66 王妃の戸惑い 3
フェリクス様の発言の真意が分からず、返事ができない私に対して、彼ははっとしたように目を瞬かせた。
「ルピア、すまない。君は目覚めたばかりだと言うのに、長々と話をして疲れさせてしまったね」
それから、彼はいつものように手を伸ばしてくると、私の額に大きな手のひらを当てた。
そして、発熱していないことを確認すると、ほっと溜息をつく。
「今日はこれまでにしておくが、……君の体調がよくなった暁には、私のこれまでの行動を1つ1つ説明する時間をもらえないか? それから、可能であれば、これからのことについて話をしたい」
フェリクス様は懇願するような表情でそう口にしたけれど、私の体調が万全ではないために心弱くなっているようで、彼の話を聞きたいとは思えなかった。
フェリクス様はきっと、嘘をつかないだろう。
だから、全てを正直に話してくれるのだろうけれど、その中に1つでも辛い話が入っていたら……この10年の間、彼が誰かと親しくしていただとか、別の女性に心魅かれたことがあっただとかの話が出てきたら、とても耐えられないと思ったからだ。
多分、私の悲しみ耐性は呆れるほどに低いのだ。
彼への思いを忘れ去ってしまったはずなのに、それでも、これほど彼に影響を受けるのだから、どうしようもないわね……。
私は自分の弱さに内心でため息をつくと返事をする。
「フェリクス様、あなたはずっと、何でも正直に話をしてくれたわ。それはあなたの美徳で、褒められるべきものだけれど……私の体調が万全ではないため心弱くなっているのか、あなたが話す真実のいくらかは、私に辛いかもしれないと思えるの。だから……できれば、まだしばらくの間、その話はしたくないわ」
私の言葉を聞いたフェリクス様は、悲しそうに顔を歪めた。
その様子を見て、ああ、私の弱さはどうしようもないわねと、自分が情けなくなる。
彼を傷付けるつもりはなかったのにと、思わず謝罪の言葉を口にしようとしたけれど、それより早くフェリクス様が口を開き、途切れ途切れの言葉を紡ぎ出した。
「……………………そうか。………そうだね。私の感情は重くて、執拗だから、……聞いた君は、苦しく感じるかもしれないね。ああ、確かに、私の感情を君に示したいと考えるのは、私の我儘だ」
彼の言葉を聞いた私は、ぱちぱちと瞬きする。
私の理解力が悪いのかもしれないけれど、やはりまた、彼の話と私の話はズレているように思われたからだ。
そして、以前はそのようなことはなかったのに、と考えたところで、その「以前」から10年もの月日が経っていることを改めて思い出した。
……ああ、そうだわ。私はただ眠っていただけだけれど、その間にフェリクス様は10年分の経験をして、10年分成長したのだったわ。
私が知っていた頃の彼の考えと、同じものを持ち続けているはずもないのだから、ズレが生じるのは当然のことなのだ。
私はじっとフェリクス様を見つめる。
滅多にないほど端正な顔立ちに、人としての深みが加わった、とても魅力的な顔を。
……ああ、間違いなく彼を目にした10人のうち、10人全員がフェリクス様を「魅力的」と評するだろう。
彼はそんな風に一目で人を引き付ける外見をしているのに、さらに、10年間眠り続けていた妻に気遣いを見せる優しさを持っていて、その上、一国の王なのだ。
多くの女性たちが、彼に魅かれるのは間違いないだろう。
「ごめんなさい。やっぱり、これまでのあなたの話は聞きたくないわ」
気付いた時には、思わずそう口にしていた。
間違いなく、フェリクス様のことを好きな女性の話がたくさん出てきそうな気がしたため、聞きたくないと思ったのだ。
すると、フェリクス様は焦った様子で口を開いた。
「では、何か別の話をしよう。できれば君の興味を引く話題で、楽しいものを! 少しの時間でもいいから、毎日! ああ、頼むから断らないでくれ。どうか私に、君と過ごす時間を持たせてほしい」
そう熱心に言われたけれど……。
眠る前の彼は18歳だったから、今は28歳になっているはずだ。
フェリクス様と結婚した時の私は17歳で、年上だったというのに、今となっては11歳も年下になってしまっている。
10年以上もの経験差がついてしまったのだから、彼にとって私は未熟で、色々と足りてないように見えるはずだ。
「……私と話をしても、面白くないと思うわ」
だから、正直な感想を告げた。
28歳のフェリクス様からしたら、17歳の―――しかも眠り続けていたため、10年前の話題しか提供できない私の話など、全く面白くないに違いないと思ったからだ。
それなのに、フェリクス様は必死な様子で言葉を続けてくる。
「もちろん、面白いに決まっている! ねえ、ルピア。君は慈悲深かったはずだ。その慈心をわずかでいいから、時間として私に分けてくれないか」
そんな彼を見て、小首を傾げる。
どの道、私はしばらくベッドから動けないのだから、暇を持て余すに決まっている。
だから、私のところにフェリクス様が来てくれるならば、私はもちろん歓迎するけれど、問題なのは彼の時間が無駄になることなのだ。
以前だって、フェリクス様とは朝食の時間しか会えない日が多かったのだから、王である彼が忙しいことは明白だろう。
だから、なぜ彼がこれほど熱心に、私との会話を望んでいるのか理解できなかったけれど、いずれにせよ何度か話をしてつまらないと思ったら、自然と訪れは減っていくだろうと考える。
「そうですね。では、フェリクス様のお時間が許されるのであれば、いつだって私の部屋をお好きに訪れてもらって構わないわ」
逆を返せば、『忙しい』との言い訳をすれば、私への訪れを止めることに問題はない、ということだったのだけれど、彼は裏の言葉に気付いていない様子で、ぱっと顔を輝かせた。
「ルピア、ありがとう! では、急いで政務に行ってくる。そうして、急ぎのものを終わらせたら、午後には1度、顔を出すからね!」
そのどこまでも嬉しそうなフェリクス様の様子を見て、私はもう一度、小首を傾げる。
以前の彼は、裏の言葉に気付かないことなどない、隙を見せないタイプだと思っていたけれど。
それなのに、なぜだか今の彼は、私の言葉を額面通り受け取るし、無条件に私を信じているように思われる。
一体、フェリクス様はどうしてしまったのかしら、と私は心底疑問を覚えたのだった。






