56 大国からの訪問客 3
ルピアの寝室に足を踏み入れた瞬間、それまで均一だったアスター公爵の歩みが乱れた。
公爵は寝台の上のルピアを見て眉を寄せると、つと視線を逸らして、ルピアの隣に寝そべっている聖獣に顔を向ける。
恐らくルピアと対面する前に、一拍置きたかったのだろう。
「お久しぶりだね、バド。うちのお姫様は、なかなかに頑張り屋だと思わないかい。2年間眠り続けたすぐ後に、もう1度眠ろうとするなんて。体力が残っていればいいのだが」
「そもそもなぜルピアが頑張り屋にならなければならなかったのかが問題だね。何ともまあ、すぐに死にかける王だよね」
「…………」
アスター公爵を見ていて、誰かに似ていると思っていたが、ここにきて私は答えを手にした。
つまり、聖獣だ。公爵と聖獣は同じような性質を持ち合わせているのだ。
双方ともに洞察力があり、現実主義者の皮肉屋だ。
そのため、同質の2人がそろうと、永遠に気に食わない者の―――つまり、私の悪口を言い続けることになりそうだった。
全くごもっともだとは思うものの、ルピアの耳に悪い言葉を聞かせたくなかったため、早々に公爵と聖獣の話に割り込むことにする。
「聖獣様、いつもありがとうございます。アスター公爵、ルピアに顔を見せてやってくれ」
すると、聖獣は寝台から降りて、公爵のために場所を開けた。
アスター公爵はゆっくりと近付いていくと、ルピアの枕元で歩みを止め、じっと彼女を見下ろした。
しばらく黙って見つめていたけれど、ぽたりと大粒の涙が公爵の目から零れ落ちる。
しかし、公爵は自分が泣いていることにも気付いていない様子で、一心にルピアを見つめると、困ったように眉を下げた。
「……久しぶりだね、ルピア。君が身代わりで眠っているところを初めて見たけれど、想像よりも痛々しいね。顔色は悪いし、痩せ細っているし、酷いものだ。僕は君との2年間を失ったが、またもや数年間、僕を置いていく気かい? ……酷いものだ」
それから、公爵はルピアの手を握ると、彼女の額に自分の額をくっつけた。
「ルピア、君が選んだ道だから、僕は受け入れるしかないが、待つ身は辛い。早く元気になって、戻っておいで。……ルピア、愛しているよ」
最後は小さな声でルピアに囁くと、公爵は額を離し、上半身を起こした。
公爵はそのまましばらくルピアの様子を眺めていたけれど、気持ちを切り替えるかのようにつと視線を逸らした。
それから、公爵は私に視線を向けると、尋ねるように片方の眉を上げた。
「なぜ君が泣いている?」
そう言われて、確認するために片手を頬に当てると、確かに涙が流れていた。
「……アスター公爵がルピアに愛を与えてくれた姿を見て、感動したのだ。公爵、すまなかった」
「何がだ?」
「私は君に嫉妬していた。見目麗しく立派な君がルピアの側にいて、彼女と親しくしていたのかと思うと、苦しさを覚えたのだ。だが、今はそんな自分を恥じている。君がルピアを大事に思うことで、彼女は幸せだったのに、その幸せにケチをつけるような邪な思いを抱いてすまなかった」
自分の素直な思いを表現したためか、公爵の呼び方がくだけたものになっていたが、その時の私は気付いていなかった。
また、公爵からしたら、私の発した言葉の内容の方が気になったようで、そのことについて感想を漏らされた。
「……君は素直だな。だが、王としてはいかがなものか」
「王として対応する時は、私だってもう少し気を張り詰めて、それらしい振る舞いをする。だが、君はルピアの従兄だ。王の仮面を被らずに、話をしたい」
そう言うと、私は公爵に対して頭を下げた。
王という立場上、多くの者が居並ぶ場所で頭を下げることは許されないが、ここは私室で、他に耳目はなかったからだ。
「アスター公爵、申し訳なかった。私はルピアへの対応を間違った」
「…………」
公爵は返事をしなかったが、私は言うべきことを口にする。
「申し訳ないが、私の過ちの詳細は説明しない。私はまずルピアに対して1つ1つ謝罪をしたいし、彼女のいないところで彼女への不当な仕打ちを話すことは、ルピアを辱める可能性があるからだ」
「……ああ」
公爵は相槌なのか、同意なのか不明な返事をした。
だが、それでいいと思った私は、顔を上げると公爵に要望する。
「君は私を許さないと言ったが、それが正解だ。君は私を生涯許さずに、いつまでもルピアの味方でいてくれ」
公爵は理解できないとばかりに、眉根を寄せた。
それから、ぽつりと零す。
「……僕はしつこいよ」
「その方がいい」
ルピアは私に遠慮して、言葉を飲み込むところがある。
だとしたら、歯に衣着せぬ第三者がルピアの味方になって、彼女の代わりに私を糾弾し続けてほしいと考えて、私はそう返事をした。
その後は、ルピアの寝室内にあるソファに座って、公爵から長々と皮肉と説教をたまわった。
―――ソファは寝台から離れていたため、ルピアに耳障りな言葉は届かなかったと信じたい。
途中からは聖獣も加わったが、それらのご高説は全てごもっともだったため、頷きながら聞いていた。
ありがたいことだと思いながら。
彼らはどこまでもルピアの味方だ。
だからこそ、彼女への対応を間違った私を切り捨ててもいいのに、見放さないでいてくれる。
それは、彼らの本質が優しいことに加え、他ならぬルピアが私を選んでくれたおかげだろう。
私は結局、ルピアに助けられているのだ。
公爵は1週間滞在した後に、母国へ戻っていった。
しかし、ディアブロ王国へ戻る直前に、ぼそりと不穏な言葉を呟いた。
「ルピアをディアブロ王国に連れ戻す計画はどうしたものか」
そのため、私は一瞬にして青ざめると、そんな計画は根本から見直してくれるよう訴えた。
どうかルピアを私から取り上げないでほしいと。
彼はとうとうと訴える私の言葉を黙って聞いていた後、一言だけ口にした。
「僕は君が大嫌いだが、ルピアを預けていくよ」
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