながらも驕ることなく、ご自分を公平な目で見ることができることですよね」
褒めているのか馬鹿にしているのかが不明な発言を聞いて肩をすくめると、ギルベルトは話を続けた。
「恐れながら、ルピア様は『王妃』になりたかったのだと思いますよ。大国の王女と言ってもルピア様は第5王女で、ディアブロ王国の王族の中では、さして重要でもなかったはずです。そのことに鬱屈した思いを抱かれていて、王妃というナンバーワンの地位に憧れていたのではないでしょうか」
「それは、……私も同じ事を考えていたな」
ルピアには4人の姉と1人の兄がいる。
末子として可愛がられはしたものの、立場としてそう強いものではなかったのではないだろうか、と私は常々考えていた。
すると、ギルベルトは馬鹿にしたような口調で続けた。
「そもそもルピア様と一目ぼれという可愛らしい行為は結びつかないでしょう。大国で権力の恩恵に浸り、その魅力を十二分に知っている者が、純真なままでいられるはずもありません。権力と地位を望んで陛下に嫁がれたのですよ」
「ルピアは大国の王女だからな。かしずかれることに慣れ、その生活を手放したくないと考えるのは仕方のないことだ」
本当にギルベルトはルピアを嫌っているなと思った私は、彼を落ち着かせようと言葉を続けた。
―――何と言っても、彼女はまだ17歳だ。贅沢で華やかな生活を好むものだろう。
それに、大国で蝶よ花よと育てられた姫君が、それ以外の生き方をできるはずもない。
「ルピアが権力と地位を望むことは問題ないのだが、……やはり、私に好意を寄せている演技は必要ないよな? 私たちは互いに、この婚姻が政略であることを知っている。だからこそ、誠実さと思いやりでもって、よりよい関係を築いていくべきだと思うのだ。事実に反した感情を抱いている振りをされると、何が真実か分からなくなってくる」
ぽつりと呟くと、ギルベルトから肩を竦められた。
「私もその通りだと思いますが、もしかしたらルピア様は恋心を利用することで陛下を掌中に収め、より多くのものを引き出そうとしているのかもしれませんね。いずれにせよ、王妃陛下の考えは一侯爵でしかない私ごときには分かりかねます。まあ、結婚生活は始まったばかりで、時間はたっぷりありますから、しっかりルピア様を観察して答えを探ってください。そして、結論が出たら、どうぞこの私めにも教えてください」
そう言うとギルベルトは、話は終わったとばかりに目の前の書類に手を伸ばした。
その落ち着いた様子を目にしたところで、ふといたずら心が湧いてくる。
そのため、私はできるだけ真面目な表情を作ると、昨夜のルピアの言葉を思い出しながら口を開いた。
「ところで、そのルピアのことだが、……もしかしたら私は、非常に得難い妃を娶ったのかもしれないぞ」
「どういうことです?」
訝し気に尋ねてくる宰相に対し、私はわざとらしく声を落とす。
「ここだけの話、ルピアは魔女の末裔らしい」
「………………………………は?」
正気を失ったのか、とでもいうような表情でギルベルトは凝視してきたが、私は真顔のまま言葉を続ける。
「私が瀕死の重傷を負ったり、不治の病にかかったりした場合、ルピアが自分の体に移して治癒することができるらしい」
「それは……」
ギルベルトは苦虫を嚙み潰したような表情で一瞬黙り込んだが、すぐに大きな声で反論した。
「それは完全なる妄想じゃないですか! 自分は特別なのだと思いたがる子どもの典型的な発想ですよ。え、17歳にもなって、まだそんなことを言っているのですか!?」
私はギルベルトに肩を竦めてみせる。
「まあ、そういうところを見ると、妃は思ったより幼い部分があるのかもしれないな。だが、お前が言うように、大国とはいえ第5王女だったのだ。姉4人に対して色々と鬱屈した思いがあったのかもしれない。だからこそ、自分は特別なのだと思いたいのだろう」
ギルベルトは疲れた表情で肩を落とした。
「……自分一人で妄想する分には結構ですが、それを陛下にまで話をされるとなると重症です」
「先ほども言ったが、これは『ここだけの話』だ。妃からあまり多くの者に話すなと止められている」
「……王妃陛下が少しは冷静さをお持ちのようで安心しました」
その言葉とともに、私とギルベルトは定められた席に着くと、執務を開始した。
―――昔、昔の大昔、神々と契約を結び、奇跡の御業を行使出来る「魔女」と呼ばれる存在がいた、と古い伝承にはある。
しかし、それらは全てただの言い伝えにすぎない。
誰一人そのような力を確認した者もいなければ、そのような存在に会った者もいないのだから。
だから、私はルピアから聞いた彼女自身が「魔女」であるという話を、乙女の可愛らしい夢物語だと片付けた。