25 身代わりの魔女の役割 2
魔女は眠り続けることで、己の身に引き受けた怪我や病気を治癒する。
その間、魔女の時間は動くことがなく、眠った分だけ周りの人たちと時間的な差が開く。
そのため、できるだけ早く目覚めることが重要だけれど、焦りは禁物だ。
なぜなら契約に基づいて神様の力を借りることができるのは、眠っている間だけだからだ。
もしも治癒の途中で目覚めてしまったら、怪我であれば傷痕が残ってしまうし、病気であれば症状が残ってしまう。
そうなると、他の人々と同じように、薬と自分の力で治すしかなくなるのだ。
だから、魔女は眠る時間を適切にコントロールする。
全ての怪我や病気を治癒し終えてから目覚めるように。短すぎないように。
治癒が終わった後も眠り続けることのないように。長すぎないように。
―――そんな風に、私はバドの城で眠り続けた。
聖獣の城は、人のそれと理が異なる。
そのため、あまり長く滞在すると、聖獣の環境に引っ張られ、感情や感覚が人とは異なるものになってしまう。
それが分かっているからこそ、聖獣はむやみに自分の城に魔女を招待しないし、魔女だって聖獣に頼り過ぎないようにしているけれど、今回ばかりは仕方がなかった。
城からデイドレスだけを身に着けて、冷たい風が吹きつける森の中に移動してきたのだ。
その状態で命にかかわる傷を引き受け、森の中で眠って過ごすことは、死を意味することになるのだから。
そして、私の部屋からフェリクス様のもとまで移動し、さらに魔法発動に助力してくれたバドには、私を自分の城へ連れて帰るだけの力しか残っていなかったのだから。
―――バドの城で眠り続ける間、私は繰り返し痛みに声を上げた。
神様からいただいたのは、身代わりの怪我や病気を治すことができる力だけで、痛みを消すことはできないからだ。
だから、何度も、何度も、酷い激痛に襲われた。
さらに、血を失い過ぎたことで、寒気がしてくると同時に、呼吸すら苦しくなる。
「……あ、………っ、……」
結果、息も絶え絶えの状態になり、最後は喉を傷めて声すらも満足に出せない状態に陥った。
けれど、一旦この身に引き受けた以上、痛みに耐え、傷を癒さなければならないのだ。
バドは聖獣の姿を保ったまま私にぴたりとくっつき、多くの時間を過ごしてくれた。
生まれた時から一緒にいたのだ。
眠っていても、安心できる存在が近くにいることは知覚できるようで、バドがいてくれると呼吸が楽になるように思われた。
そうやって、私は少しずつ少しずつ、怪我を治しながら眠り続けた。
季節がいくつも移っていき、それに伴い傷は浅くなり、フェリクス様の夢を再び見始める。
―――彼は、未だ戦場にいた。
太陽の光を受けてきらきらと輝く銀の鎧を身に着け、兵士たちの間を歩いている。
その足取りは軽く、動作に不自然な点は一つもなかった。
……ああ、フェリクス様は無事だわ。
それだけで、この世界の全てに感謝したい気持ちになる。
戦場にいるフェリクス様は、その存在自体が兵たちの士気を上げる役割を果たしているようだった。
彼の姿を目にしただけで、兵たちは手を叩き、割れるような歓声を上げる。
彼の存在が兵たちを鼓舞し、奮い立たせていることは明らかだった。
兵士たちと長い時間を戦場で過ごすことで、フェリクス様は彼らから絶大な信頼を勝ち取ったのだろう。
よかった。フェリクス様は自分の進みたい道を、まっすぐ進むことができているわ。
まどろみながら微笑んだ次の瞬間、私は痛みを覚えて低く呻いた。
「……っ!」
断続的に襲ってくる、いつもの痛みだ。
残念ながら、痛みに気を取られたことで夢が途切れてしまったため、私は再び、夢も見ない深い眠りに落ちていった。
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そうやって、私は夢の形でフェリクス様の動向を把握していたけれど、その日に見た夢は、これまでと場所が異なっていた。
フェリクス様がいるのは戦場でなく、見たこともない街路だったのだ。
あまり整備の行き届いていない様子から、王都ではなく辺境の地ではないかと推測される。
その道を立派な体躯の馬に乗ったフェリクス様が進み、彼の後ろには多くの兵士たちが付き従っていた。
色鮮やかな国王軍の旗が掲げられ、行軍する兵たちの表情は明るい。
……ああ、戦争が終わって、帰還するのだわ!
数日前に見た夢の中で、誰もが抱き合いながら涙を流していたので、我が国が勝利したのだろう。
よかった。フェリクス様は約束通り、無事にスターリング王国へ戻ってくるのだわ。
……それならば、私はお城で待っていないと!
もうほとんど治癒が終わっていた私は、ぱちりと目を開けた。
そんな私を見て、聖獣の姿で丸まっていたバドが驚きの声を上げる。
「ルピア、何をやっているの!?」
それから、私の上にがばりと覆いかぶさってきた。
「ルピア、もう一度眠るんだ! 体の中の治癒は完了しているけれど、傷痕はまだ消えていない! あとほんの一か月ほどで、きれいさっぱり消えてなくなるから!!」
「……ごめんなさい、もう起きてしまったわ。それに、フェリクス様は言ってくれたのよ。私のもとに帰ってくるって。だから、私はスターリング王国の王宮で、彼を出迎えたいの」
傷痕が残ることの問題は、見た目だけだ。
着用するドレスは制限されるだろうけれど、それさえ気を付ければ問題ない。
バドは「こんな大きな傷痕を気にしないなんて、高貴な生まれであることが時々信じられなくなるよ!」と聞こえよがしに言っていたけれど、すぐに私にぴたりと体をくっつけてきた。
そのため、私も彼の体に両手を回し、ぎゅううっと抱きしめる。
「バド、心配をかけてごめんなさい。それから、私を守ってくれてありがとう! おかげで、無事に目覚めることができたわ」
「どういたしまして。それが僕の役割だからね。僕の魔女は無茶をするきらいがあるから、その無茶をフォローできるほどレベルの高い聖獣で良かったよ」
「ええ、私の聖獣様は、世界で一番素晴らしい聖獣様だわ」
ひとしきりバドと喜び合った後、彼は私を元々いた場所に―――ディアブロ王国の私室へ戻してくれた。
昼も夜も私にぴったりとくっついていてくれたバドは、その間の―――どうやら私はほぼ2年間眠っていたようで―――用務が溜まっているのだと嘆いた。
そのため、バドは一旦、私だけを母国に戻し、用務を片付け次第、私のもとに戻ってくると約束してくれた。
私が戻ってきたのは、家族が晩餐室で食事を摂っている時間帯だった。
ふらふらしながら私室から廊下に出ると、壁に手をつくつようにして一歩一歩進み、そのまま晩餐室に飛び込む。
私の姿を確認した従僕たちが慌てて開けた扉から、青白い顔でふらふらと入室してきた私を、まるで亡霊でも見たかのように、驚愕した様子で家族は見つめてきたけれど、すぐに全員が席を立つと、叫びながら抱き着いてきた。
「ルピア! 本当にお前か?」
「ああ、無事だな!? 神様、感謝いたします!!」
「ルピア!! 顔を見せてくれ!」
右に左にと引っ張られ、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
そんな風に兄や姉に取り合われ、乱雑に扱われることも、彼らの心配の表れのようで嬉しくなる。
私はやっと家族のもとに戻ってきたことを実感でき、胸がじんとして、力の入らない腕で何とか抱きしめ返した。
「お父様、お母様、お兄様、お姉さま方、心配をかけてごめんなさい。遅くなりましたが、ただいま戻りました」
「「「お帰り、ルピア!!」」」
私を含めた誰もが涙を流していて、そして、笑顔だった。






