1 王女の輿入れ
一国の王女として生まれたからには、国のために嫁ぐのは当然のことだ。
だから、私は本当に恵まれている。
心の底から大好きな人に嫁げるのだから。
私の手を取っている兄とともに、私は大聖堂に足を踏み入れた。
その瞬間、数えきれないほどの瞳が向けられる。
今日は、スターリング王国国王フェリクスの結婚式だ。
花嫁は大国ディアブロ王国の第五王女、ルピア・ディアブロ―――私だ。
多くの視線が集まる中、少しでも印象がよくなるようにと、私は背筋を伸ばした。
腰まである白い髪は綺麗に結い上げられ、瞳と同色の紫の宝石をちりばめたティアラの下で艶やかに輝いている。
平均的な肉付きの私は、身長の低さも相まって、細さを美徳とする貴族令嬢たちほどには繊細に見えないけれど―――多くのレースや宝石で飾られた純白のドレスに身を包んだ今日だけは、見違えるほど美しく洗練されて見えた。
そのことを嬉しく思いながら、「大陸一の美女」と名高い母と同じ顔立ちで、にっこりと微笑む。
すると、私の姿を見た居並ぶ貴族たちからほおっとため息が漏れた。
大聖堂の周りでは、大陸一の強国から後ろ盾となる花嫁を迎え入れたと、国民が熱狂して祝福の声を上げている。
その歓声は、花嫁の受け渡し役として、花嫁の兄であるディアブロ王国王太子が参加していることを目にした途端、最高潮となった。
大国であるディアブロ王国の王太子が、他国の結婚式に参加したのは初めてであり、嫁いでくる花嫁がどれほど重要な存在かを理解したためだ。
その反応は貴族たちも同様で、私の隣に位置する男性が誰かを理解した途端、誰もかれもが信じられないとばかりに息を飲み、その横に佇む花嫁に対し、心からの敬意を表すために頭を垂れた。
そんなスターリング王国の貴族たちを横目に見ながら、兄がからかうような声を上げる。
「おやおや、新しい王妃様はすでに大人気のようだな。だが、まだ遅くない。フェリクス王との婚姻を取りやめて、我がディアブロ王国の貴族に嫁ぐのならば、このままお前を母国に連れて帰るぞ?」
ちらりと見ると、冗談めかした表情の中で瞳だけが真剣に輝いていた。
……この期に及んで、まだ私が他国に嫁ぐことを止めようと思っているのか。
私は兄を睨むと、兄だけに聞こえる音量で返事をする。
「お兄様、私はフェリクス王に嫁ぎます。私のことは諦めてください」
分かり切っていた答えだろうに、私の返事を聞いた兄はショックを受けた様子で平坦な床に躓いた。
「……だったら、お前の娘を私の息子の妃にくれ!」
そして、往生際悪くそんな言葉を呟く。
私は呆れた思いで兄を見やった。
兄の胸ポケットに収まっているバドも、呆れたようにため息を吐いている。
聖獣バドは、―――片手に乗るほど小さい、リスそっくりの形状をした私の守護聖獣は、いつだって私の側にくっついているのだけれど、今日ばかりは私の体に張り付いて訝しがられるわけにはいかないと、……でも、私の晴れ姿を見たいのだと言い張って、ぬいぐるみの振りをして兄のポケットに収まっていた。
そんなバドは、からかうような表情を浮かべると私を見やる。
「よかったね、ルピア。まだ生まれてもいない君の娘に、最高の嫁ぎ先が見つかったようだよ」
私はバドを、次いで兄を睨んだ。
魔女の特質を知らないわけでもあるまいに、好き勝手なことばかり口にして、と思いながら。
「そんな未来のことは分かりませんよ。それに、そんな約束に何の意味もないことは、どちらとも分かっているでしょう? 『身代わりの魔女』は自分の意思で相手を決めるのですから」
「あああ、失敗したな! お前が出るパーティーにフェリクス王を出席させたことは、大いなる間違いだった。お前は徹底的に、母国の者としか出会わせないべきだったのだ。お前を国内に留め置くために!!」
兄は絶望的な声を上げた。
……まったく、本当に諦めの悪い兄だ。そして、妹思いの兄だ。
あくまで『魔女』としての私を引き留めるような口振りを保っているけれど、その瞳に光るものがあるので、私自身を思っての言葉なのだろう。
……確かに、母国内であれば兄の目が届くので、私が平和で幸福でいることを確かめられるだろうけれど。
私はそっと兄を見上げると、兄の腕に添えていた方の手にぎゅっと力を込めた。
「お兄様、大好きですよ。嫁いだとしても、私がお兄様の妹であることには変わりありません。時々、遊びに行きますから」
「……お前を1度でも知ってしまった男が、片時でも手放すとは思えない」
拗ねた様に顔をそむける兄を見て、大国の王太子ともあろう者が子どものようだと、呆れた思いを覚える。
私と同じ紫色の瞳をした兄は驚くほどに麗しく、その身分も相まって物凄く人気があるというのに、中身はただの家族思いの心配性なのだ。
長かった通路の先にフェリクス王が見えてくると、兄は名残惜しそうに添えていた私の手を優しく撫でた。
「どうやら本当にお前を手放さなければならないようだな。幸せになれ、ルピア。そうでなければお前を取り戻すため、私はこの国を滅ぼさなければならなくなる」
冗談なのか本気なのか分からない言葉が兄の口から零れたため、安心させるかのように微笑む。
「ご存じでしょうが、『身代わりの魔女』は好きな相手にしか嫁ぎません。だから、私は既に幸せですよ」
「……そうか」
兄は安心したかのように、微笑み返してくれたけれど。
―――後日、この時の会話を思い返した私は、何て単純な世界に生きていたのだろうと、自分で自分を嘲笑いたい気持ちになった。
好きな相手に嫁いだからといって、必ずしも幸せになれるとは限らないのに。
けれど、その時の私は心からそう信じていたため、私と向かい合ったフェリクス王をただ一心に見つめていた。
私の未来はここにあるのだと。
私は彼と幸せになれるのだと、心からそう信じて。
そんな私の手を取り、顔を覗き込んできたフェリクス王は、―――それが、初めて花嫁と花婿が顔を合わせた瞬間だったため、私は緊張して彼の反応を見守っていたのだけれど―――驚いたように目を見開いた。
それから、フェリクス王はすぐに表情を改めると、その美貌に相応しい美しい笑みを浮かべた。
「これはまた、……本当に肖像画通りの色だね。我が王国が誇るレストレア山脈の積雪のように輝く白い髪に、国花と同じ紫の瞳だなんて。……ようこそ、花嫁殿。あなたは私たちの王国を象徴するような色をしているのだね」
自分の言葉で好意的に私を表現してくれるフェリクス王に、気持ちが溢れる。
だから私は、満面の笑みでもって彼に答えた。
「ありがとうございます、フェリクス陛下。末永くよろしくお願いいたします」
―――ああ、私はこの国で幸せになるわ。
その時の私は心からそう信じ、笑顔でフェリクス王を見つめていた……。