17 可愛い弟妹
「おねーさま! 今日は、バドさまのおうちを作ってきたよ」
戸口でとっても可愛らしい声が響いた。
誰の声であるのかすぐに分かったため、笑顔でソファから立ち上がり顔を向けると、声と同じくらい可愛らしい姿の少年が走ってきた。
ハーラルト・スターリング。4歳になるフェリクス様の弟だ。
王族であることを象徴するかのように、藍色をベースに緑と青のメッシュが一筋ずつ入った神秘的な髪色をしている。
顔立ちはフェリクス様にそっくりで、将来は物凄い美形になることが約束された整った造形をしていた。
「もう、ハーラルトったら、廊下は走るものじゃないと教わったはずでしょう?」
そう言いながら澄ました表情で扉から入ってきたのは、同じくフェリクス様の妹である7歳のクリスタだ。
こちらは黄色をベースに橙色のメッシュが入った髪色をしており、既に美少女の片鱗を見せているおしゃまな王女様だ。
「ハーラルト様、クリスタ様。遊びに来てくださって嬉しいわ」
「んっふっふ、それよ! 私もハーラルトも、お義姉様をお訪ねするのは、今日で10回目ですからね。約束通り、様付きで呼ぶのは終わりですわよ」
「あら」
確かに、そんな約束をしていた。
一瞬躊躇したけれど、約束だからと2人を呼び捨てることにする。
「では、今日からはハーラルト、クリスタとお呼びしましょうね。呼び方も変わったことだし、私のことは本当の姉のように思ってもらうと嬉しいわ」
そう言うと、2人はきゃっきゃと笑いながら抱き着いてきた。
その様子を見て、初対面の時とは大違いねと目を細める。
―――フェリクス様は3人兄妹の長男で、弟と妹がいらっしゃった。
元々きょうだいが多い中で育った私は、2人と会うことを楽しみにしていたのだけれど、―――2人とも警戒心が強いタイプのようで、初対面時、クリスタは腕を組んで大きく後ろにふんぞり返っていたし、ハーラルトは姉の後ろに隠れていた。
けれど、たった2か月の間に、2人とも驚くほど私に懐いてくれた。
そして、母国の兄姉と離れて過ごす私にとって、きょうだいと呼べる2人と仲良くできることは凄く嬉しいことだった。
2人も同じように感じているのか、頻繁に私の部屋を訪れてくれる。
今日にしても、ハーラルトはソファに座っている私の右隣にぴったりとくっつく形で座っているし、クリスタは私の左隣に密着する形で座っている。
「まあ、嬉しいこと。肌寒く感じていたから、2人にくっついてもらうと温かくていいわね」
にこにこと微笑みながらそう言うと、クリスタとハーラルトはまんざらでない顔をした。
「さむい時はいつでも言ってね。ハーはあたたかいから、ひっついてあげるからね」
得意気に話をする4歳児は、確かに温かかった。
「ふん、私だってハーラルトと同じくらい温かいわよ」
むきになって張り合う7歳児も、間違いなく温かかった。
私は右手でハーラルトを、左手でクリスタを抱きしめると、3人でくすくすと笑いながら、ハーラルトがもこもこの布で作ったバドのお家についての感想を言い合った。
その間に、私の肩の上に乗っていたバドが、お試しとばかりに布の家の中に入ると、ハーラルトは両手を叩いて喜んだ。
「わあ、バドさまがおうちを気に入ってくれたよ!」
その言葉通り、バドはくつろいだ様子で布の家の中で体を伸ばしていた。
……どうやらバドは、子どもが好きなようだ。
それを証するように、ハーラルトとクリスタにはいつだって優しくしてくれる。
私はバドに感謝の意を仕草で示した後、ハーラルトとクリスタとの会話に戻った。
「まあ、ハーラルト! このお家は脱出口まであるわよ。ほら、こことここから逃げられるわ」
「えっ、それはしっぱいだよ。バドさまに出て行かれては困るから、ハーはてんじょうにしか入り口を作らなかったのに。あれえ?」
「あら、だったら簡単よ。ほら、この脱出口にどんぐりを詰めればいいんだわ。そうしたら、入り口はふさがるし、非常食にもなるから、いっせきにちょうよ」
そうして、クリスタとハーラルトが脱出口にどんぐりを詰め始めるけれど、上手くいかずにころころと床に転がり落ちる。
ただそれだけのことが、3人で作業をしているとおかしなことに思われて、笑いが零れた。
ひとしきり笑い合った後、クリスタがきらきらと輝く瞳で私を見上げてきた。
「お義姉様がこの国に来てくれて、すごくうれしいわ! 私、毎日がとっても楽しいの」
「まあ」
可愛らしい言葉に頬をゆるめていると、クリスタは顔を赤くして言葉を続けた。
「私もハーラルトも王族だから、侍女や騎士たちは主君としてしか扱わないし、役割の範囲でしかかかわらないわ。貴族たちも同様だけれど、彼らはさらにたちが悪くて、私たちから常に何かを引き出そうとしてくるから気が抜けないわ。だから、私たちを対等に扱える身分を持っている方も、何一つ奪い取ろうとしない方も、お義姉様が初めてだわ」
「ま、まあ、クリスタは常日頃からそんなことを考えていたの?」
子どもらしくない発言内容を聞いて、彼女は立派な教育を受けているだけあって、年齢に相応しくないほど多くのものが見えるし、冷静に判断するのだわと驚く。
「クリスタの年齢ならば、毎日が楽しいと嬉しいだけで構成されていてもいいのに」
そうつぶやく私に、クリスタは朗らかな笑顔を見せた。
「ええ、お義姉様! 今では毎日が、楽しいと嬉しいでできているわ。これまでは、私たちをきちんと見て、話を聞いてくれる方なんて誰もいなかったけど、今はお義姉様がいてくれるもの! そもそもお父様も、お母様も、お兄様もみーんな忙しすぎて、一緒にいられる時間がほとんどないし」
クリスタの言葉に、その通りだわとうなずく。
「確かにフェリクス様はお忙しいわ。私は公務を減らしてもらっているから、時間が取れて幸いね」
「まあ、お義姉様ったら、そんな話じゃないわよ! お義姉様からしたら、私とハーラルトなんてただの子どもなのだから、相手にする必要なんて全くないのに、きちんと一人前に扱ってくれるし、大事にしてくれるもの。こんなこと初めてだから、すごく嬉しいの」
そう言うと、クリスタは小さな腕を私のウェストに回してきた。
「私は言動がキツイ高飛車な王女だって言われていたし、ハーラルトは泣き虫で意志の弱い王子だって言われていたけど、お義姉様が優しく勇気づけてくれるおかげで、欠点が改善されてきたわ。そのことが、すごく嬉しい」
それから、クリスタは小さな頭を私の肩口にすりすりとすり寄せてきた。
「お義姉様と一緒にいると、私は毎日が楽しいし、自分がどんどん成長していくのが分かるの。どうかずっと、この国にいてね」
素直に好意を示してくるクリスタを、私はぎゅっと抱きしめる。
「まあ、もちろんだわ! フェリクス様と結婚したから、私はもうスターリング王国の者なのよ。だから、この国が私の国だわ」
そう答えると、クリスタは抱きしめている腕に力を込めた。
それから、うふふふと抑えきれない彼女の笑い声が響いてくる。
そんな私たちを見て、ハーラルトがのんびりした声を上げた。
「ああ、よかった! おねーさまが来てから、クリスタねーさまはハーを怒らなくなったんだよ。おねーさまがいなくなったら、クリスタねーさまは前のこわいねーさまに戻って、ハーをがみがみ怒ると思うよ」
「ちょ、ハ、ハーラルト、何てことを言うの!?」
ハーラルトの発言は、クリスタが内緒にしておきたかったことのようで、彼女は真っ赤になると弟の口を手で覆った。
そんな2人の様子を見たバドは、布の家に寝転がったまま尻尾をふりふりと振った。
平和だねーと思っていることが、伝わってくる。
私はバドに同意するためうなずくと、可愛らしい弟と妹をぎゅううっと抱きしめた。
それから、私の弟妹が世界で一番可愛らしいわ、と考えたのだった。






