49 後悔 10
再びルピアをミレナと侍医―――そして、聖獣バドに任せると、私は執務室に向かった。
そこでギルベルトを伴い、一番近い応接室に入る。
合図をしたら、まずはテオを呼び込むよう侍従に指示した後、私は椅子に座った。
ギルベルトを近くに座らせ、考えをまとめるために、横を向いて窓の外の景色を眺める。
雲が風に流れていく様子を目にしながら、これからの時間は決して楽しいものにならないだろうと覚悟した。
ふと目に入った橙色の花が、同色の髪色を持つテオを思い出させ、彼との思い出を呼び覚ます。
―――元々、知り合ったのはアナイスの方が先だった。
3色の虹色髪を持つアナイスは、幼い頃から様々な国家行事に参加していたため、そこに私が同席することも多かったからだ。
そんなアナイスに、時々テオは付いてきていたのだが、初めは彼女の兄だと思わなかった。
テオはいつだって腰が低い様子で、まるで従僕のように何くれと妹の面倒を見ていたからだ。
そのため、アナイスから兄だと紹介された時は、驚きを顔に表さないようにするのに苦労した。
バルテレミー子爵家の者だったのか、それにしてもよく妹の面倒を見るものだな、と驚いた記憶が残っていたためか、アカデミーの同じクラスで彼を見つけた時は懐かしい気持ちになった。
テオは陽気で、一緒にいるのが楽しい相手だった。
加えて、彼は生来面倒見の良いタイプらしく、さり気なく学園で私の世話を焼いてくれた。
ランチタイムに食堂の席を確保してくれたり、私の側に集まってきた女生徒の一群を解散させてくれたりしたのだ。
テオはまた、自分の損得を考えて行動するタイプにも、底意があるタイプにも見えなかった。
それは学園でともに過ごした時も、卒業した後も変わらず、私に便宜を図るよう依頼してきたことは一度もなかった。
そのため、彼が私を謀ろうとしている、あるいは、王の立場に伴う恩恵に与ろうとしていると考えたことは一度もなかったのだが……。
―――戦場にて、私が虹の女神に救われたと彼が語った話は、虚偽に違いない。
にもかかわらず、彼は私に直接、その旨を証言したのだ。
私に見る目がなかったのか、それとも、テオの虚言には理由があるのか。
はあとため息を一つ零すと、そのことを聞きとがめたギルベルトが、気まずそうに咳払いをした。
それから、言いにくそうに口を開く。
「陛下、……私を降爵してください」
彼の発言は想定の範囲内であったため、驚くことはなかったが、理由を尋ねるために視線をやる。
すると、ギルベルトは青白い顔で私を真っすぐ見つめたまま、緊張した様子で言葉を続けた。
「王妃陛下に対して数々の不敬を行った身なれば、宰相の地位を辞するのが筋だと思いますが、……宰相の地位には大きな力が伴います」
「ああ」
ギルベルトの発した言葉は、全てその通りだと思ったため肯定する。
ギルベルトは神妙な顔で私の返事を受け止めると、言葉を続けた。
「思い上がった発言をお許しいただけるのであれば、私以上に宰相職を適切に務めることができる者は他にいないと自負しております。先ほど王は、王妃陛下が暮らしやすい国を整えると言われました。そのお手伝いをさせていただきたく、王妃陛下が目覚められるまでの間、宰相職を私にお預けいただければと思います」
つまり、ルピアが目覚めたならば、その時には宰相を降りると、ギルベルトは言っているのだ。
彼には色々な欠点があるが、仕事に関しては文句なしに有能で、他の追随を許さないのは事実だ。
一本気なところのあるギルベルトは、今後、全力でルピアのために国を改善していき、彼女が目覚めたら宰相職を辞すつもりなのだろう。
それは、ギルベルトらしい責任の取り方だと思った。
「ただし、他の者への見せしめのため、私が無傷というわけにはいきません。その意味では、降爵していただくのが一番分かりやすい形かと思われます。宰相職であるために爵位が必要ですので、男爵位を残していただければありがたいのですが」
5つある貴族の爵位のうち、侯爵位は上から2番目で、男爵位は1番下だ。
その権力差は天と地ほどもあるだろう。
「……男爵家になったとしたら、ミレナの嫁ぎ先の家格が下がるのではないか」
「私が責任を持って、ミレナには立派な相手を探してきます」
ミレナのことも考えろと示唆したが、さらりと返事をされる。
私は呆れた表情でギルベルトを見やった。
「……どうかな。お前は王宮の謀りごとは得意だが、貴族家間の絆作りは弱いだろう」
「…………」
私の言葉通りのため黙り込むギルベルトに、私は昔話を始めた。
「……ギルベルト、3年ほど前の話だ。私が王になることが決まった時、『王の理想の国を造る手伝いをしたい』と、お前は言ったな。私の理想は『正しい国』で、そのためには『正しい手順』が必要だと答えた」
「覚えております」
ギルベルトは真っすぐ私を見つめたまま返事をした。
「王妃が……何の瑕疵もない妃が、これほど尊重されない国は『正しい国』と言えないな。基準はルピアだ。彼女が目覚めた時、誰もが彼女を敬うような国を、私は造ろうと思う。前回、ルピアは2年で目覚めた。そのことから類推するに、恐らく時間は数年しかない。そのため、必ずしも正しい手順は必要ない。取るべきは、事を成すために必要な手順だ」
私の言いたいことを、ギルベルトは理解したようだった。
無言で頷く宰相に、重ねて尋ねる。
「それで? 先ほどお前を下がらせてからわずかな時間しか経っていないが、その間にお前は何を掴んだ?」
私の質問を正しく理解したギルベルトは、誤魔化すことなく入手した情報を口にする。
「2年前に崖から落下した陛下を発見したのはテオですが、その際、彼に同行していた兵士たちを探し出しました。兵士は10名おりまして、そのうち7名から証言を得ました。彼らが陛下を発見した際、陛下の服は血で汚れていましたが、その御体には既に傷一つなかったとのことです。重ねて確認しましたが、女神のお姿は誰一人目にしていないとのことでした」
「そうか……」
やはりテオの言葉は虚言だったのか。
私は何とも言えない気持ちになって、ちらりとギルベルトを見やる。
「有能だな、ギルベルト。にもかかわらず、なぜ尋ねられるまで、私に調査結果を報告しなかった」
「王が直接テオに確認すべき内容だとは、考えませんでしたので」
さらりと答えるギルベルトに、私はため息をついた。
「そうか、お前自身がテオを追い詰め、引導を渡すつもりだったのか」
昔から、ギルベルトはこうだった。
でき得る限り、私が憎まれ役を引き受けることを回避しようとするのだ。
彼自身が宰相という、多くの政敵と足を引っ張り合う立場に身を置きながら、自らが汚れることを厭わず、必ず私の盾になる。
「お前の言葉通り、お前ほど宰相職に適した者はいないだろうな。誰だってもっと、自らが汚れることを厭うものだ」
反論の言葉こそなかったが、ギルベルトは承服しかねるという顔をした。
彼自身は宰相が王宮の暗部を何もかも引き受けるべきだと考えており、そのように行動しているからだ。
私はそんなギルベルトに苦笑した。
「私にはお前が必要だ。そして、降爵すれば、お前を侮る者が出てきて、政務の能率が落ちるだろう。いや、お前を降爵しない。降爵し、宰相職を辞してしまえば、それでお前の断罪が終了したことになるからな」
私はきっぱりと言い切った。
「お前はまだ、己がルピアに何をしたのかを、正確には理解していない。お前はもっとルピアと自分の罪を理解すべきだ。そして、目覚めたルピアに罵られ、彼女自身から処罰を言い渡されるべきだ。いくら妃が優しいといっても、お前の罪は酷過ぎるから、降爵と失職くらいで済むと思うなよ」
私にも当てはまることだが、罪を犯した者が自らの罰を決めてはいけない。
それは、被害を被った者から与えられるべきなのだ。
―――とそう、私が考えることができるのは、ギルベルトが悔いていて、もうこれ以上ルピアに害をなさないことを信じられるからだろう。
だからこそ、私は彼の反省と成長を待つ気持ちになれるのだ。
ギルベルトは深く頭を下げた。
「王のお言葉、謹んでお受けいたします。……加えて、時限的に権限を維持することをお見逃しいただきましたこと、心より感謝いたします」
ギルベルトがルピアのためにできることをしたい、と発言したのは本気だろう。
そのため、彼が降爵することなく、完全なるパフォーマンスを発揮できる立場を維持できることに感謝の言葉を述べたのだ。
私はギルベルトを確認するように見た。
「……では、対決するか?」
ギルベルトが頷いたのを見た私は、侍従に視線を送る。
すると、侍従がテオを部屋に招き入れた。






