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167 ルピアと過保護軍団 3

翌日、私は久しぶりに戸外で刺繍をすることにした。


12年前の私は、王宮の裏庭からフェリクス様が幼い頃に見つめていた景色をモチーフにした。

彼にとって大切だった場所をハンカチに刺繍し、身に付けてもらうことで、少しでも安らぎを感じてほしいと思ったからだ。


けれど、今日は王宮の正面にある庭で色鮮やかな花を見ながら、それらをモチーフに刺繍をすることにする。


フェリクス様はスターリング王国を大国にし、立派に治めている優秀な王だ。

そうであれば、フェリクス様を象徴するような素敵な花を刺繍したいと思ったからだ。


私は彼の髪色と同じ色の花の前で立ち止まると、早速、裁縫道具を取り出したけれど、すぐに近衛騎士たちが近付いてきた。

「王妃陛下、今日は日差しが強うございます。よければ、木陰にて作業いただけないでしょうか」


護衛騎士団長であるバルナバから提案を受けた私は、無言で彼を見上げる。

「……どうしました?」

「まだ春になったばかりよ。それほど日差しは強くないから大丈夫じゃないかしら」


「こういう日が、意外と日差しが強いんですよ。王妃陛下は肌が白いので、長時間日差しを浴びたら、翌日、大変なことになりますよ」

そんなに長い時間は作業しないから大丈夫よ、と返そうとしたところで、後ろから声が響いた。

「バルナバ、お前が楽な方に誘導するものではない。そうではなく、ルピア妃の希望を叶えられるよう努めるんだ」


振り返ると、片手に可愛らしいパラソルを持ったビアージョ総長が立っていた。

あら、この景色は見たことがあるわと思ったところで、総長がにこやかに提案してくる。

「よければルピア妃が刺繍をされる間は、私が日傘を差し続けることに致しましょう」


それは12年前の再現だった。

私がこの国に嫁いできたばかりの頃、ビアージョ総長は同じことを言って私に日傘を差してくれ、日差しから守ってくれたのだ。けれど……。


「ビアージョ総長、以前のあなたは、自分のことをおどけて『爺』と呼んでいたわ」

12年前との違いを指摘すると、ビアージョ総長は顔をこわばらせた。


「そのように親し気な口をきくなど、12年前の私が不敬だったのです。ルピア妃の重要性を、いささかも理解していなかったのですから」

「そう。……じゃあ、私は総長から丁寧な扱いを受ける代わりに、この国の父親代わりだと思っていた存在を失うのね」


寂しく思いながら呟くと、ビアージョ総長は目に見えて動揺した。

「ち、父親代わりですか?」


「ええ、言ってなかったかしら。ビアージョ総長は私の父と雰囲気が似ているの。だから、私は総長のことを勝手に、この国のお父様だと考えていたわ」

正直に告白すると、総長は衝撃を受けた様子でふらりとよろける。


「な……何と恐れ多い……」

ビアージョ総長がかすれた声を出した瞬間、彼の目からどばっと涙がこぼれた。


「えっ?」

一体どうしたのかしらとオロオロしたけれど、総長は声もなく涙を零し続ける。


私たちの後ろでは、控えていたバルナバが動揺するでもなく、感心したような声を上げた。

「王妃陛下はすっげえですね! 我が国随一の強面武官を、片手の上でコロコロ転がしちゃうんですから」


「そ、そんなこと、できるはずもないわ」

急いで否定したけれど、なぜか泣いている本人が肯定してくる。

「私はルピア妃に感情を揺さぶられて泣いています。大変なお心遣いに満ちた、光栄なお言葉をいただきましたので、感激したのです。私は間違いなく、ルピア妃の片手の上でコロコロ転がされています」


私は顔をしかめた。

「大陸一の大国となったスターリング王国の要である騎士団総長をコロコロ転がす王妃なんて、とても恐ろしそうだわ。でも、……私に簡単に動揺させられるのだとしたら、やっぱり母国のお父様みたいね」


小声で呟いたつもりだったけれど、ビアージョ総長に私の言葉を拾われたようで、総長は涙が流れている目をかっと見開くと、大きな声を出す。

「ルピア妃! 恐れ多過ぎて、とても王妃陛下の父親代わりなどできるはずもありませんが、誠心誠意お仕えさせていただきます!!」


「ありがとう、ビアージョ総長。でも、そうしたら、私は今後、誰を父親だと見立てればいいのかしら。フェリクス様? 彼は夫だから、父親に向けるような気持ちを持つのはおかしいわよね。ギルベルト宰相……は少し違うわね」


ぽそぽそと独り言を呟いていると、またもや小声を拾われたようで、バルナバが耐えられないとばかりに吹き出した。

どうしたのかしらと顔を上げると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたビアージョ総長と目があう。


「ルピア妃、ギルベルトに役目を奪われるくらいなら……どうか、私でよければ、ほんのわずかな時間だとしても王妃陛下が望まれるだけ、私を仮の父親としてお扱いください」

それはとっても嬉しい申し出だった。


どうして気が変わったのかしらと不思議に思ったけれど、余計なことを尋ねて気が変わられてはいけないので、お礼を言うだけに留める。

「ビアージョ総長、ありがとう! とても嬉しいわ」


私の言葉を聞いた総長は嬉しそうに、そして、誇らし気に微笑んだのだった。

「私の方こそありがとうございます。大変光栄です」



その後、私は父親代わりのビアージョ総長にパラソルを差してもらいながら、刺繍をしたのだった。

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