2 身代わりの魔女
大陸一の大国であるディアブロ王国の第五王女として、私は生を受けた。
雪のような白髪にディアブロ王家特有の紫色の瞳をした、「大陸一の美女」との誉れの高い母そっくりの顔立ちをした王女。
兄1人、姉4人の6人兄妹の末っ子として家族中から可愛がられたけれど、特に母は私に甘かった。
「あなたが生まれてくるまで10年かかったわ」
そう言いながら、いつだって私を手元に置きたがるのだ。
「母上、ダメですよ。ルピアはお勉強の時間なのですから、部屋に返してあげてください」
私より1歳上の兄が注意をしても、母は愛しそうに私を抱きしめる。
「まあ、だったらお母様がお勉強を教えてあげるわよーだ」
「え、今日は地理の勉強ですよ。母上は地図が読めないじゃないですか!」
「まあ、息子というのは無条件に母を敬愛するものなのに、悪口を言われたわ。国王陛下ぁ!」
「どうした、王妃。……何だって、王子が……? うん、だけど、実際にあなたは地図が読めないよね。悪口ではなく、ただの事実だよね」
「まあ、夫からもこの仕打ち!」
そんな風に言い合いながら、家族中で笑い合う日々。
誰もが私を大事にして、宝物のように扱った。
その理由が分かったのは、物心がついた頃だ。
『身代わりの魔女』
世界に1人しかいない、滅んでしまった魔女の末裔。それが私だった。
しかも、聖獣の卵を抱えて生まれてきた特別な魔女だったため、より大事にされるというものだ。
ずっとずっと昔、母の一族は神様と契約を交わしたという。
『魔女が守護する者が怪我や病気になった時、魔女が代わってその身に引き受け、治癒することができる』―――そんな能力を神様から授けられることを。
そして、その能力は代々たった1人の娘に引き継がれてきた。
私には4人の姉がいたけれど、彼女たちの誰も『身代わりの魔女』の能力を引き継がなかったから、母は次こそはと祈るような気持で私を身籠ったのだという。
同じ『身代わりの魔女』であるからなのか、母は私がお腹にいる時から私が能力を引き継いだことに気付いたらしい。
だから、お腹にいる時からずっと、私は母の特別だった。
それは私が生まれてからも変わらず、母は私を側に置くと、魔女としてのあれこれを教えてくれた。
私とともに生まれた守護聖獣のバドも同様で、常に私の側にいて、様々な魔女の話を教えてくれる。
―――そんな私が『運命のお相手』に出逢ったのは、7歳の時だ。
外遊にきていたスターリング王国の第一王子、1歳年下のフェリクス様がお相手だった。
ともに過ごしたのはわずかな時間だったけれど、魔女が相手に定めることと、相手と過ごす時間の多寡は関係ない。
家族の全員が驚きであんぐりと口を開ける中、―――そして、次の瞬間、「外国の男だとおお」と父が泣き崩れる中、私は「はい、お相手を見つけました」と満面の笑みで宣言した。
そんな私を見て、バドは私の肩の上でにやりと笑い、気を取り直した母からはぎゅっと抱きしめられた。
「おめでとう、ルピア! たった7歳でお相手を見つけるなんて、凄いことだわ。さあ、お相手の方と繋がっていきましょうね」―――そんな言葉とともに。
母が言う『繋がる』とは、文字通りの意味だった。
『身代わりの魔女』はどれだけ離れていようと、相手の言動を夢の形で共有できる。
そして、その共有の度合いは相手を知れば知るほど深くなるのだ。
私はフェリクス様の夢を見始めた。
初めのうちは姿が見えず、声が聞こえるだけだった。
それも囁くくらいの小ささで、ほとんど聞き取ることが出来なかったのだけれど、日を増すごとに彼の声はどんどん大きくなっていった。
声の次は姿だ。
初めはうっすらとした幻のようにしか見えなかったものが、少しずつ輪郭がはっきりし、まるで目の前にいるかのように彼の姿を見ることが出来るようになった。
フェリクス様の思考や感情は共有できなかったけれど、彼の夢を見続けるにつれて、その表情から抱いている感情が分かるようになる。
そうやって夢の中で彼の体験を共有し、好きなもの、嫌いなものを覚えていく。
―――そして、私は少しずつ彼を知り、恋をしていくのだ。
けれど、ある日、私は気が付いた。
私がやっていることは、彼に対してとても失礼な行為ではないかと。
こっそりと彼の言動を覗き見しているのだから。
そのことを相談した母からは、穏やかな微笑みとともに否定された。
「ルピア、魔女の能力は『身代わり』なのよ。お相手の怪我や病気は突然消えてなくなるわけではなくて、あなたに移るの。それはとても痛くて苦しいことだから、普通は身代わりになろうだなんて思えないわ。たとえ身代わりにならなければ、お相手がそのまま死んでしまうと分かっていてもね」
「そうなのですか?」
「そうよ。特に2度目以降が大変だわ。1度目の痛みを知っているから、身代わりになることに躊躇するの。能力を持っていることと、能力を行使できることは違うのよ。だから、あなたはお相手を深く、深く知って、自分のことと同じくらい大事に思えるようにならないと、魔女としての力は行使できないわ。そしてね」
母はそこで言葉を切ると、いたずらっ子のように笑った。
「魔女が好きになるお相手は、必ず孤独を抱えているのよ。だから、必ず―――お相手はあなたが繋がったことを感謝するわ」
母は魔女としての先輩だ。
だから、従うことが正しいのだろうと、私は彼と繋がり続けた。
どのみち望まずとも夢として自然と見てしまうので、防ぎようもなかったのだけれど。
聖獣バドも、全面的に母の言葉に同意した。
「ルピア、『身代わりの魔女』は相手にとって『救い』だよ。君が彼を知れば知るほど、繋がれば繋がるほど、相手は幸せになるものなのさ」
バドは聖獣として多くの知識を持っている。
バドがそう言うのならばそうなのだろうと、私はやっと納得して、フェリクス様の夢を罪悪感なしに見られるようになった。
けれど、父と兄は外国の王族などとんでもないと反対した、―――いつまでたっても反対し続けた。
心配してくれる2人の気持ちはありがたかったけれど、私の気持ちは変わらなかった。
というよりも、魔女が1度相手を決めたら、その繋がりは深くなるだけだ。
相手を決めた時点で全ては手遅れだし、同じく魔女である母をよく知っている父と兄なら、そのことは十分分かっているはずだ。
だのに、父はめそめそと泣き続けた。
「ルピア、お前は父の宝物だ。私はなぜ、国内の家臣ですらない、外国の赤の他人に宝物をくれてやらなければいけないのだ。いやだ、いやだ」
兄は1から10まで父の言葉に同意した。
「その通りですよ、父上! 『身代わりの魔女』は国の宝です! 決して国外に出すわけにはいきません。こんな貴重な宝物、1度外に出したら2度と返ってきませんからね。ルピアは国内の大貴族に嫁がせて、その娘を私の継嗣の妃にしましょう」
そんな2人を呆れたように見つめながら、母が口を開く。
「ルピア、放っておきなさい。そのうち諦めるから。でも、……こういうことなのよ。私が深く、深く陛下と繋がったから、陛下は私なしではダメになっちゃったの。そして、同じように魔女であるあなたのことも、どうしても手放したくなくなるの。魔女の貴重さを理解しているから」
それから、母はめそめそと部屋の隅で泣き続ける父と兄を放置すると宰相を呼びつけ、私とフェリクス王子の婚約をスターリング王国へ打診するよう命じた。
念のために暫く様子を見たけれど、ルピアの気持ちは固いようね、と言いながら。
それは、私が8歳の時の話だった。