18 宰相ギルベルト
「フェリクス様はどちらかしら?」
執務室を訪れたところ、フェリクス様が不在だったため、同じ部屋で作業中のギルベルト宰相に質問する。
今しがた、クリスタとハーラルトとともに料理を作ったので、一緒にフェリクス様に差し入れに来たのだ。
専属侍女のミレナも、料理を詰めた籠を持って付いてきている。
私の質問を受けた宰相は、慇懃に腰を折ると丁寧な口調で答えた。
「陛下は火急の謁見が入りまして、玉座の間に移動されました」
「まあ、それはお忙しいことね。無理をされないといいのだけれど。……では、こちらを陛下にお渡ししてもらえるかしら。クリスタとハーラルトと作ったから、よろしければ夜食にどうぞ、とお伝え願える?」
私の言葉に従って、ミレナが兄である宰相に籠を手渡す。
すると、宰相は笑顔を浮かべてお礼を口にした。
「手作りのお料理をお持ちいただき、ありがとうございます。ですが、王妃陛下も殿下方もお忙しいでしょうから、今後はお控えいただきましても、いっこうに構いませんので」
「ふん、意訳すると、『こっちは忙しいんだから、料理ごときを執務室に持ち込むな』ってことね。お義姉様がどれほどお兄様のことを考えてお料理をしているか知りもしないで、一言で切り捨てようなんて無礼もいいところだわ。お義姉様は気が弱いところがあるから、今の言葉を真に受けたらどうするつもりかしら」
私の左手と手をつないでいたクリスタが、不満の声を上げた。
「クリスタねーさま、その言い方はだめだよ。ギルのせいかくは悪いけど、30すぎているからなおらないよ。30すぎた人には何も言わないようにって、せんせーが言っていたでしょ?」
私の右手と手をつないでいたハーラルトが、姉を注意する。
「ハーラルト殿下、私はまだ26でございます」
宰相は明らかにひきつった笑顔を浮かべると、4歳児に反論していた。
そんな宰相の心情を読み取れていないハーラルトは、言われている意味が分からないとばかりに首を傾げる。
「うん、つまり30と同じでしょう?」
宰相は折り曲げていた上半身を起こすと、不自然な笑い声を上げた。
「は、は、殿下は算術の学習がまだまだのようですね。26と30は全然違います!! たとえるなら、私と毒蜘蛛が同じだと言うようなものです」
「うん、同じようなものだよねー」
のんびりとした声で肯定するハーラルトを見て、ミレナが感心したような声を上げた。
「まあ、ハーラルト殿下の天然ぶりは最強ですね!」
ミレナの声色に、ハーラルトへの応援が交っているように思われたため、驚いて尋ねる。
「ミ、ミレナ、あなたの兄が総攻撃を受けているのよ。助けないでいいのかしら?」
「問題ありませんわ。兄の性格が悪いのはその通りですし、立場が上がるに従って注意する者が減りましたから、よい機会です」
妹の言葉が聞こえた宰相は、ぎらりとした目でミレナを睨みつけた。
けれど、対するミレナは恐れることなく、叱るような声を上げる。
「お兄様、そろそろその節穴同然の目を見開いて、真実を見つめてくださいな! フェリクス陛下がお迎えされたお妃様は、最上ですよ!!」
「……もちろん、私もそう思っているよ」
ギルベルト宰相は妹の言葉を肯定したけれど、表情が言葉を裏切っていた。
薄々感じていたことだけれど、どうやら宰相は、私ではフェリクス様に不足していると考えているようだ。
彼の考えは納得できるものだったので、表明されていない宰相の考えに同意する。
「ギルベルト宰相、私ではフェリクス様に不足していると考えているのならば、その通りだと思うわ。もちろん、このままでいいと思っていないから、今後は宰相の期待に応えられるよう精一杯頑張るわ」
「ル、ル、ルピア様! な、何てことをおっしゃるのですか!!」
私の言葉を聞いたミレナは、飛び上がらんばかりに驚いていた。
「ルピア様に不足しているところなど、一つもございません! 兄が偏屈で頑固なだけですから、相手にする必要はありません!!」
「でも、フェリクス様が素晴らしいという意見は、宰相も私も一致しているでしょう? そして、彼に釣り合うようもっと頑張るべきだという考えは、私もその通りだと思うの。ギルベルト宰相、今後も私にご指導くださいね」
そう言いながら、宰相を見つめたけれど……。
私の言葉が想定外だったのだろう。
ギルベルト宰相は珍しく表情を取り繕うことを忘れたようで、ぽかんとした様子で口を大きく開けていた。
執務室からの帰り道、ミレナは怒りが収まらない様子で、大声で独り言をつぶやいていた。
「信じられない!! たかだか宰相ごときの分際で、ルピア様をして『ご指導ください』と言わしめるなんて、不届き千万だわ!! ええ、本当に、世が世なら縛り首だわ!!」
「……ええと、ミレナ。あなたは『ごとき』と表現したけれど、宰相は国で一番の行政職じゃないかしら? ごときと言うには、大物過ぎるわよ」
恐る恐る意見を述べると、間髪入れずに否定される。
「ごときはごときですよ。宰相ごときです!!」
「ミレナの言うとおりね。宰相ごときだわ」
「うんうん、ごときだねー」
クリスタとハーラルトも全面的にミレナに同意したため、数の力で負けることが確定した私は、それ以上逆らわないことにする。
沈黙を守っていると、ミレナが悔し気な声を上げた。
「そもそも兄は熱心な『虹の女神』の信者のため、虹色髪を尊重する傾向があるのです。そして、誠に勝手なことに、ルピア様がご婚約者に決まる前、複数色の虹色髪のご令嬢をフェリクス様のお相手にと考えていたのです。兄はまだ、その考えから抜け出せないでいるのですわ!!」
ミレナの言葉を聞いて、ギルベルト宰相の言動の理由を理解したように思う。
フェリクス様は幼い頃、一色の髪色で苦労した。
恐らく宰相はそのことを知っていて、だからこそ、彼のために複数色の虹色髪のご令嬢をお相手にしたいと考えたのだろう。
たとえ虹色の髪に実質的な利益がないとしても、「価値がないもの」と言い切ることはできやしない。
なぜなら虹色の髪に希望を見出す人がいる限り、その髪色に価値があるのだから。
「ギルベルト宰相も私も、『フェリクス様のために行動したい』という目的は同じなのだから、仲良くできると思うわ」
兄なのだから、ミレナは本心ではギルベルト宰相が好きなはずよと思いながら、彼女をなだめる。
すると、ミレナは驚いたように目を見張った。
「ミレナの心情を言葉にすると、『ルピア様は何てお人好しなのかしら! これは、私が付いていないと大変なことになるわ』ってところね」
クリスタがつないだ手に力を入れながら、そう口にした。
「お義姉様はよく、大国ディアブロ王国の王宮で生き残れたわよね。びっくりするほど警戒心がないし、相手を良く考え過ぎるもの」
「えっ、まあ、確かに私に不足しているものはあるでしょうけど……そうね、ディアブロ王国では人に恵まれたのだと思うわ。そして、スターリング王国でもそう。クリスタにハーラルト、ミレナがいてくれるのだから」
そう笑顔で答えると、クリスタとミレナは疲れたようなため息を吐いた。
「これはダメだわ。びっくりするほどのお姫様だわ。……お義姉様、仕方がないから、私が守って差し上げますわ」
「私もです。不肖ながらこのミレナ、誠心誠意お仕えさせていただきますわ!」
意気込む女性陣とは異なり、ハーラルトはにこにこと笑っていた。
その笑顔を見ていると、私も楽しい気持ちになって、ふふふと声が出てしまう。
すると、そんな私を見たクリスタとミレナも笑い出した。
最後は、4人でくすくすと笑いながら廊下を歩いていたため、警備をしていた騎士たちから不審気に目を細められた。
そして、そんな私たちの言動についての報告を受けたフェリクス様は、「私の家族が楽しそうで何よりだ」と微笑まれたとのことだった。






