【SIDE国王フェリクス】世界は私にかくも優しい
幼い頃、私は自分が嫌いだった。
王族として一番大事な髪色に、不備があったからだ。
―――そのため、私には王族である資格がないと考えていた。
―――父母に厭われることは、一色の髪で生まれてきた自分が悪いからだと考えていた。
誰も私を肯定せず、受け入れなかったから、私も私自身を肯定することも、受け入れることもできなかった。
そして、私自身に価値はなく、いつか複数色の虹色髪を持つ弟が生まれれば、切り捨てられる存在だと理解していた。
だが、―――私が8歳の誕生日を迎えた日、王宮に虹がかかった。
それはそれは美しい虹が、まるで私の誕生日を祝福するかのように、王宮の端から端までかかったのだ。
次に、私が従騎士となった日に。
さらに、私に勲章が授与された日に。
それから、毎年の誕生日には必ず、美しい虹が王宮の端から端までかかるようになった。
初めて虹を見た時は、感動して言葉を失った。
そして、こっそりと一人で泣いた。それは私に与えられた、初めての優しさだったから。
2度、3度と重なると、その荘厳さがどんどん身に染みてきて、心が震えるような気持ちになった。
そして、3度目の奇跡が重なった時、私は「虹の女神」の慈愛を感じることができた。
「……ああ、世界は私に優しい」
心から、そう思うことができた。
これほど何度も偶然が重なるはずもない。
世界が、女神が、私に示してくれたのだ。
『お前を見ている』と。
『お前を愛している』と。
私は嬉しさのあまり、初めて声を上げて泣いた。
そうして、涙が温かいものだと初めて気が付いた―――涙は、人を冷やすものではなく、温めるものなのだと。
「ああ、私は愛されていた」
たったそれだけで―――そして、その重大な啓示のおかげで、私の全ては一変した。
これまで何度も流していた涙が、突然温かいと気付いたように、ある日を境に全ての見え方・感じ方が転換したのだ。
そして、新たなる人生が始まった―――世界が私に優しいと感じることができたあの日に。
なぜならその日から、私は顔を上げてまっすぐ未来を見つめることができるようになり、その未来は輝いていたのだから。
―――そんな話を、なぜ妃にしようと思ったのか。
これまで誰にも話したことがなかったけれど、ルピアならば好意的に受け入れてくれるように思われ、……違うな、好意的に受け入れてもらいたく思い、話したくなったのだ。
ともに過ごすうちに分かってきたが、大国の王女であったルピアは、意外に恥ずかしがり屋で言葉が足りなかった。
貴族令嬢というのは煌びやかな言葉を使い、事実を数倍に膨らませるのが常だけれど、ルピアにそのような面は全くなく、むしろ言葉が不足していた。
そのことを証するように、自分が再現させた料理にしろ、見事な刺繍にしろ、一切ひけらかすことがなかった。
そして、私はいつしかそんな彼女を好ましく思うようになった。
明るくて思慮深く、何事にもひたむきで真っすぐなルピアを。
明らかな好意をもって、私を見つめてくれる彼女を。
だからこそ、彼女が目の前で倒れた時には、心臓が凍り付いたような心地になった。
―――「始まりの地」で彼女は突然、まるで力尽きたかのように倒れたのだ。
「ルピア!」
慌てて抱き留め、そのまま馬車まで運んだけれど、抱き上げた体が熱を持っていたため、その熱さに戦慄した。
馬車の中では、彼女が頭を打ち付けないようにと膝の上に抱えていたけれど、その体がどんどん熱くなってきたため心配になる。
そして、彼女は眠ったような状態に陥り、目を開かなかった。
王宮の専属医に見せると、ルピアの母国から提出された病歴書から判断するに、定期的に彼女に起こる発熱症状だろうとの診断が下された。
症状は一週間程度で治まるだろうとの見立てだったが、私は心配な気持ちを抑えることができなかった。
日に何度も彼女の寝室を訪れ、彼女が無事であることを確認してしまう。
それだけではなく、彼女の喜ぶ顔が見たくて、朝摘みの花を彼女の部屋に差し入れるようになった。
すると、私が摘んだ花を見た彼女は、実際に嬉しそうに微笑んでくれた。
そのため、私はもっと彼女を喜ばせたいと考えた。
だが、レストレア山脈に登り、彼女の瞳と同じ色の花を摘んできたことは、衝動的な行為だったと我ながら思う。
そのため、王宮に戻った際、宰相から散々小言を言われたが、当然のことだと甘んじて受け止めた。
だが、心配を掛けた者たちには悪いが、私は自分の行動を一切後悔していなかった。
なぜならその景色は、私が見るべきものだと思われたからだ。
―――レストレア山脈で目に入ったのは、一面の銀世界だった。
どこからどこまでも真っ白な世界。
その白一色の世界に、シーアの花だけがところどころ顔を覗かせ、繊細で美しい花を咲かせていた。
その光景はあまりに荘厳だったため、私は感動のあまり言葉を失った。
そして、この目の前の光景をルピアのようだと思った。
それは決して、彼女の白い髪と紫の瞳から、目の前の景色を連想したからではなかった。
高潔で清廉。何者にも荒らされない、凛とした美しさを持っている。
そんな彼女の姿と眼前の景色から受ける印象が同じだったからだ。
この景色を覚えていよう。そして、ルピアを大事にしよう。
私は目の前に広がる幻想的な光景を前に、そう決心した。
そして、その決意は間違っていなかったと、私は思った。
私にとって意味のある日に必ず虹がかかるため、私は「虹の女神」に愛されており、世界に受け入れられていると感じるとルピアに話をした時、彼女が涙を流してくれたから。
「フェリクス様は大事な存在で、だからこそ世界はあなたを愛しているわ」
涙を零しながらも微笑んで、そう言ってくれたから。
そして、そんな彼女を見て、私は心の大事な部分が温かくなっていくのを感じた。
それから、私の妃はとても綺麗だと思った。






