42 後悔 3
ルピアが倒れた日から、聖獣との奇妙な共同生活が始まった。
聖獣は基本的に、一日中ルピアの側にくっついていた。
当然のことだが、私が気に入らないようで、一度も口を開くことはない。
私の方も寝台の側に置いた椅子に座り、一心にルピアの世話を焼いていたため、聖獣に気を遣う余裕がなかった。
そのため、同じ部屋にいながらも、互いに相手に関知することなく過ごしていたのだが、一方では、聖獣はミレナに対して優しい態度を見せ、私との差を見せつけた。
どうやら聖獣は、ミレナを気に入っているようだ。
そのミレナも、私がルピアの寝室で生活を始めた時には、必死になって私を追い出そうとした。
「出て行ってください! ルピア様はご自分が苦しむお姿を、国王陛下に見られたくないはずです! 意識を失う直前に、陛下の腕の中で微笑んだお姿だけを、目にしてほしかったはずですわ」
何を根拠にしているのか不明だが、そのように主張して、私を追い出しにかかったのだ。
ミレナは私の乳姉弟で、これまで私に仕えてくれていたはずだが、いつの間にかルピアを最優先するようになっており、彼女を守るためなら私ですら邪魔者に思われるようだった。
短期間でここまでミレナを心酔させたルピアの魅力を誇らしく思うとともに、ミレナが一心にルピアに仕えていることをありがたく感じる。
しかし、それはそれとして、ここで追い払われるわけにいかないと、ミレナに対してきっぱりと主張した。
「それでは、私は砂糖菓子のように可愛らしい彼女だけを、覚えておけばいいのか? 実際には、これほど私のために苦しんでいるというのに、その姿から目を背けろと? 違うだろう。もしも私が苦悶に歪む彼女の表情を見て、想いが減少すると思われたのなら、ありえない話だ。これほど苦しむことが分かっていながら、もう一度私の身代わりを引き受けてくれたルピアをより深く尊敬して、愛するだけだろう」
黙り込むミレナに、理解してもらうための言葉を重ねる。
「ミレナ、私はこの部屋にいなければいけない。そして、彼女が何を引き受けてくれたのかを、理解しなければいけない」
私の言葉は、ミレナに届いたようだった。
不満がありながらも納得した様子を見せるミレナに、私は手助けを依頼した。
「私はこれまで、人の世話をしたことがない。そのため、最初のうちは、さぞ手際が悪いことだろう。だが、剣の稽古にしろ、マナーの授業にしろ、2度注意されることはなかったから、教えられれば繰り返すことはない。少しでも気になることがあれば、ルピアのためだと思って指摘してくれ」
そして、ミレナに一から教わりながら、聖獣とともにルピアの部屋で暮らす生活が始まった。
初めのうちは、四六時中苦しむ様子のルピアに、このままどうにかなってしまうのではないかと恐怖を覚えた。
彼女の細い体はいつだって熱を持っており、そうかと思えば、すぐに氷のように冷たくなる。
夜は夜で、すぐに急変するので、私が目を離した途端に彼女が儚くなってしまうのではないかとの恐怖に襲われた。
そのため、私は寝台の側の椅子に、一日中座っていた。
席を立つのは、トイレと体を清める時くらいで、食事も睡眠もその椅子で取った。
とはいっても、ほとんど眠ることはなく、夜の時間の多くは、暗闇の中でただ彼女を見つめていた。
そして、苦しそうな様子ではあるけれども、息をしているルピアを見て感謝する。
彼女が生きてくれていることに。
その時には、私も『身代わり』の残酷さを理解していた。
―――この奇跡の力には、死による解放がないのだと。
通常であれば、耐えられない痛みや苦しみが襲ったとしても、限界を超えた時に「死」が全てを奪い去っていくだろう。
しかし、ルピアにはそれがなかった。
繰り返し、繰り返し、苦しむだけだ。
そして、息も絶え絶えな様子で苦しむ彼女を目にしながらも、生きていてくれて良かったと、私は安堵しているのだ。
それは、とても残酷なことだった。
―――そのことを理解しながらも、私はルピアを信じなければいけないと、強く自分に言い聞かせる。
苦しむルピアから目を逸らしてはいけない。
彼女は決して苦しみから逃げ出す気持ちがないことを理解して、彼女の優しい思いと凛とした強さを尊重して、目覚める日を待つべきだ。
そんな風に過ごしていたある日、ルピアが初めて言葉らしきものをつぶやいた。
夢を見ているのか、苦し気な呼吸の間から、途切れ途切れに何事かをつぶやく。
私は素早く彼女の枕元に駆け付けると、両手で彼女の片手を握りしめた。
そして、必死になって耳をそばだてると、彼女の言葉を聞き取ろうとする。
なぜならそれがどのようなものであれ、彼女が口にした内容を叶えたいと思ったからだ。
彼女の声は小さくて、集中して耳を澄ましていなければ、消えていくようなものだった。
「……ま、………リクスさま…………わたしが助け…………」
彼女はたったそれだけの言葉を口にすることで体力を使い果たしたようで、握っていなかった方の手が中空をさまよった後に、ぱたりと寝具の上に落ちた。
そして、そのまますーすーと寝息を立て始めた。
―――どんな間抜けでも分かる。
彼女が呟いたのは、私の名前だ。
彼女は私の夢を見ていて、私を心配しているのだ。
「……私は君に助けられたよ。私は大丈夫だ」
握っていた彼女の手に額を押し当てると、届かない言葉を繰り返しつぶやく。
彼女は目を瞑ったまま、微動だにしなかった。
眠っている彼女は年齢よりも幼く、あどけなく見えた。そして、心配になるほど痩せていた。
その姿を見て、詰めていた息を吐く。
―――ああ、私は無力だ。
王であるのに、彼女を守り庇護すべき夫であるのに、彼女のために何もできない。
ルピアは一人で苦しむしかないのだ。
彼女の苦しみを和らげるため、私は何一つ手助けできないのだから。
私にできることは、ただ―――ルピアの手を握り、彼女の苦しむ様子を見ていることだけだった。






