50 後悔 11
テオは急いで駆け付けてきたのか、橙色の髪の一部がはねていた。
しかし、服装はきちんとしていて、案内してきた侍従に促されると、私と向い合せになる形で椅子に座った。
最後にテオに会ったのは戦場で、それはほんの3か月ほど前だというのに、随分久しぶりに彼の姿を目にした気持ちになる。
「久しぶりだな、テオ」
普段通りの声で話しかけると、テオは痛ましそうな表情をした。
「王妃陛下のご病状は噂で聞いています。一日も早いご回復を、心からお祈りいたします」
ルピアが魔女である事実は伏せているため、世間に出回っている噂はルピアが私の毒を吸い出し、その身に受けたというものだろう。
今では国中が、その話題で持ち切りらしい。
王の命を救った勇敢で健気な、しかし、そのことによって命を落としかけている悲劇の王妃の話で。
「ああ……妃のおかげで、私は一命を取り留めた。彼女には感謝してもしきれない」
言葉にしたことで、ルピアの姿が脳裏に浮かぶ。
私の身代わりとなり、寝台の上で苦しんでいる彼女の姿が。
私は膝の上で拳を握りしめると、テオを見つめた。
「ところで、君を呼び寄せたのは、聞きたいことがあるからだ」
静かな声でそう言うと、テオは分かっているといった様子で頷いた。
「このような状況下でわざわざお時間を取られ、確認されるのですから、陛下にとって非常に重要な案件ですね。もちろん、何でもお答えします」
テオの発言を受け、ギルベルトが許可を取るように私を見つめてきた。
「陛下、ここから先は私が質問してもよろしいでしょうか」
「……ああ、構わない」
テオへの確認をギルベルトが行うことは、前もって聞かされていた話だったため了承する。
すると、ギルベルトはテオを真っすぐ見つめ、単刀直入に質問した。
「テオ、質問内容は非常に明快だ。戦場にて陛下が『虹の女神』に救われたと君は証言したが、兵士たちに確認を取った結果、その内容が虚偽であったことが確認された。聞きたいのは、なぜそのような偽証を口にしたのかということだ」
「えっ」
テオはまさかそのような質問を受けるとは思っていなかったようで、動揺した様子で目をしばたたかせた。
それから、気にするように私を見ると、言いにくい様子で口を開いた。
「それは、……戦場の士気を上げるためです。陛下が怪我を負い、崖から落ちた姿を多くの者が見ていましたが、私が発見した陛下は傷一つない状態でした。あの瞬間、これは奇跡だと思いましたし、兵士たちも興奮したように奇跡だと叫んでいました」
テオはその時のことを思い出しているのか、頬を紅潮させて興奮した様子で続けた。
「目覚められた陛下自身も傷がないと驚かれていたので、その時に、陛下も傷が消えた理由をご存じないのだと気付きました。そうであれば、『女神の加護』だと公言し、戦場の士気を上げるのが上策だと考えました。そして、実際にそのおかげで兵士たちは士気を鼓舞され、普段以上の力を出して戦争に勝てたのです!」
テオの表情に悪びれたところはなく、自らの行為に問題があるとは考えていないようだった。
そのため、ギルベルトが普段よりも強めの声を出した。
「結果が満足いくものだったとしても、それで過程の不備が許されるものではない! 王が真偽を確認した際、君は女神が王を治癒する場面を目撃し、さらにはお言葉を賜ったと証言したな? 王に対して虚偽を述べたのだ!」
テオは慌てたように両手を上げた。
「そ、そんなつもりは毛頭ありません! 僕は国のためを思って行動したのです」
ギルベルトとテオの思考にはズレがあった。
ギルベルトはいかなる理由があっても王に虚偽を述べるべきではないと言っており、テオは国のためを思っての行動であるならば例外的に許されると言っている。
ギルベルトが厳しい声で続ける。
「テオ、スターリング王国の行き先を決められるのは王だけだ。そして、正しい情報が揃わねば、正しい判断はできない。なるほど、もしかしたら君の偽証内容は戦争にプラスに働いたかもしれないが、他の場面における王の決断に、それ以上のマイナスの作用を与えたかもしれない」
「え……」
そのような可能性を想像もしなかったようで、テオは心底驚いたように目を見開いた。
その表情を見て、これまでのテオの言動を思い出す。
―――テオは決して、悪い奴ではないのだ。
ただ、その若さゆえに、考えが甘いだけで。
経験が不足しており、その限られた経験の中でしか物事を判断できない。
加えて、ギルベルトと異なり、追い込まれた時には自らの保身に走る傾向がある。
テオのそのような性格は元から承知していたし、これまで許容できていたのだが……自分が正しいと思う方向に物事を進めるため、私に虚言を吐くとは思わなかった。
「…………」
テオに対して感じる己の心の動きを見つめると、私は軽く頭を振った。
そして、過去の私は愚かだったのだな、と改めて気が付いた。
常識を優先させ、友人だと考えていたテオの言葉を無条件に信じ、ルピアの『魔女である』という言葉を信じなかったのだから。
―――今ならわかる。
もしも私がどれほど荒唐無稽なことを言ったとしても、きっとルピアは信じてくれただろう。
ルピアにとって、人を愛することは、無条件に信じることだったのだ。
そして、そのような彼女に対して、私も同じものを返してしかるべきだった。
なぜ彼女の一言一言を、乙女の夢見がちな発言だと考え、本気で取り合わなかったのかと、これまでの自分の愚かしさを嘲笑いたくなる。
そして、ルピアと話をしたいなと、無性に思った。
あのどこまでも綺麗で、美しいものだけで構成されたルピアの世界に包まれたいと。
片手で顔を覆って俯いていると、引き続きテオを糾弾するギルベルトの声が聞こえた。






