71 王妃の戸惑い 8
クリスタとたくさんの話をした日の夜、いつものように私の私室を訪ねてきたフェリクス様を、私はじっと見つめた。
すると、フェリクス様はどぎまぎした様子で尋ねてきた。
「ルピア、私に何か気になるところがあるのかな? 執務室からそのまま来たから、どこかおかしいだろうか」
それから、彼は髪を撫で付けたり、襟元の宝石が曲がっていないか確かめたりしていた。
その姿は、クリスタから聞いた口数が少なく、人付き合いが悪いという人物像とは重ならず、10年前の彼の延長線上にあると信じられるフェリクス様の仕草だった。
そのため、私はほっと安心して口を開く。
「今日は、クリスタが私を訪ねて来てくれたの」
私の言葉を聞いたフェリクス様は、驚いた様子を見せた。
「えっ、クリスタが? 君の部屋には誰も通さないよう指示していたのに、どうやって入り込んだんだ。ああ、何にせよ、あのおしゃべりは君に余計なことを言ったのだろう?」
それから、フェリクス様は気遣わしげな様子で、私の顔を覗き込んできた。
そのため、私は首を横に振ったけれど、それでも彼が心配そうに見つめてきたので、答えない方が心配になるのかもしれないと考えて返事をする。
「その……クリスタの目から見ると、この10年間でフェリクス様は変化したとのことだったわ」
「ああ!」
フェリクス様は呻くような声を出すと、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「そのことは、私自身でも自覚している。私は君以外の者の目にどう映ろうとも気にならなかったから、そして、君はずっと眠っていたから、この10年間、私は自分に無頓着だった」
そう言うと、彼は襟元を正すかのような仕草を見せた。
「見た目に気を遣わないでいることで、どんどん薄汚れていくことは承知している。そのため、君の目に私は見苦しく映るのかもしれないな。10年間、外見を整えることをサボっていたのに、君の目に映る私が少しでもよくなるよう、付け焼き刃で必死にカッコつけている……と、そういう話をクリスタはしたのだろう?」
「えっ。い、いいえ、そういう話ではなかったわ」
フェリクス様の発言内容とは異なり、私の目に映るフェリクス様は、万人が万人とも見惚れるような外見をしていた。
元々、顔のつくりは整っていたのだけれど、この10年の間に多くの経験を積んだことで人としての魅力が増した上、服の上からでも分かるほど均整の取れた体つきをしていたからだ。
着用している服だって、流行りのスタイルを取り入れたとても優雅なもので、国王という彼の立場をより引き立てる、素晴らしいものに思われた。
そのため、どうしてフェリクス様が自分の外見にマイナスのイメージを抱いたのかが全く分からなかったけれど……そもそもクリスタがしたのは、彼の外見の話ではなかった。
彼女が私にしたのは、今のフェリクス様は晩餐会を開かない、夜会に出ない、宰相が頼み込んだ必要最低限の謁見のさらに半分しか対応しない、という国王としての業務に関する苦情だったのだ。
クリスタからその話を聞いた時は、ただただ驚いたけれど、その後、改めて考えてみると、彼女はフェリクス様の妹という親しい間柄のため、兄の新しい政治スタイルを偽悪的に表現しただけではないかという気になった。
というのも、クリスタは政治的に困っているとの話はしなかったので、スターリング王国は現状のフェリクス様の対応の下で、きちんと機能しているはずだと思われたからだ。
つまり、王国が正しく回っているのであれば、フェリクス様は必要なラインを見極め、その上できちんと対応しているということだ。
そして、たとえば謁見相手を絞って対応することは、対応された相手に特別感を与えるので、手法として悪くないのだ……ただし、そのような対応は、フェリクス様が明らかに相手よりも上位に立っている、という条件の下でしか行えないのだけれど。
けれど、クリスタの話では、彼はゴニア王国とネリィレド王国を併合し、今や大陸一の大国の王ということだった。
そのため、フェリクス様は自分の意見を通すことができる環境を整えており、その環境を彼の希望に沿って上手く活用しているのだろう。
また、晩餐会や夜会についても、通常であれば、参加を希望する貴族たちが結託して圧力を掛けてくるため、王の意向にかかわらず、開催せずにはいられないはずなのだ。
それを避けることができているのは、貴族たちを抑え込むことができていることの表れであり、王の力が強まっているのだろう。
そんなことをつらつらと考えながら、ふと視線をやると、フェリクス様は未だ返事を待っている様子だった。
そのため、私は慌てて口を開く。
「あっ、その……私は昔から、フェリクス様の外見が好きだったわ。私の髪は白いから、初めて出会った頃の藍色一色の髪も、虹色の3色の髪も、どちらもとっても鮮やかで、美しいと思ったの」
正直な感想を漏らすと、フェリクス様はぱっと顔を輝かせた。
「そうか。一色の髪でも、君は受け入れてくれていたのか。……考えてみれば、君はまだ幼い時に私を選んでくれ、その時の私は一色の髪だったな。ルピアは本当に、私の全てを肯定してくれるのだね」
フェリクス様は照れた様子でそう言うと、話題を変えるかのように、準備が整ったので食事にしようと言い出した。
そのため、私は嬉しくなってにこりと微笑む。
なぜなら昨日から、食事の間だけはベッドから抜け出して、私室内のテーブルに着くことを許可されていたからだ。
フェリクス様の手を借りてベッドを降りると、彼はすかさず暖かいガウンを肩に掛けてくれた。
それから、フェリクス様は手を引いてテーブルまで案内してくれると、着席に合わせて椅子を動かしてくれる。
侍女や侍従の役割を完璧にこなすフェリクス様を見て、部屋の隅に控えていたミレナが呆れた表情を浮かべていた。
タイミングを逸してしまったため、晩餐会や夜会を開催しない話や、スターリング王国が大国になった話を尋ね損ねたけれど―――それらの質問を行うのは、今日でなくてもいいように思われた。
むしろ、きちんと部屋の外を出歩く許可が与えられ、色々な人から色々な話を聞けるようになってからの方がよいように思われる。
私はそう大きくもないテーブルに、フェリクス様と隣り合わせで座ると、フォークを手に取った。
最近では、それなりに食事量が増えてきたのだけれど、心配性のフェリクス様は一口でも多く食べさせようと手助けしたがり、私の近くに座ることが習慣になってしまったのだ。
そして、いつものように、もうこれ以上は食べられない、というところからさらに2口食べさせられた私は、フェリクス様に抱きかかえられてベッドに戻された。
よく分からない理屈だけれど、食後は食べた分だけ重くなっているので、歩くと足に負担がかかるとのことで、昨日も同じように抱えて運ばれたのだ。
その間にミレナは食器を引くと、部屋を退出していった。
けれど、ベッドに降ろすなり横たえさせてくれた昨日とは異なり、フェリクス様は自分もベッドの上に腰を下ろすと、彼の膝の上に私を座らせた。
「フェ、フェリクス様、私は食事をしたばかりで重いから……」
彼の言葉を借りると、食後の私は自分で歩けないほど重いらしいので、そんな私を膝に乗せたら大変だろうと思っての言葉だったけれど、フェリクス様は苦笑した。
「君は小鳥のように小食なのだから、羽のように軽いよ」
いつも読んでいただきありがとうございます!
ノベルの書下ろし部分について、ご意見をありがとうございました。
私の発想にない部分だったので、すごくありがたかったです。
参考にさせていただきます(*' ')*, ,)ペコリ






