168 ルピアと過保護軍団 4
「……という感じで、最近のフェリクス様、ギルベルト宰相、ビアージョ総長の過保護ぶりは酷いものなのよ」
庭から戻った私は、早速ビアージョ総長についてミレナに報告した。
それだけでなく、これまでずっとやり過ぎだわと思っていたフェリクス様、ギルベルト宰相についても報告する。
すると、ミレナは「確かにやり過ぎかもしれませんね」と一定の理解を見せたものの、それだけだった。
ミレナの態度は3人の行動を肯定しているように見えるわねと思ったところで、その通りなのだわとはっとする。
そうだわ。ミレナはいつだって私のことを考え、私のために行動してくれる。
だから、3人の過保護な行動はミレナが普段から行っている行動と大差なく、彼女にとっては受け入れ易い行動なのだ。
そのことに気付いた途端、ミレナの献身を改めてありがたく感じ、私の胸は彼女への感謝でいっぱいになる。
じんとしたけれど、ミレナは私の気持ちに気付かなかったようで、独り言をぼそりと呟いた。
「考えてみると、ルピア様が過保護に扱われるのは悪い事ではないかもしれません。特に、この国の有力者から大切に扱われているということは、いい牽制になるでしょう」
「ミレナ?」
彼女の言葉は小さ過ぎて聞き取れなかったため聞き返すと、ミレナはにこりと微笑んだ。
「13年近くもの間、この国の王妃であられ、さらにはお子様を身籠られたルピア様のお立場は揺るぎないものです。そのことは間違いありません。しかしながら、この国の住民全員が同じように思うわけではありません。ですから、王をはじめ多くの者から大切にされるというのは、悪いことではないはずです」
ミレナが仄めかしたことを理解し、私は眉尻を下げると両手をお腹に当てた。
「ミレナの言う通りね。この国の虹の女神信仰はとても強いから、虹色髪の女性を、できれば『虹の乙女』を王の妃にと望む人たちは大勢いるわね。お腹の子が生まれて、虹色髪をしていなかったら、虹色髪の妃を望む国民の声はより大きくなるでしょうね。それに……」
私は『虹の乙女』であるアナイスとブリアナが、フェリクス様を見つめていた眼差しを思い出す。
「アナイスとブリアナは、どちらもフェリクス様のことが好きだったんじゃないかしら」
ぽつりと呟くと、ミレナが私もそう思いますと同意してきた。
「フェリクス王のルピア様に対する失態には思うところがありますが、大勢の者はそのことを知りません。そして、一般の者がうかがい知ることができるフェリクス王の功績は光り輝くようなものなので、女性たちが王に魅かれることに不思議はありません」
「そうね」
ミレナはいつも通り、フェリクス様をちくりと攻撃したけれど、それ以外は評価するような内容だった。
「通常であれば、どれだけ王に焦がれても、遠くから眺めるだけで我慢するものですが、虹の女神に選ばれた『虹の乙女』たちであれば、自分こそが輝かしい王の隣に立つ者だと勘違いをするのかもしれません」
フェリクス様の側にいれば、その素敵さはより分かる。
だから、一緒に過ごす時間が多かった『虹の乙女』たちが、彼に魅かれたのは理解できるけれど、フェリクス様は彼女たちの気持ちに気付かなかったのかしら。
「あの2人がフェリクス様のことをどう思っているか、彼の口から聞いたことはないわ。もしかしたらフェリクス様は、あれほどの好意を向けられながら、彼女たちの気持ちに気付かなかったのかもしれないわ」
思ったことを言葉にすると、ミレナは唇を歪めた。
「フェリクス王は鈍くないので、気付いていたと思います。ただ、彼女たちの気持ちに全く興味がなかったので、どうでもいいことだと放っておいたのでしょう」
「そ、そうなのね」
フェリクス様はいつだって、私のちょっとした感情の変化に気付き、なにくれと世話を焼いてくれるので、ミレナの語るフェリクス様が別人のように見えてしまう。
何にせよ、アナイスとブリアナが強気に振る舞ったのは、私の態度が原因でもあるのよねと、しょんぼり独り言ちた。
「彼女たちがフェリクス様の側に立てると強気に出たのは、私の存在が頼りなかったことが原因でもあるのよね」
「はい?」
ミレナが私の言葉を聞きとがめ、怖い声で聞き返してきたので、私は笑顔で握りこぶしを作った。
「大丈夫だから安心してちょうだい。私は誰の目から見ても立派な王妃になれるよう、精一杯頑張るから」
「ルピア様はこれ以上頑張る必要はございません! 既に世界で一番お優しくて、価値のある方です!!」
ミレナが気色ばんで反論してくれたので、嬉しくなった私は思わずぎゅううっと彼女を抱きしめた。
「ル、ルピア様!?」
焦った声を上げるミレナに、私はお礼を言う。
「ミレナは私がこの国に来た当初から私を信じ、優しくしてくれたわ。ありがとう。世界で一番優しくて価値があるのはあなただわ」
私の言葉を聞いたミレナは真っ赤になった。
「まあ……何てもったいないお言葉でしょう! 私はルピア様にお仕えすることができてとても幸せです」
ミレナの言葉を聞いて、私はにこりとする。
「ありがとう、ミレナ。あなたにそう言ってもらえてとても嬉しいわ。そして、皆に守ってもらうのはとてもありがたいことだけど、私は立派な大人だから、自分でも頑張るわ」
「とてもルピア様らしいお言葉ですが、ルピア様はいつだって頑張り過ぎなんです。少しくらい頑張らないことを覚えるべきです」
真剣な表情を浮かべるミレナは、きっと本気で言ってくれているのだろう。
私の侍女は本当に優しいわ、と私はにこりと微笑んだのだった。