46 後悔 7
―――ルピアの手紙に打ちのめされた私は、その後、ほとんど公務を行うことなく妃の元に戻った。
その際、ギルベルトを連行してきた。
『王妃陛下に顔向けができない』との理由で、これまでルピアの部屋に近付くことを固辞してきたギルベルトだったが、そもそも眠り続けているルピアに対し、顔向けできるほど近付けさせるはずもない。淑女は夫以外に寝顔を見せないのだから。
寝室に続く居室にギルベルトを招き入れ、ミレナを呼ぶ。
入室してきたミレナは兄の姿を認めると、目に見えて分かるほど顔を強張らせた。
ギルベルトは既にボロ雑巾のようにくたびれ果てていたが、ミレナはそんな兄の姿を見ても全く同情心が湧かないようだった。
その様子を見て、これまでギルベルトがルピアに物凄く酷いことをしたのではないかと心配になる。
私はギルベルトとミレナを椅子に座らせると、口を開いた。
「ミレナ、ルピアが倒れて以降の私は、彼女以外に目を向ける余裕がなかった。もちろん彼女は未だ予断を許さない状態のため、今後も彼女に付いているが、それだけでは不十分なことに気付いたのだ。ルピアが目覚めた時のために、彼女に快適な環境を整える必要があるからだ」
ミレナは「はい」と返事をしたが、その表情は友好的と言えなかった。
これまでミレナの言動にあまり注意を払っていなかったが、どうやら彼女は私のこともそれほど好意的には捉えていないようだ。
ルピアの一の侍女がそう感じているとしたら、これまでの私はルピアの夫として、明らかに不足が多かったのだろう。
思い当たることしかないので、きちんと言葉で表明する。
「……お前から見ると、未だ反省が足りていないかもしれないが、私は自分がルピアに対して不平等で不親切だったことを自覚しているし、二度と繰り返さないと心に決めている。だが、ルピアの環境を整えるためには、私だけが改善しても不十分だ。そのため、周りの者も正していくつもりでいる。手始めに宰相に確認したが、ルピアに対する態度は酷いものだった。その件について、お前に尋ねたい」
ミレナは無言だったが、何を聞きたいのかとばかりに目つきを鋭くした。
私は咳払いをすると話を続ける。
「ギルベルトが私は……その、側妃を迎える予定だとルピアに話をしたそうだが、……ルピアはその話を信じていたか?」
彼女は私に一度も、側妃について確認しなかった。
そのため、もしかしたらルピアはギルベルトの話など、最初から信じていなかったのではないかとの希望的観測を抱いたのだ。
しかし、希望的観測は得てして外れるものだと相場が決まっている。
果たして、ミレナは下劣な者を見るような目で兄を見やった。
「我が兄は腐っていますが、宰相ですからね。地位に基づく信頼性の高さを利用して、宰相として話をしたのですから、ルピア様が信じないはずはありません」
ルピア様は常識ある王妃陛下ですからと続けるミレナを前に、ギルベルトは蛙が潰れたような声を出した。
「ぐえっ」
私は落ち着くために、震える手でゆっくりと口元を撫でると、もう一度同じ質問を繰り返した。
「ルピアは……信じたのか?」
「……ルピア様の御心はルピア様のものなので、私はあくまで推察することしかできませんが、お気持ちが揺れていたように見受けられました。宰相が口にするのならば事実に違いないと思われる一方で、国王陛下がそのことに触れられないのならば、王の望みは異なるのかもしれないと、お心が定まらない様子でした」
「ああ……」
私は両手で顔を覆った。
ルピアは妊娠していたのに、不安な日々を過ごしていたのだ。
恐らく、私が別の女性を娶るとの話は、子どもの父親が別にいると誤解したことと同じくらいの悲しみを、ルピアに与えたに違いない。
私はそろそろルピアが何も……不平や不満といったマイナスの話は、一切共有しないことを覚えなければいけないと自分に言い聞かせる。
ルピアはいつだって、こんなに楽しいことがあったのだと笑って話をしてくれたから、彼女の毎日は楽しいことで溢れていると、勘違いをしていたのだ。
もちろん嫌なことや、辛いこともあったはずだ。
『虹の女神』の信奉者がルピアに無礼な振る舞いをしたとの報告を受け、彼らを粛清したこともあったのだから、いつだって笑っているルピアの心の裡を考えてみるべきだったのだ。
過去の行いを顧みて深く反省していると、ミレナの声が聞こえた。
「そのような中、ビアージョ騎士団総長も悪気なく、『虹の乙女』を側妃として薦められるし……」
「ビアージョもだと!?」
弾かれたように、項垂れていた顔を上げる。
次々に発覚する新たなルピアの仮想敵に、私は信じられない思いだった。
なぜ私が信頼する者たちが、誰もかれもルピアに辛く当たっているのだ!
ミレナはそこで言葉を切ると、胸の中で荒れ狂っている激しい感情を抑えつけるかのように大きく息を吐いた。
それから、はっきりと私を睨みつけてきた。
「少なくとも、ルピア様が身代わりになる直前には、ご側妃のことを信じていらっしゃいましたわ。事実ですから」
「事実?」
きっぱりと断言したミレナに、一体彼女は何を言っているのだと不審に思って眉を寄せると、とぼけていると思われたようで、彼女はかっとしたように攻撃的な声を出した。
「ルピア様が身代わりになられた日の午前中、アナイス嬢が訪ねてこられましたわ! 彼女ははっきりと言いました。『たった今、私が側妃としてフェリクス王のもとに上がることが、選定会議で認められました』と。ですから、今後とも仲良くしてくださいと、ルピア妃に宣戦布告をしていったのです!!」
「……………………………………は?」
私は心の底から驚いた。
そのため、これ以上はないというほど目と口を大きく開いて、間抜け面を晒す。
ギルベルトも同様で、私以上に驚愕した表情を浮かべると、椅子から転げ落ちていた。
そんな私たちを、ミレナはこれ以上ないというほど鋭い目つきで睨みつけてきた。






