31 誤解 4
その日の夜、私は翌朝までかかってフェリクス様への手紙を書いた。
彼を前にすると、いつだって言葉に詰まり、上手く説明できないけれど、手紙であれば順を追って丁寧に説明できると考えたからだ。
フェリクス様に出会った7歳の時のこと、フェリクス様の夢を少しずつ見続けたこと、虹をかけると体調を崩すこと……ひとつずつ丁寧に記していくことで、私はこれまでとても多くのことを、彼に告げていなかったことに気が付いた。
私がどれだけ彼を好きなのかを知られることが恥ずかしく、好意を押し付けることになるのではないかという心配から、そして、「虹の女神」の祝福だと思っていたものが私の魔法だと知ったらがっかりするだろうとの思いから、彼には何も知らせていなかったのだから。
これほど何も説明せずに、「私は魔女です」とだけ告げて、なぜ信じてもらえると思ったのかしらと、自分自身に呆れてしまう。
ため息とともに彼への手紙を書き終えた後、私は次に、母国宛ての手紙をしたためた。
内容は、私が魔女であることを的確に説明できる者を寄越してほしいというものだった。
昨日、フェリクス様の苦しそうな様子を見て、私は改めて気が付いたのだ。
彼に誤解させていることで、彼自身まで苦しめているのだということを。
そのため、あらゆる手段を使って、できるだけ早く誤解を解こうと決心した。
そして、一晩かけて手紙を書き上げたのだけれど……。
自分だけが苦しんでいると思っていた間は、うずくまっていて何もできなかったというのに、フェリクス様のために何とかしなければと考えた途端、軽々と体が動いたことに苦笑する。
ああ、いつだって私に力を与えてくれるのは、フェリクス様なのだわ。
私は書き上げた2通の手紙を手に取ると、廊下へ続く扉を開け、部屋の前を守っていた騎士の一人に手渡した。
「まだ早朝で、私の侍女が来ていないので、頼んでもいいかしら? こちらの薄紫の封筒をフェリクス様に、白い封筒をディアブロ王国へ送るよう、手配してもらえる?」
手紙を受け取った騎士は生真面目な表情でうなずくと、その場を残りの騎士に任せて、執務塔の方に向かって行った。
―――それから3日後、ギルベルト宰相が私を訪ねてきた。
彼が私のもとに来るのは初めてだったため、ミレナは用心深い顔をしながら実の兄に紅茶をサーブする。
けれど、宰相は一切口を付けることなく、単刀直入に話を切り出した。
「本日は、王妃陛下にお話があってまいりましました」
「……はい」
わざわざ宰相が出向いてくるのだから、重要な話に違いない。
もしかしたらフェリクス様に送った手紙の内容を宰相も聞いていて、色々と確認しに来たのかもしれない。
―――あの手紙が良い契機になったことは確かなのだから。
なぜならフェリクス様に手紙を送った翌朝から、再び彼と一緒に朝食を取れるようになったのだから。
残念ながら、会話が弾むことはなく、2人で席に座って黙々と食事をするだけだけれど、それでも一緒に過ごす時間を与えられたことは―――彼に何かを話したいと思えばそれができる環境を与えられたことは、ものすごい進歩だと思う。
今までのところ、彼が手紙の内容に触れることはないけれど、怒りや蔑みといった負の感情を見せることなく、礼儀正しい態度で接してくれている。
恐らく、初めて知った手紙の内容を受け止めきれず、彼の中で考えを整理している状態なのだろう。
時々、無言のまま私を見つめている彼の視線を感じるので、フェリクス様も色々と悩んでおり、苦しい日々を送っていることが推測できた。
そのため、現状を打破するためには、ディアブロ王国から証言者が到着するか、バドが戻ってきてくれることが必要かもしれないと思いながらも、その前に私ができることがあれば何でもしようと決意する。
そのことにはもちろん、宰相の疑問に答えることも含まれていたため、両手をぎゅっと組み合わせて質問を待っていたけれど、宰相の口から出たのは、想定もしていない言葉だった。
「王妃陛下もご存じかとは思いますが」という前置きから、ギルベルト宰相の話は始まった。
「フェリクス王とルピア妃が結ばれた結婚契約書の中に、側妃に関する条項がございます。内容は、ご成婚の後、2年が経過してもルピア妃がご懐妊されなければ、フェリクス王はご側妃を迎えることが可能だとするものです」
「…………えっ?」
寝耳に水の話に、私は驚いて目を見開いた。
……側妃? 側妃というのは、正妃以外の妃のことだ。
ディアブロ王国には側妃の制度があるのだろうか?
考えたこともなかった話を提案されたことで、心臓がどくどくと早鐘を打ち始める。
咄嗟にぎゅっと胸元を握りしめたけれど、瞬間的に気分が悪くなったため、落ち着こうとゆっくりと呼吸を繰り返す。
そんな私の様子を観察していた宰相は、訝し気に眉を上げた。
「そのように驚かれるとは、結婚契約書に目を通されたこともなかったのですか?」
宰相の口調に蔑む響きはなかったのだけれど、やるべきことをやっていないような気持ちになり、返事もできずにうつむく。
宰相はため息をつくと、持ってきた書類をぱらぱらとめくりながら話を続けた。
「ルピア妃の場合、ご成婚から2年半が経過していますし、今の状態では今後1年ほどフェリクス王のお子を産むことはできないでしょう。そのため、速やかにご側妃を迎えることを予定しております。契約条項に従う行為ですので、ルピア妃のご承諾は特に必要ありませんが、事前にお耳に入れておいた方がよい事柄だと考えてお訪ねした次第です」
「ご、ご側妃ですって!?」
私が何事かを言うよりも早く、後ろに控えていたミレナが驚愕した声を上げる。
「な、な、何を馬鹿げたことを言っているの!! ルピア様のお腹にいるのは、国王陛下のお子様ですよ!! そのルピア様に向かって、何たる非礼の数々!! 世が世なら、打ち首の刑に処されているところだわ!!!」
宰相は糾弾の声を上げる妹をうるさそうに見やったけれど、返事をすることなく話の続きに戻った。
「ご側妃には、バルテレミー子爵家のアナイス嬢を予定しております」






