169 ルピアと過保護軍団 5
その後、同じような日々が続いた。
基本的にフェリクス様やギルベルト宰相、ビアージョ総長の行動は常識の範囲内における過保護っぷりだった。
けれど、時々その範囲を逸脱しているように思われたため、私はそろそろフェリクス様を何とかしなければいけないと考えた。
フェリクス様は夫だから色々と注意することもできるけれど、そうでないギルベルト宰相やビアージョ総長を注意することは難しいし、フェリクス様が行動を改めれば、つられて残りの2人も行動を改めると思われたからだ。
そして、私には対フェリクス様用の、まだ試していないとっておきの方法があるのだ。
「最近のフェリクス様はいつだって、私に好意を示してくるし過保護だわ。私に対する勢いが凄過ぎるけれど、もしも私の方が前のめりになったら、驚き冷静になって、自分がやり過ぎていたことに気付くんじゃないかしら。そうしたら、押すのを止めて引いてくれるはずよ」
私は握りこぶしを作ると、ミレナの前で力説した内容をもう一度、自分に言い聞かせた。
『人の振り見て我が振り直せ』とは、よく言ったものだわ。
フェリクス様は賢いから、自分がやっていた行動を私がやってみせたら、己の行動を反省するはずよ。
そんな風に計画の成功を一切疑わなかった私は、その夜、私の部屋に来てくれたフェリクス様にしなだれかかった。
「ル、ルピア?」
普段と異なる私の行動にドキドキしているフェリクス様を見て、さあ、私の実力を見せる時が来たわと思いながら、べたべたと彼に触れる。
「日中はフェリクス様がいないので寂しいわ。寂しさを埋めるため、等身大のフェリクス様ぬいぐるみを作ろうかしら」
フェリクス様の腕をつつきながら、とんでもない発言をしたところ、なぜかフェリクス様は目を輝かせた。
「えっ、本当に? 一日中私のぬいぐるみを抱きかかえて、私のことを考えてくれるの?」
あら?
思っていた反応とは違うわね、と不思議に思いながら目を瞬かせる。
けれど、フェリクス様は私の戸惑いに気付かなかったようで、勢い込んで言葉を続けた。
「とてもいい考えだ! しかし、ぬいぐるみでは私の細部まで再現できないよね。だから、それとは別に、君の部屋から見える庭に私の銅像を建てるのはどうだろう。もちろん、私単体の銅像では意味がないから、君と抱き合っているものにしようね」
?????
私にはフェリクス様の言っていることが全く理解できなかったため、動きを止めて彼を見上げる。
フェリクス様と私が抱き合っている銅像を作って庭に飾る?
そんな最大級の罰ゲームのようなことを、フェリクス様が自ら提案するはずないわよね。
だから、私は聞き間違いをしているのだろうけど、聞き間違いとは思えないほどはっきり聞こえるのはなぜかしら。
「ああ、まさかルピアからそんな提案をしてもらえるとは思わなかった! 私は世界一の幸せ者だな」
満面の笑みを浮かべるフェリクス様を見て、違うわ、ダメだわ、よく分からないけど完璧なはずの私の計画が失敗したらしいことに気付く。
そのため、私は作戦を中止すると、フェリクス様に触れていた手を引っ込め、行儀よく膝の上に置いた。
それから、急いで前言を撤回するとともに、くるりと手の平を返すと、180度異なる意見を述べる。
「ダ、ダメよ。あまりに幸せになり過ぎるのはよくないと聞いたわ。ほどほどがいいって。だから、寂しいけど我慢するわ。私は夜にフェリクス様と会えるだけで十分よ」
フェリクス様は感激したように全身を震わせる。
「ルピア……! だったら、ずっと会うことができる夜くらいは、離れることなく、ずっとくっついていようね」
そう言うと、フェリクス様は私を抱き上げ、そのままベッドに横になった。
???????
「夜の間だけでも、ルピアが一秒だって寂しい思いをしないようにするからね」
甘い声で囁かれながら、ぎゅっと抱きしめられた私は、私の作戦が完璧に失敗したことを悟ったのだった。
ちなみに。
撤回したはずの私の提案は、秘密裏に進められていた。
フェリクス様と私が抱き合う恥ずかしい銅像を、なぜか私の部屋から見える庭に飾る計画が、その後も進行していたのだ。
彫刻師が私のデッサンをしに現れたため、やっと発覚したのだけれど、聞いてみると、裏庭だけでなく、メインの庭園や客用寝室前の庭園など、あらゆる場所に第二弾、第三弾の国王夫婦の銅像を飾る計画まで出来上がっていた。
そのため、話を聞いた私は倒れそうになる。
「フェ、フェリクス様はどうしてそんな非常識な提案をしたのかしら?」
私たちの銅像を作るというアイディアは、元々フェリクス様が出したものだ。
だから、銅像を作る計画が進行していたということは、彼が改めて側近たちの前でそのアイディアを披露したということだろう。
「つまり、その場にギルベルト宰相がいたはずよね。どうして宰相はフェリクス様を止めなかったのかしら? どう考えても非常識な提案だって分かるはずよね」
私は頭を抱えると、私室のテーブルに突っ伏す。
けれど、額を付けていたテーブルが冷たかったため、頭が冷えたようで、顔を上げるとミレナに言った。
「権力の分立って大事だと思うわ。国王が間違えたら宰相が、宰相が間違えたら騎士団総長が、騎士団総長が間違えたら国王が諫めるというのは、権力の暴走を招かないために必要な抑制措置だと思うの」
「ええ、そうですね」
私の意見に同意してくれるミレナを見て、仲間を得たような心強さを覚える。
「それなのにどういうことかしら。今はフェリクス様がやり過ぎても、ギルベルト宰相がやり過ぎても、ビアージョ騎士団総長がやり過ぎても、誰も止める者がいないわ!」
私はこの国の最大の問題点を指摘したというのに、ミレナは同意することなく首を傾げた。
「ルピア様が問題にしているのは、誰もがルピア様を最上級に大切に扱うということですよね。それは当然のことですので、気にする問題ではありません」
「……ミレナ、あなたもなの!」
そうだった、ミレナも過保護軍団の一人だったわ、と私は改めて理解する。
それから、こんな過保護な人たちに囲まれて、一体私はどうすればいいのかしらと、もう一度頭を抱えたのだった。